花火と一緒に散ったのは、あの夏の記憶だった

邑上主水

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1巻

1-3

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 確かに、香の話を裏付ける情報はまだ見つけられてないが、オカルト系の話であいつがデマを言うわけがない。それに作り話というなら、大抵の都市伝説や怪談も同様の作り話だ。
「記憶喰いが坂江市ゆかりの怪談だと知らなかったからってケチをつけるな」と言い返そうかと思ったがやめた。ここで刈島と言い合いをするほど無駄なことはない。

「似つかわしくないかどうかを決めるのは、お前じゃなくて河原崎だろ。とりあえず、河原崎に連絡しとくからな」
「あ、そう。だったら僕もいくつか思いつく題材を河原崎さんに連絡しておこう」

 どちらの案が採用されるか勝負だとでも言いたいのか。嫌な性格をしているな。
 だが、刈島の案が採用されるならそれでいい。調査を刈島に任せる口実になるし、無駄な労力を使わずにすむ。
 俺と刈島とではモチベーションが違うのだ。刈島の案でマシロタイムズの評判が上がっても、俺の案で下がっても、正直なところどうでもいい。記事を書いて新聞部を退部させられなければ、それで良いのだ。

「じゃあ、また後でな」

 憎たらしい刈島の声に交ざり、ホームルームの開始を告げるチャイムが鳴り響いた。担任が教室の扉を開くと同時に、刈島や雑談していたクラスメイトたちが席へ戻る。
 期末テストも終わって、いよいよ待ちに待った夏休みがはじまるからか、教室の空気はいつもより浮ついているように感じた。
 刈島のやつに苛立いらだっていたせいで、そんな空気が無性に鼻につく。
 家族と旅行に行くやつ。友達とどこかに行くやつ。部活動で頑張がんばるやつ。
 夏休みの予定は人それぞれだろうけど、みんな楽しみにしているのは空気でわかる。俺も中学三年の夏まではそうだった。
 俺の場合は、部活を楽しみにしていた。当時は陸上に熱中していて、陸上競技だけが俺の人生だったからだ。
 だが今では、得意としていた四〇〇メートルどころか、一〇メートル走っただけで左膝の痛みで動けなくなってしまう。
 まったくの無駄だった。小学校時代から他のものに目もくれず、ひたすら陸上競技に明け暮れた時間は無意味だった。
 無駄になる可能性があることは、はじめからやらないほうがいいというのが、事故で得た教訓だ。未来に希望を持てなんて、人生がうまく行っているやつの戯言ざれごとにすぎない。ポジティブに生きたところで、事故にった最悪な過去は変わらないし、走れない未来も変わらないのだ。
 そんなネガティブなことを悶々もんもんと考えているうちに、いつのまにかホームルームは終わっていた。
 終わってから、スマホのメッセージアプリに新着メッセージがあることに気がついた。
 送信者は、河原崎。メッセージアプリには新聞部のグループがあり、そこに俺や刈島、河原崎も参加している。記憶喰いの件は直接河原崎に送ったが、部員たちに告知する意味もあってか、回答は新聞部のグループにあった。

『杉山くんの記憶喰い案でいく』

 いかにも河原崎らしい一文だった。
 文章に高圧的な空気を感じさせてしまうなんて、あいつはやっぱりすごい。もしかすると、メッセージに「威圧的な空気」みたいなものが添付されているのではないかと思ってしまう。
 しかし、と俺は河原崎のメッセージを見ながら考える。
 河原崎はどんな理由で記憶喰いの案をOKしたのだろう。
 記憶喰いは坂江市にゆかりのある怪談だと香は言ったけれど、ネットにその情報はなかった。まさか、河原崎もとうに調査済なのか。
 なんだか気味が悪い。放課後に図書室で確認したほうがいいかもしれない。
 そう考えた俺はスマホをポケットにしまい、一時限目の準備をはじめた。
 同じメッセージを見ているはずの刈島は確認しなかったが、きっと悔しそうにこちらをにらんでいるに違いない。その顔は少し見たかったが、見たところでなんの利益にもならないことに気がついてやめることにした。


   *


 放課後に開放されている図書室は生徒に人気のスポットだ。
 眞白学院は学校法人が運営する私立高校ということもあり、田舎の高校にしては施設が新しい。特に図書室に関してはやけに力を入れている。エアコンはもちろん、防音設備まで備わっているし、「生徒図書委員会」なる委員会まで設けて、市の図書館顔負けの充実した選書をおこなっている。
 空調がきいていて、心地よい静けさを保ち、本も豊富。ということはつまり、図書室は勉強にもってこいの場所なのだ。新聞部の部室としても使わせてもらっているため、黙々と勉強している生徒たちの姿はよく目にしている。
 だが、今日の図書室は違った。
 勉強に励む生徒たちの姿はなく、本を読んでいる生徒がぽつりぽつりいる程度だ。
 何かあったのだろうかとしばらく考え、つい先日期末試験が終わったことを思い出した。
 大学進学を見据えて本気で勉強している生徒は塾に通っているし、試験が終わってすぐに図書室で勉強する生徒なんているわけがない。

「……あれ、河原崎もいない」

 ぐるりと図書室を見渡して、お目当ての河原崎の姿もないことに気がついた。
 図書室に設置されているパソコンを使っているのかと思ったが、そこにもいない。

「ま、いいか」

 週末は遅くまでいると言っていたし、待っていれば現れるはず。
 そう考えた俺は、待っている間にパソコンを使って記憶喰いについて調べることにした。
 家にも一台、家族共用パソコンがあるが、香に占拠されていたら使えない。朝のようにスマホで調べることもできるが、やはり本気で調べるには少し難がある。
 それに、記憶喰いが坂江市に関係しているなら、この場所で郷土資料をあされば情報が得られるかもしれない。ここには公共の図書館にしかないような郷土資料もいくらか置かれているのだ。さすがは文学賞作家、山形ノボルを輩出した学校だ。

「とりあえずは、本当に坂江市に関係しているか調べるために『記憶喰い』『場所』で検索してみるか」

 パソコンのブラウザを立ち上げ、検索窓に記憶喰いの文字を打ち込む。
 すぐさま香に教えてもらった都市伝説のまとめサイトや、個人ブログなどがずらりと表示された。
 香は「噂では記憶を食べてもらった人が、もう何十人もいる」と言っていた。何十人という数字は一見多いように思えるが、噂としてネット上で成立させるにははっきり言って少ない。となると、ネットにあふれる情報のほとんどが噂話に便乗した作り話の可能性だってある。
 ざっと見てみたが、一体どれが本当の情報か、まるでわからなかった。都市伝説や怪談に熟知している人間であれば判別がつくのかもしれないが、俺には無理だ。
 これは香に追加課金して、調べてもらったほうがいいのではないか。
 そんなことを思いつつ三〇分ほどがたち、記憶喰いという漢字がゲシュタルト崩壊しかけてきたときだった。
 心地よい静寂に包まれていた図書室に、急にせみの合唱が響いた。ようやく来た河原崎が扉を開けたのかと思って振り返る俺の目に映ったのは、意外な人物だった。

「……霧島?」

 そう、クラスメイトの霧島野々葉だった。
 彼女が部活に入っているかどうかは知らないが、これまで放課後に図書室に顔を出したことはない。

「あ」

 しばらく図書館の入り口できょろきょろと見渡していた霧島と、ばっちり目が合ってしまった。咄嗟とっさに目をらしたが、遅かった。

「秀俊くん、見っけ」

 さすがに周りに気を使っているのか、霧島は足音を立てず、するするとこちらに近寄ってくる。

「図書室ってこんな涼しかったんだね。知らなかった」
「なんでお前がここにいるんだよ」
「ん~と……河原崎さんに聞いて」
「河原崎に聞いて? 俺がここにいるって?」

 河原崎に図書室で待っていることは伝えていない。俺がここにいることは知らないはずだ。

「あ、違う違う。朝に秀俊くんが言っていたでしょ? マシロタイムズの企画が何になったのかは河原崎さんに聞けって」
「あ~、確かに言ったね」
「だから、河原崎さんに聞いたの」
「……?」

 いまいち会話の流れがわからない俺は、視線でさらに説明を求める。

「マシロタイムズの企画って記憶喰いでしょ?」
「そうだけど?」
「だったら私、力になれるかなあと思って。それで秀俊くんを探してたんだ」

 よく見ると、霧島は汗をかいている。こんな暑い中探し回るなんて霧島はいいやつだな、などと思いつつも、なんの力になれるのだと疑惑の目を向けた。

「あ、もしかして力になれるわけないって疑ってる?」
「そりゃあね。霧島が都市伝説とかに詳しいなんて聞いたこともないからな」
「へえ、私のこと誰かから聞いたりしてたんだ?」
「単なる噂だ」
「ふうん」

 おどけるように肩をすくめる霧島。
 なぜ嬉しそうにするのかわからない。普通だったら「きもーい」とか言うところだろう。そう言われたらそう言われたで、自意識過剰だと即座に突っ込むけれど。

「でも、秀俊くんが言うとおり、都市伝説とかに詳しくないのは正解かな」
「だったら、なんでわざわざ図書室まで」
「ん~とね」

 そうして霧島はしばらく考えた後、そっと耳元に近づいてきた。
 思わずぎょっとして身を引いてしまった。
 だが、霧島は周りに聞かれたくないのか、どうしても耳打ちしたい様子だった。仕方なく耳を貸すことにした俺は、おっかなびっくりで霧島の口元に耳を寄せる。苦手とはいえ、女子にここまで近づかれるのは、ちょっとドキドキしてしまう。
 誰かに見られたりしてないだろうな。そんなことを心配した矢先だった。
 霧島はまるで昨日食べた夕食のメニューを話すように、さらりととんでもないことを言った。

「あのね、実は私、記憶喰いに記憶を食べてもらったことがあるんだ」



 第二章 記憶巡り


 眞白学院のジャージを着た学生たちが、ガラスの向こうの歩道を歩いている。その姿に一瞬どきりとしてしまったけれど、彼らがバレーボール部だと気がついてほっとした。
 もし陸上部の連中が通りかかったらと思うと、気が滅入めいってしまう。
 なにせ俺は今、夏休みの初日から坂江駅前のカフェ・モンブランにひとりでいるのだ。
 奥の席だったら外から見られる心配もなかったのに、どうしてよりによって外から丸見えの窓際の席に座ってしまったのだろう。座って十分以上たっているため、なんだか恥ずかしくて移動もできない。どうしようかとしばらく悩んだ結果、窓の外に背を向けて耐えることにした。
 モンブランの店内には、年季を感じさせるアンティークなインテリアや、ゆったりとしたカラフルなソファーが並んでいる。女子中高生に人気なのは、こういうお洒落しゃれ雰囲気ふんいきも関係しているのかもしれない。
 昨日、香へのショートケーキを買いに来たときは学生の姿もあったが、夏休みがはじまったからか、今日はスーツ姿のビジネスマンや、私服の女性がいるだけだ。
 俺の格好は、近所のコンビニに行くようなダサいジャージ姿ではないけれど、間違いなく場違いだと思う。はっきり言って、浮いている。
 なのに、なぜモンブランにひとりでいるのか。それは、霧島が図書室で言ったことを今日この場で証明してもらう約束をしたからだ。
 霧島は「記憶喰いに記憶を食べてもらったことがある」と言った。一年前に記憶喰いに会い、記憶を食べてもらったらしい。
 正直、またからかわれているのかと思った。そんなことを言った上で「こんな話を真に受けるなんて、さすが新聞部だね」なんて笑うのが、霧島のいつものパターンだ。 
 だが、一昨日の霧島は違った。いぶかしむ俺を見て「私が記憶を食べられた証拠を見せた上で、秀俊くんに協力したい」と言ったのだ。
 霧島はデリカシーが欠如しているやつだが、性格が悪いわけではない。
 彼女なりのルールとでもいうのだろうか。からかったりするのはいつもその場限りなのが決まりだった。後日まで時間をかけるような手の込んだことはされたことがない。
 もちろん、それだけで霧島の話を信じはしない。正直、新しい霧島のからかいパターンである可能性のほうが高い。
 だが、一昨日の霧島に妙な違和感を覚えたのは確かだ。
 だから俺は今日、待ち合わせに指定されたモンブランに足を運んでみることにした。

「ご注文はいかがいたしましょう」

 注文もせずに居座っている客にごうやしたのか、男性店員がやってきた。カフェの空気にマッチしている、落ち着いた店員だった。

「あ、えーっと、すみません、もうひとり来るので、彼女が来てからでもいいですか?」
「かしこまりました。それでは、そのときにお呼びください」
「は、はい」

 つい「彼女が来てから」なんて言葉を使ってしまった。霧島が来たときに「そういう関係」だと思われないだろうか。店員は赤の他人だとはいえ、霧島との関係を勘違いされるのはよくない。変な噂が立てば、霧島を崇拝している男子高校生たちとトラブルになる可能性がある。あいつのせいで面倒なトラブルに巻き込まれるのはごめんだ。

「……ん?」

 と、そんな心配をしていた矢先、横からコンコンと何かを叩く音が聞こえた。
 そちらのほうに顔を向ければ、霧島が指先でガラスを叩いていた。
 思わず息をんでしまった。
 ガラスの向こうに立っていた霧島が、いつもよりずっと大人っぽい雰囲気ふんいきだったからだ。
 ゆったりしたシャツに、花柄のショートパンツ。つばのふちが切りっぱなしのフリンジハットがすごく夏っぽい。
 一瞬、誰かと思った。ドキリとしてしまったことが、なんだか悔しい。
 苦しまぎれに咳払せきばらいをしてそっぽを向くと、そんな俺を見て満足したのか、霧島は小走りでカフェの中へと入ってきた。

「へへ、奇襲成功」

 そしてそんなふうに笑って正面の椅子に腰掛けた。
 いつもと違う大人っぽい霧島は、いつもと変わらず鬱陶うっとうしいほど明るくて、嫌になるほど無邪気だった。

「あれ? 秀俊くん、元気ないね」
「元気がないんじゃなくて、お前にあきれてんだよ。普通に入ってこいよな。子供かよ」
「法律上、高校生ってまだ子供だよ?」
「高校生は周りの目を気にすることができる子供だ」
「それはご心配なく。秀俊くんに言われなくても、周りの目は気にしてるから」

 窓からの日差しできらめく髪を小指でかきあげながら、霧島は笑顔でメニューを見はじめた。見た目的な意味合いで言っているのだろうが、面倒なので何も突っ込まないことにした。

「秀俊くん、もう頼んだ?」
「いや、まだだけど」
「あ、もしかして、私に気を使ってくれてたとか?」
「違う。モンブランに詳しくないから待ってただけだ。変なもの頼んで失敗したくないだろ」
「ふ~ん」
「なんだよ」
「別に」

 霧島はちらりとこちらを見て、きゅっと口角を釣り上げる。

「ちなみにモンブランにあるのは、どれも外れなしだと言っておくよ。秀俊くんの口にも絶対合うはず」
「絶対って、俺の好みを知ってるのかよ」

 なんでも知っているような口調が、なんだか腹立たしい。逆に嫌いなものをわざわざメニューから見つけてやろうと思ったが、今日の目的を思い出して、メニューに伸ばしかけていた手をひっこめた。

「あれ、頼まないの?」
「俺はケーキを食べにここに来たわけじゃない。念のために聞くけど、俺を呼び出した理由はちゃんと覚えてるよな?」
「もちろん覚えてるけど、とりあえず何か頼もうよ。せっかくモンブランに来たんだから……すみませ~ん!」

 霧島は店員を呼んだ。

「このいちごと紅茶のケーキをひとつ」

 霧島が指差したのは、スポンジといちごが幾層にも重なっているショートケーキだった。
 おいしそうだが、なかなかボリュームがあるように見える。線が細い霧島はあまり食べるほうではない気がするのだけれど、スイーツは別腹というやつなのだろうか。
 と、そんなどうでもいい心配をしたとき。

「……あと、このプレミアムチョコレートケーキに、フロマージュ」
「え?」

 霧島はひとつどころか、三つもケーキを頼んだ。 

「お、おい、ちょっと待て。俺はケーキなんて食べないぞ」
「食べてくれ、なんて一言も言ってないよ」

 これぞきょとん顔、という表情で言う霧島。

「……まさかお前、ひとりで三つも食うのか?」

 思わずあっけにとられてしまった。おごるわけじゃないから別にいいのだけれど、色々な意味で三つも頼んで平気なのだろうか。
おごらないからな」と念を押そうかと思ったがやめた。思い出したかのように「情報提供の見返りにおごって!」とか、香のようなことを言われたらたまったものではない。
 結局俺はオレンジジュースを頼み、霧島はいちごと紅茶のケーキにプレミアムチョコレートケーキとフロマージュ、そしてアップルジュースを頼んだ。

「実は私、甘いものが大好きなんだ」

 注文を聞いた店員がテーブルを後にしたあたりで、霧島は嬉々とした表情で口を開く。

「洋菓子も好きだけど、和菓子のほうが好きかな」
「あ、そう。なんの得にもならない情報をありがとうな。でも、できるならそんなことよりも記憶喰いについて早く──」
「そうだねえ、水ようかんとかどら焼きとかカステラが好きかなあ。あ、カステラと言えばさ」

 霧島は俺の言葉を完全に無視し、意気揚々と続ける。

「秀俊くんは長崎カステラと東京カステラ、どっちが好き?」
「いや、だから、そんなことよりも」
「もちろん、我らが長崎県への地元愛は抜きにしてね」
「……」

 あらがうことができない妙な威圧感がある。
 河原崎とは種類が違う、無視しようものなら罪悪感を抱いてしまいそうな空気だ。絡んでくる霧島を無視できない原因がこれなのだ。

「な、長崎カステラかな」

 別にカステラが好きというわけではないけれど、県民として当たりさわりのない答えを返した。霧島の顔にぱっと笑みの花が咲いた。

「だよね! この前東京からカステラを取り寄せて食べ比べてみたんだけど、長崎カステラのほうが甘かったんだよね。使ってる砂糖が違うのかな? 東京のほうが体に良さそうな砂糖を使ってそうじゃない? そういうことにこだわってそうだし。ところで、砂糖と言えばさ」

 まるでマシンガンのように放たれた霧島の話題は、カステラから砂糖に華麗に移る。

「勉強に疲れたときは糖分を取るのがいいって言うじゃん? だけど、必要なのは糖分が分解されてできるブドウ糖だって知ってた? 脳の活動に必要なのがブドウ糖なんだ。ブドウ糖を摂取できるお手軽な食べ物って、なんだか知ってる?」
「え? ぶ、葡萄ぶどうとか」
「ぶぶー、ハズレ! 正解はラムネだよ。ジュースのほうじゃなくて、駄菓子屋で売ってるアレね。砂糖が入ってるラムネもあるんだけど、昔ながらのラムネはブドウ糖だけで作られてるから、カロリーも低いしすごくいいんだって。というか、葡萄ぶどうなわけないじゃん」

 秀俊くん馬鹿だなあ、なんて霧島は笑う。
 ぐったりしてしまった。こいつは一体なんなのだとあきれても、もう遅かった。
 霧島の話題は坂江市を飛び出し、世界中を旅していく。葡萄ぶどうからワインにすっ飛び、そこからさらにフランスのブルゴーニュ地方に飛んで、中世の百年戦争にジャンプした。
 さすがはテスト学年一位の知識量と賞賛したくなるぶっ飛び具合だった。次はどこに飛ぶのだろうと心配になってきたあたりで、霧島の話題はようやく落ち着きを取り戻した。
 店員が、注文したケーキとジュースを運んできたからだ。さすがにケーキを食べるときは集中したいようで、霧島は急におとなしくなった。

「……ごめん、ちょっとはしゃぎすぎちゃったかな」

 ひとつめのケーキを半分ほど食べて、クールダウンした霧島は申し訳なさそうな表情で言う。

「ちょっとじゃなくて、だいぶな」
「秀俊くん、そういうときは『気にしないで』って言うのが、女子に対する優しさだと思うんだよね」
「ちゃんと言ってあげるのが優しさだろ。それに、霧島はそういうのを少し気にしたほうがいい」
「そういうのって?」

 霧島はケーキに乗っていた大きないちごをヒョイと頬張ほおばると、心当たりありませんと言いたげな表情で首をかしげた。

「そういうのっていうのは、つまり……あれだ。例えば学校でさ」
「学校?」
「そう。もっとまわりの目を気にして、俺に絡むときはクラスメイトのいち男子として接したほうがいいと思うんだよな」
「ん~と、つまり……秀俊くんのこと、男子としてもっと意識しろってこと?」
「まあ、そういうことだな」
「へえ。自分を男として意識しろって、秀俊くんって意外と大胆なこと言うねえ」


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