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ニーナ
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ニーナ・ギリヤークは束ねた長いプラチナブロンドの髪をなびかせ、小柄な体を忙しなく動かし、テキパキと仕事をこなしていた。大広間には他に数名のメイドがいて、いずれも無言で自分の仕事を続けている。
家具が綺麗に配置され、花の手入れはゆきとどき、塵一つないほど床は掃き清められていたが、義母アンジェリカはまだ満足しないのか、矢継ぎ早にメイドたちに指示を出していた。
「ニーナ様。これ一体どこに置いたらいいんでしょう」
メイドの一人が大きな花瓶を持って、ヨタヨタとしながらこちらに近づいてきた。
「向こうの棚に置いたら、花壇からお花を摘んできてちょうだい。どの花にするかはベロニカさんに聞いてみて」
「はい、分かりました。ニーナ様」
そのまま、花瓶を持って行こうとする彼女にニーナは声をかけた。
「ニーナ様って言うのはもうやめて、あなたと立場は全然変わらないのだから」
「はい、わかりました。ニーナ様」
そう言って立ち去る彼女を見て、ニーナは思わずため息をついてしまった。
ニーナは元々この屋敷の公爵令嬢だった。いや、今もその立場が変わったわけではない。しかし、この一年の間、彼女の境遇は激変していた。
父のヴィクトル・ギリヤークが亡くなると、後妻のアンジェリカが当主となった。すると、それまで親切そうに見えた継母は、あっという間にニーナに対する態度を豹変させた。
なぜなら、二人の姉は継母の連れ子だったが、彼女だけが先妻の子供だったからだ。姉のオリガとレイラは優遇されたが、ニーナには過酷で容赦がなかった。そして、その態度に便乗する形で次第に義姉二人も横暴に振る舞うようになってしまった。
義母や義姉の周囲に対する態度があまりにひどかったため、昔から公爵家に仕えてきた上級使用人たちは次々とやめていき、他に行き場のないメイドたちだけがこの屋敷に残っていた。仕事は激務となり、その負担を解消するため、ニーナは使用人の格好までさせられ、穴埋めに働かされていた。
ニーナは辛抱強く働いていた。しかし、状況は一向に良くなる気配もなく、いつしか、彼女は全てについて諦めるようになっていた。同僚のメイドたちだけが彼女の心の支えだった。
ニーナが次の仕事に向かうため、廊下を歩いていると父の肖像画が目に入った。肖像画の父の姿はいつも優しげで、彼女に向かって微笑んでいるように感じた。
「お父さん、ごめんなさい」
彼女は小声で呟くと、その場を逃れるように立ち去っていった。
◇
アンジェリカはピリピリとした様子で、メイドたちに容赦なく命令を下していた。
「絶対に、絶対に今度のチャンスをものにしなくては」
彼女の決意は固く、そして、その琥珀色の瞳は怪しい光を帯びていた。
それと言うのも、今日の主賓が第三王子のアレクセイだったからだ。
名目上は現当主のアンジェリカへ表敬訪問という形になっていたが、実際はギリヤーク公爵家の3人娘の中から婚約者を選ばせよう、そんな計画が王家と共同で進められていた。
「オリガ、レイラはどこ? ちゃんと準備はできているのかしら」
「私たちなら、もう準備は済んでおりますわ」
二人の女性が現れた。母ゆずりの綺麗な顔立ち、長女のオリガがベージュ色のロングヘア、次女のレイラはショートヘアだった。二人とも美しいドレスを身に纏い、光り輝くネックレスやアクセサリーなどで身を飾っていた。
しかし、姉は人を見下したような高慢な雰囲気が漂い、妹の方はどこか陰険な目つきをしている。内情を知っている使用人たちは皆、彼女たちを嫌っていた。
「ニーナの姿が見えないわね」
レイラは不審そうに周囲を見渡している。
「ああ、アレクセイ様の前でウロチョロされるといけないので、たくさん仕事を押し付けておきました」
「別にあんなやつ、アレクセイ様がわざわざ選ぶはずないでしょ」
オリガはイライラしている様子だった。
「念のためです。アレクセイ様がいらしたら、病欠とでも言っておきましょう」
アンジェリカはすました顔をしてそう答えた。
アンジェリカは、婚約者レースにニーナを参加させる気などまるでなかった。食事や住居を与えているだけでも勿体無いのに、王子が気まぐれでニーナなんかを選びでもしたら大損害だ。
アレクセイは王家の中でも最も人気が高い王子だった。彼は既婚、未婚問わずに王国中の女性を魅了しており、パレードなどでは女性たちが我先にと殺到するので、ついには実施できなくなったこともあるくらいだった。
「それにしても楽しみですね。あのアレクセイ様がいらしてくださるなんて」
レイラはうっとりとした顔している。
「少し、気難しい人だと聞いています。今まで、良家からの縁談を全て断っているとの話があります。そう簡単にはいきませんよ」
アンジェリカが忠告した。
「どうせ、男なんて単純なんだから、ちょっと私が本気を出せばなんとでもなるわ」
オリガは自信ありげにそう答えた。
「あら、お姉様、随分な自信ですわね。でも、アレクセイ様の滞在は一週間もありますわよ。ボロが出なければいいですけれど」
「ボロとはいったいどういうことよ」
「二人ともやめなさい。そろそろ、到着の時刻よ。いいわね。この一週間が勝負。どんなことをしてでもものにしなさい、じゃないと、今まであなたたちに費やしてきた投資が全く無駄になってしまうわ」
その時、到着の知らせがやってきた。
家具が綺麗に配置され、花の手入れはゆきとどき、塵一つないほど床は掃き清められていたが、義母アンジェリカはまだ満足しないのか、矢継ぎ早にメイドたちに指示を出していた。
「ニーナ様。これ一体どこに置いたらいいんでしょう」
メイドの一人が大きな花瓶を持って、ヨタヨタとしながらこちらに近づいてきた。
「向こうの棚に置いたら、花壇からお花を摘んできてちょうだい。どの花にするかはベロニカさんに聞いてみて」
「はい、分かりました。ニーナ様」
そのまま、花瓶を持って行こうとする彼女にニーナは声をかけた。
「ニーナ様って言うのはもうやめて、あなたと立場は全然変わらないのだから」
「はい、わかりました。ニーナ様」
そう言って立ち去る彼女を見て、ニーナは思わずため息をついてしまった。
ニーナは元々この屋敷の公爵令嬢だった。いや、今もその立場が変わったわけではない。しかし、この一年の間、彼女の境遇は激変していた。
父のヴィクトル・ギリヤークが亡くなると、後妻のアンジェリカが当主となった。すると、それまで親切そうに見えた継母は、あっという間にニーナに対する態度を豹変させた。
なぜなら、二人の姉は継母の連れ子だったが、彼女だけが先妻の子供だったからだ。姉のオリガとレイラは優遇されたが、ニーナには過酷で容赦がなかった。そして、その態度に便乗する形で次第に義姉二人も横暴に振る舞うようになってしまった。
義母や義姉の周囲に対する態度があまりにひどかったため、昔から公爵家に仕えてきた上級使用人たちは次々とやめていき、他に行き場のないメイドたちだけがこの屋敷に残っていた。仕事は激務となり、その負担を解消するため、ニーナは使用人の格好までさせられ、穴埋めに働かされていた。
ニーナは辛抱強く働いていた。しかし、状況は一向に良くなる気配もなく、いつしか、彼女は全てについて諦めるようになっていた。同僚のメイドたちだけが彼女の心の支えだった。
ニーナが次の仕事に向かうため、廊下を歩いていると父の肖像画が目に入った。肖像画の父の姿はいつも優しげで、彼女に向かって微笑んでいるように感じた。
「お父さん、ごめんなさい」
彼女は小声で呟くと、その場を逃れるように立ち去っていった。
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アンジェリカはピリピリとした様子で、メイドたちに容赦なく命令を下していた。
「絶対に、絶対に今度のチャンスをものにしなくては」
彼女の決意は固く、そして、その琥珀色の瞳は怪しい光を帯びていた。
それと言うのも、今日の主賓が第三王子のアレクセイだったからだ。
名目上は現当主のアンジェリカへ表敬訪問という形になっていたが、実際はギリヤーク公爵家の3人娘の中から婚約者を選ばせよう、そんな計画が王家と共同で進められていた。
「オリガ、レイラはどこ? ちゃんと準備はできているのかしら」
「私たちなら、もう準備は済んでおりますわ」
二人の女性が現れた。母ゆずりの綺麗な顔立ち、長女のオリガがベージュ色のロングヘア、次女のレイラはショートヘアだった。二人とも美しいドレスを身に纏い、光り輝くネックレスやアクセサリーなどで身を飾っていた。
しかし、姉は人を見下したような高慢な雰囲気が漂い、妹の方はどこか陰険な目つきをしている。内情を知っている使用人たちは皆、彼女たちを嫌っていた。
「ニーナの姿が見えないわね」
レイラは不審そうに周囲を見渡している。
「ああ、アレクセイ様の前でウロチョロされるといけないので、たくさん仕事を押し付けておきました」
「別にあんなやつ、アレクセイ様がわざわざ選ぶはずないでしょ」
オリガはイライラしている様子だった。
「念のためです。アレクセイ様がいらしたら、病欠とでも言っておきましょう」
アンジェリカはすました顔をしてそう答えた。
アンジェリカは、婚約者レースにニーナを参加させる気などまるでなかった。食事や住居を与えているだけでも勿体無いのに、王子が気まぐれでニーナなんかを選びでもしたら大損害だ。
アレクセイは王家の中でも最も人気が高い王子だった。彼は既婚、未婚問わずに王国中の女性を魅了しており、パレードなどでは女性たちが我先にと殺到するので、ついには実施できなくなったこともあるくらいだった。
「それにしても楽しみですね。あのアレクセイ様がいらしてくださるなんて」
レイラはうっとりとした顔している。
「少し、気難しい人だと聞いています。今まで、良家からの縁談を全て断っているとの話があります。そう簡単にはいきませんよ」
アンジェリカが忠告した。
「どうせ、男なんて単純なんだから、ちょっと私が本気を出せばなんとでもなるわ」
オリガは自信ありげにそう答えた。
「あら、お姉様、随分な自信ですわね。でも、アレクセイ様の滞在は一週間もありますわよ。ボロが出なければいいですけれど」
「ボロとはいったいどういうことよ」
「二人ともやめなさい。そろそろ、到着の時刻よ。いいわね。この一週間が勝負。どんなことをしてでもものにしなさい、じゃないと、今まであなたたちに費やしてきた投資が全く無駄になってしまうわ」
その時、到着の知らせがやってきた。
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