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覇者を体現されるご尊顔
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けれども、ルーヴァはそれで冷静になる。
(わたしの感情を揺さぶろうとしてる)
父の死について、姉妹との争いを煽る態度、そしてふたたびの幽閉、話題の選び方がまさにそれだ。食事で油断を誘い、怒らせ、その流れからなにかを引きだそうとしている。
乗せられてはいけない。
「その程度の脅しに、わたしが屈するとでも?」
向けられたフォークを掴む。
「やってみなさい。先手は譲ってあげるわ」
言いながら、ルーヴァは剣に手をかけたランナを目で制する。精霊騎士の存在は魔族を相手にしていく上ではワイルドカードだ。それを使わずとも、今の自分の魔力でもこの二人ぐらいは押さえ込める。
「わかっています」
キセーが片手をあげると、青い肌の女はフォークを引っ込め、着席する。まったく言葉を発さず、その視線はどこか虚ろだ。敵意というものをまったく感じ取れない。
(何者なの?)
護衛と紹介され、魔力の雰囲気から腕は立ちそうだと思ってはいたが、目立つ外見でありながら、種族が判然としない。ルーヴァ自身、すべての魔族を知り尽くしている訳ではないが。
「シドラー卿がそう手荒なことをしたとは思いませんが、ぼくの迫力では不十分だ。けれど、たとえば、選ばれた新たな魔王の命ならば?」
「だれのことを言っているのかしら?」
ハッタリだ。
「仮にそれを把握していたとして、あなたたちが簡単に討ち取れるような男をわたしが選んだとでも思うのかしら? 覇者を望まないとは言ったけれど、覇者になれないとは」
「奴隷に偽装して、紹介できない男が?」
キセーは鼻で笑った。
「わたしの奴隷のことを言っているなら」
「ロポゴフはあの奴隷に魔王の証を感じていました。ルーヴァ様は陛下と戦場を共にしたことは御座いませんでしょう?」
「……」
食い下がり切れず、ルーヴァは沈黙する。
確かに、その魔法を実際に見たことはない。
(テオに魔王の証が?)
ハッタリかもしれなかったが、予想外のことで思考が追いつかなかった。遺言を伝えられたとき、父に抱きしめられた。そのときになにか魔法をかけられていたのだろうか。
新たな魔王と認めた時点で授けるような。
「ぼくの執事は真面目すぎる男です」
キセーはゆったりとルーヴァの背後に回って、椅子を勧めてくる。青い肌の女がフォークを指先で弄んでいた。ここで焦って動こうとすれば当然のことながら止められる。
「ぼくのことを実の娘のように想っている。魔界に妻子を残してきてしまっているから、それも致し方ないのですが、ぼくに少しでも危険が及ぶようなことになると、先回りしてそれを排除しようとするのです」
「キセー、なにが目的なの?」
ルーヴァには目の前の子供の意図が読めない。
「もし、万が一にも、彼になにかあれば、あなたたちも無事では済まさないわ。死ににきたの?」
「考えを変えていただきたいだけです」
席に座ったルーヴァが肘掛けにおいた手に触りながら、キセーは膝をついて見上げてくる。その瞳はいかにも楽しそうだった。
「ロポゴフに排除されるような男が新たな魔王に相応しいかということです、ルーヴァ様。そんなことでは姉妹殿下との争いを考えるまでもなく、気の休まるときなど御座いません。覇者とならないまでも、いつだれに敗れてもおかしくないような魔王など、ありえないのです」
「やめなさい」
ルーヴァはその手を振り払った。
「忘れてしまいましょう」
だが、キセーは笑顔で言った。
「気の迷いです。ルーヴァ様。ぼくにもまだよくわかりませんが、女というものは男に惚れてしまうと合理的な判断ができなくなってしまうと言うではないですか」
「わたしは……!」
バン!
食堂のドアが乱暴に開かれたのはそのときだ。宿の従業員の格好をした男が、生きた頭蓋骨を抱えて立っている。それがテオであることはルーヴァにはすぐわかった。
(親衛隊を倒したの?)
安堵と同時に、意外に思う。
「ロポゴフ!」
少女領主の顔色が変わった。
「申し訳ありません。キセー様」
そう言った頭蓋骨は床に放り投げられる。
「なにをする、この奴隷が!」
「うるせぇ! こっちは殺されかけたんだよ!」
キセーの言葉にテオが叫ぶ。
「なに、を」
「なにをじゃねぇよ! 話を聞いたら、この骨のオッサンは領主のお前に唆されてるじゃねぇか! 姉妹同士が新たな魔王を立てて代理戦争? 娘にそんなことをさせる父親がどこにいるんだ! え? 答えてみろ!」
言いながら、テオはずかずかと歩み寄る。
「ち、近寄るな! ターバ!」
「……」
青い肌の女がフォークを手に立ち上がる。
「ただ見ているだけと思ったか?」
だが、即座にランナが首筋に剣を当てていた。
「ありがとう」
「私の任務はテオを守ることだ」
(出遅れたわ)
ルーヴァはおいしいところを取られたように感じる。ランナの肩を叩いて、テオがキセーの正面に立つ凛々しさに鼻の奥が熱くなる。
(でも、萌える!)
魔王らしさが出てきていた。
「ど、奴隷が、魔王だなんて」
キセーが言う。
「……」
テオはその瞳をのぞき込んだ。
「どれいがっ」
少女領主の目が、泳ぐ。
「偉くなりたいなら、奴隷に使われる覚悟も持った方がいいぜ? お嬢ちゃん」
その額を小突いて、テオは悠々とルーヴァのもとに歩いてくる。勝負は決していた。ロポゴフを倒した相手と戦う気持ちがなくなっている。
「ルーヴァ」
「テオ」
「なんか魔王の証、もらってたらしい」
言いながら、テオは舌を出した。
「それ」
うっすらと魔力で浮かび上がる飛翔する龍を象った魔法の紋章は、父が用いていたものに他ならなかった。舌に現れたということは偽法に間違いない。魔族が固有に持つ魔力を扱えてしまう魔法、これの存在によって、事実上、あらゆる魔法も使えてしまう。
「おかげで助かった」
テオはにっこりと笑った。
「そう、良かったわ」
ルーヴァは言う。
(お父様はおそらくわかっていた)
表面上、落ち着き払いながら、ルーヴァは父の意図に気付く。新たな魔王と認めれば、すぐに命を狙われる男を守るためには、そういう措置が必要なのだと考えたが故の遺言だったのだ。
(わたしに偽法を分けたのは)
雷の魔力をその男にも使わせるため。
魔界でも有数に戦闘向きな魔力。
(それは、やはり姉妹同士で戦わせるため?)
テオが否定したキセーの考えだが、逆に状況証拠は揃ってしまった感がある。魔族ではない人間でさえ、ロポゴフのような軍人魔族を退けるほど力を発揮する魔王の証は。
「あのっ」
見つめ合う二人に、キセーが平伏する。
「ぼ、ぼく、ぼ、ぼぼぼぼ、ぼ」
「急に態度を変える必要もないでしょう? さっきみたいに偉そうに講釈を垂れていいのよ? わたしが考えを変える理由はなくなったけれど、あなたも好きにすればいいのだから。どちらにしてもこの国は通過するだけなのだもの。頭を上げなさい」
ルーヴァは少女領主に言う。
「は、はっ、は、覇者、覇者です」
だが、頭を上げたキセーは頬を染めていた。
「ルーヴァ様、お見逸れしました! そして、ぼくが浅はかでした! これは運命なのですね! ぼくも、その方の顔を見て理解しました! は、覇者を体現されるご尊顔です!」
「大丈夫か? お前」
テオは首を傾げているが。
(この子、テオに惚れたわ)
ルーヴァは状況をすぐに飲み込んだ。
「だ、大丈夫ではありません! 陛下!」
「陛下って、オレのこと?」
「ぼ、ぼくはキセー・フユチャ、へ、陛下の奴隷になります! つ、使って下さい!」
「キセー様!」
ロポゴフが床でゴトゴトと顎を動かした。
「いや、奴隷は解放していく予定だから」
「陛下! ぼくが浅はかでした! そこいらの奴隷は解放しましょう! そしてぼくだけが恋奴隷! そういうことです!」
「違う。なにもかも」
(この国、もう終わりかも知れないわ)
ルーヴァは静かに思った。
嫉妬心を抱くよりも、ただ顔を見せただけで生意気な子供をここまで堕としてしまう。そんなテオの姿に満足して、鼻から溢れる血を押さえるので必死だった。
(わたしの感情を揺さぶろうとしてる)
父の死について、姉妹との争いを煽る態度、そしてふたたびの幽閉、話題の選び方がまさにそれだ。食事で油断を誘い、怒らせ、その流れからなにかを引きだそうとしている。
乗せられてはいけない。
「その程度の脅しに、わたしが屈するとでも?」
向けられたフォークを掴む。
「やってみなさい。先手は譲ってあげるわ」
言いながら、ルーヴァは剣に手をかけたランナを目で制する。精霊騎士の存在は魔族を相手にしていく上ではワイルドカードだ。それを使わずとも、今の自分の魔力でもこの二人ぐらいは押さえ込める。
「わかっています」
キセーが片手をあげると、青い肌の女はフォークを引っ込め、着席する。まったく言葉を発さず、その視線はどこか虚ろだ。敵意というものをまったく感じ取れない。
(何者なの?)
護衛と紹介され、魔力の雰囲気から腕は立ちそうだと思ってはいたが、目立つ外見でありながら、種族が判然としない。ルーヴァ自身、すべての魔族を知り尽くしている訳ではないが。
「シドラー卿がそう手荒なことをしたとは思いませんが、ぼくの迫力では不十分だ。けれど、たとえば、選ばれた新たな魔王の命ならば?」
「だれのことを言っているのかしら?」
ハッタリだ。
「仮にそれを把握していたとして、あなたたちが簡単に討ち取れるような男をわたしが選んだとでも思うのかしら? 覇者を望まないとは言ったけれど、覇者になれないとは」
「奴隷に偽装して、紹介できない男が?」
キセーは鼻で笑った。
「わたしの奴隷のことを言っているなら」
「ロポゴフはあの奴隷に魔王の証を感じていました。ルーヴァ様は陛下と戦場を共にしたことは御座いませんでしょう?」
「……」
食い下がり切れず、ルーヴァは沈黙する。
確かに、その魔法を実際に見たことはない。
(テオに魔王の証が?)
ハッタリかもしれなかったが、予想外のことで思考が追いつかなかった。遺言を伝えられたとき、父に抱きしめられた。そのときになにか魔法をかけられていたのだろうか。
新たな魔王と認めた時点で授けるような。
「ぼくの執事は真面目すぎる男です」
キセーはゆったりとルーヴァの背後に回って、椅子を勧めてくる。青い肌の女がフォークを指先で弄んでいた。ここで焦って動こうとすれば当然のことながら止められる。
「ぼくのことを実の娘のように想っている。魔界に妻子を残してきてしまっているから、それも致し方ないのですが、ぼくに少しでも危険が及ぶようなことになると、先回りしてそれを排除しようとするのです」
「キセー、なにが目的なの?」
ルーヴァには目の前の子供の意図が読めない。
「もし、万が一にも、彼になにかあれば、あなたたちも無事では済まさないわ。死ににきたの?」
「考えを変えていただきたいだけです」
席に座ったルーヴァが肘掛けにおいた手に触りながら、キセーは膝をついて見上げてくる。その瞳はいかにも楽しそうだった。
「ロポゴフに排除されるような男が新たな魔王に相応しいかということです、ルーヴァ様。そんなことでは姉妹殿下との争いを考えるまでもなく、気の休まるときなど御座いません。覇者とならないまでも、いつだれに敗れてもおかしくないような魔王など、ありえないのです」
「やめなさい」
ルーヴァはその手を振り払った。
「忘れてしまいましょう」
だが、キセーは笑顔で言った。
「気の迷いです。ルーヴァ様。ぼくにもまだよくわかりませんが、女というものは男に惚れてしまうと合理的な判断ができなくなってしまうと言うではないですか」
「わたしは……!」
バン!
食堂のドアが乱暴に開かれたのはそのときだ。宿の従業員の格好をした男が、生きた頭蓋骨を抱えて立っている。それがテオであることはルーヴァにはすぐわかった。
(親衛隊を倒したの?)
安堵と同時に、意外に思う。
「ロポゴフ!」
少女領主の顔色が変わった。
「申し訳ありません。キセー様」
そう言った頭蓋骨は床に放り投げられる。
「なにをする、この奴隷が!」
「うるせぇ! こっちは殺されかけたんだよ!」
キセーの言葉にテオが叫ぶ。
「なに、を」
「なにをじゃねぇよ! 話を聞いたら、この骨のオッサンは領主のお前に唆されてるじゃねぇか! 姉妹同士が新たな魔王を立てて代理戦争? 娘にそんなことをさせる父親がどこにいるんだ! え? 答えてみろ!」
言いながら、テオはずかずかと歩み寄る。
「ち、近寄るな! ターバ!」
「……」
青い肌の女がフォークを手に立ち上がる。
「ただ見ているだけと思ったか?」
だが、即座にランナが首筋に剣を当てていた。
「ありがとう」
「私の任務はテオを守ることだ」
(出遅れたわ)
ルーヴァはおいしいところを取られたように感じる。ランナの肩を叩いて、テオがキセーの正面に立つ凛々しさに鼻の奥が熱くなる。
(でも、萌える!)
魔王らしさが出てきていた。
「ど、奴隷が、魔王だなんて」
キセーが言う。
「……」
テオはその瞳をのぞき込んだ。
「どれいがっ」
少女領主の目が、泳ぐ。
「偉くなりたいなら、奴隷に使われる覚悟も持った方がいいぜ? お嬢ちゃん」
その額を小突いて、テオは悠々とルーヴァのもとに歩いてくる。勝負は決していた。ロポゴフを倒した相手と戦う気持ちがなくなっている。
「ルーヴァ」
「テオ」
「なんか魔王の証、もらってたらしい」
言いながら、テオは舌を出した。
「それ」
うっすらと魔力で浮かび上がる飛翔する龍を象った魔法の紋章は、父が用いていたものに他ならなかった。舌に現れたということは偽法に間違いない。魔族が固有に持つ魔力を扱えてしまう魔法、これの存在によって、事実上、あらゆる魔法も使えてしまう。
「おかげで助かった」
テオはにっこりと笑った。
「そう、良かったわ」
ルーヴァは言う。
(お父様はおそらくわかっていた)
表面上、落ち着き払いながら、ルーヴァは父の意図に気付く。新たな魔王と認めれば、すぐに命を狙われる男を守るためには、そういう措置が必要なのだと考えたが故の遺言だったのだ。
(わたしに偽法を分けたのは)
雷の魔力をその男にも使わせるため。
魔界でも有数に戦闘向きな魔力。
(それは、やはり姉妹同士で戦わせるため?)
テオが否定したキセーの考えだが、逆に状況証拠は揃ってしまった感がある。魔族ではない人間でさえ、ロポゴフのような軍人魔族を退けるほど力を発揮する魔王の証は。
「あのっ」
見つめ合う二人に、キセーが平伏する。
「ぼ、ぼく、ぼ、ぼぼぼぼ、ぼ」
「急に態度を変える必要もないでしょう? さっきみたいに偉そうに講釈を垂れていいのよ? わたしが考えを変える理由はなくなったけれど、あなたも好きにすればいいのだから。どちらにしてもこの国は通過するだけなのだもの。頭を上げなさい」
ルーヴァは少女領主に言う。
「は、はっ、は、覇者、覇者です」
だが、頭を上げたキセーは頬を染めていた。
「ルーヴァ様、お見逸れしました! そして、ぼくが浅はかでした! これは運命なのですね! ぼくも、その方の顔を見て理解しました! は、覇者を体現されるご尊顔です!」
「大丈夫か? お前」
テオは首を傾げているが。
(この子、テオに惚れたわ)
ルーヴァは状況をすぐに飲み込んだ。
「だ、大丈夫ではありません! 陛下!」
「陛下って、オレのこと?」
「ぼ、ぼくはキセー・フユチャ、へ、陛下の奴隷になります! つ、使って下さい!」
「キセー様!」
ロポゴフが床でゴトゴトと顎を動かした。
「いや、奴隷は解放していく予定だから」
「陛下! ぼくが浅はかでした! そこいらの奴隷は解放しましょう! そしてぼくだけが恋奴隷! そういうことです!」
「違う。なにもかも」
(この国、もう終わりかも知れないわ)
ルーヴァは静かに思った。
嫉妬心を抱くよりも、ただ顔を見せただけで生意気な子供をここまで堕としてしまう。そんなテオの姿に満足して、鼻から溢れる血を押さえるので必死だった。
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