脱走王子と脱獄王女

狐島本土

文字の大きさ
29 / 30

諸刃過ぎる剣

しおりを挟む
「話はもう済んでるから、出て行ってくれ」

 子供領主にはお帰りいただいた。

「ターバ。そういうことだ」

 ロポゴフが護衛に指示を出す。

「あ、ちょ、陛下! いずれ、いずれ必ず!」

 キセーは青い肌の女に抱えられて部屋を出る。

「ランナ、その頭蓋骨を運んでやってくれ」

「わかった」

 精霊騎士はオレの意図を読んでか肩を竦める。

「……」

 二人きりになりたいのがバレバレかな。

 後のことはロポゴフに頼んでおいた。ヨニが売った子供を探す方をやってもらう代わりに、命までは奪わないという取引をしたのである。話を聞いたら、こっちも家族を魔界に残してるとか、キセーも両親を戦いで失ってるとか。

 どうも怒りが湧いてこなかった。

 なんにしても、キセーがあれだけイケメンに負ければ真面目にオレに会いたい一心で探すだろうことは容易に想像できる。幸運だったと言っていいだろう。軽く殺されかけたが、それも遺言と証を残した魔王の予想の範囲内である。

 問題は。

「あのさ」

 キスで魔力を奪うという偽法、これをルーヴァが知っているかどうか、知らないとすればどう説明するかということだ。人間でも使える凄い魔法だが、しかし、使った時点で浮気確定。

 諸刃過ぎる剣。

「うん」

「この魔王の証について知ってる?」

 まずは直球で聞いてみる。

「偽法でしょう? わたしも知らなかったのよ。お父様から遺言と一緒にそれを預けられていたことも、認めた時点で渡したことになることも」

 ルーヴァは考え込むような表情で答える。

「そ、そう、なんだ?」

 判断に困る。

 このリアクションはなんだろう。

 ロポゴフは偽法の条件、キスで魔力を奪うことは知っていた。魔王は妻以外にもこのために何人もの愛人を囲っていたとかで、軍の内部ではほぼ公然の秘密だったらしい。知っている人は知っているということだ。

 しかし、これは男の世界。

 それを妻や娘、そして愛人に伝えていたか、となると話はまた変わってくる。男としてちょっと伝えたくない事実だ。ぶっちゃけ愛情を疑われる。キスをする目的が変わってくるからだ。魔力を利用するためにと思われれば、いかにイケメンと言えども女性の嫌悪感は避けられない。

 デリケートなところだ。

 キスもまだなのに夫婦みたいな変な関係上。

「でも、良かったわ。テオが無事で」

 ルーヴァは触れなかった。

「あ、ああ。うん、オレもルーヴァが無事で良かった。話だと、あの領主の子はスリルを求めて無茶をするらしいから。ロポゴフも危険の芽を摘もうと必死だったみたいで」

 知らないのか?

「どうやって倒したの?」

 ルーヴァが言った。

「え?」

「あのロポゴフを頭蓋骨ひとつにするなんて。わたしの魔力じゃああいう風にはならないよね? シドラーの魔力じゃ」

「マリの魔力で」

 オレは答えた。

 知らなかった!

「その、重さを操る魔力、重さが増してったんだけど、頭を潰されないように先に身体を砕いて影響をくい止めたらしいよ」

 オレはロポゴフの説明を受け売りした。

「そっか、マリが戦うところから逃げてきたんだものね。それで、服の肩が破けてる。お父様はそんなことなかったけど、人間だと魔族の肉体を再現するのかしら」

「そ、そうみたいだよ」

 それについても言われた。 

 魔素を肉体に留めるための核が存在しないから、偽法が限界まで作用して肉体に変化を及ぼしているんだとかなんだとか、魔力を使い果たしたら元に戻ったみたいなのだが。

「見ただけで使えるとか、便利ね」

「いや、ルーヴァ、実は」

 正直に言うべきだ。

 オレはそう思った。

 これからの旅を考えれば、見ただけで使えるという誤解は、いざというときに困ったことになる可能性がある。「あの魔族の魔力を見たのに」「偽法できない」となれば、別の条件が必要だという説明をしなければならなくなるのだ。

 バン!

「アニキ!」

 ドアが開かれた。

「テオのアニキ!」

「?」

「……」

 泥色のスライムが飛び跳ねながら入ってきて、オレとルーヴァの手前でデッサン人形みたいなのっぺりとした人型になると土下座した。

「おれを、お供に連れて行ってくれ!」

「だれ?」

 ルーヴァがオレの顔を見た。

「だれと言われても」

 別に知り合いって訳でもない。

 まず第一に名乗ってもいないはずだが。

「見ての通り、粘つく種族のベロン。かの有名なスケベロンとはおれのことですぜ! テオのアニキに、ルーヴァのアネゴ!」

「知ってる?」

「いや、知らない」

 それ以前に、粘つく種族ってなんだ。「○○の種族」って言うパターンから外れてる。そこは粘液の種族とかでいいだろ。オレの翻訳能力以前に、コイツなんか言葉が変だろ。

 スケベロン?

「ええっ!? 魔界のベットリベトベト村の二十歳から六十五歳までの女すべてを孕ませて、こっちの世界の戦いにかり出された英雄、スケベロンを知らないので!?」

「……」

 オレの翻訳能力が追いついていない。

 なに言ってんだマジで。

「聞いたことがあるわ」

 だが、ルーヴァは思い出したようだ。

「弱いのに男女そろって繁殖力だけがやたらと高い種族だから、人間を混乱させられるんじゃないかって編成された粘つくスケベ部隊の隊長がそんな異名を、もとい蔑称を与えられていたわ」

「蔑称なんだ」

 オレはちょっとホッとした。

 なんかポジティブな単語みたいに言うから、こっちの言語理解が足りてないのかと心配になってたところだった。魔族と人間との間で言葉の使い方に差があるとなると今後のコミュニケーションにも差し障りがあるかもしれない。

 しかし、粘つくスケベ部隊?

「その通り! 弱すぎて人間にも勝てず!」

 スケベロンは胸を張った。

「戦いの初期で見捨てられ、流れ着いたこの地で、ペトペトと生きていたおれの目の前に、ベッチョンベッチョンの輝きを放つアニキが現れだ! それが新たな魔王になるっつったら、もうついていくしかないと!」

「ベッチョン?」

 もう何語かさっぱりわからん。

 そして、戦いの初期から参戦してるとしたら、完全にオレより年上というか、普通にもうかなりのオッサンなのでは。

「アネゴ! おれは感服しました! 覇者とはならない新たな魔王、そりゃあつまり、おれのような弱い魔族こそが必要ってことだ!」

「……」

 ルーヴァがこちらを見つめる。

 気の毒すぎて口に出来ないという感じ。

「別にそういう意味じゃない」

 オレは代わりに言う。

「へ?」

「いや、協力してくれる気持ちは嬉しい。でも、申し訳ないんだけど、弱い魔族を守れるほどの戦力は整ってないので、今まで通り、ここでペトペトと生きていてくれ」

「アニキ、わかってますぜ」

 だが、スケベロンは泥色の水の固まりに戻ると、その粘ついた身体をプルプルと揺らして今度はやたらとゴージャスな女の形になった。泥色なのは変わらないが。

「こうだ!」

「なにがだ!」

 それでオレが喜ぶと思ったのか。

「目の保養にどうぞ!」

「必要ないから」

 確かに、凄い身体だけど。

「テオ、これでも足りないの?」

 ルーヴァが青ざめている。

「そういう意味でもないから!」

 なぜそんな反応に?

「アニキ! アネゴ! おれは今度こそ、役に立ちたいんで! 戦いでは役に立たずとも、こっちの世界で弱いなりに生き残ってきた術で、必ずや新たな魔王の力に!」

「本音は?」

 オレは言った。

「女から逃げたい、か?」

「……」

 抜群のスタイルの女がとろけた。

 わかりやすい。

「テオ、なんでわかるの?」

 だが、ルーヴァがオレを睨んでいる。

「え?」

「わたしから逃げたいの!?」

「そ、そんなこと言ってない。ただ、さっきコイツに会ったときに、明らかに勢いでやらかしてたから、そんなところだろうと」

「テオって、やっぱり、経験豊富だよね」

 だが、ルーヴァはあまりこっちの話を聞いてなかった。スケベロンのことさえも眼中にないようで、なんかもう自分の世界に入ってる。

「わたしも勢いでやらかしてるのかな?」

「ルーヴァ、落ち着いて」

「アニキ! そこで押し倒すんですよ!」

「黙ってろ!」

 なんでこんな話がややこしくなるんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。 異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。 一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。 娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。 そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。 異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。 娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。 そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。 3人と1匹の冒険が、今始まる。 ※小説家になろうでも投稿しています ※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!  よろしくお願いします!

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。

秋田ノ介
ファンタジー
  88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。  異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。  その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。  飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。  完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。  

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

逢生ありす
ファンタジー
 女性向け異世界ファンタジー(逆ハーレム)です。ヤンデレ、ツンデレ、溺愛、嫉妬etc……。乙女ゲームのような恋物語をテーマに偉大な"五大国の王"や"人型聖獣"、"謎の美青年"たちと織り成す極甘長編ストーリー。ラストに待ち受ける物語の真実と彼女が選ぶ道は――? ――すべての女性に捧げる乙女ゲームのような恋物語―― 『狂気の王と永遠の愛(接吻)を』 五大国から成る異世界の王と たった一人の少女の織り成す恋愛ファンタジー ――この世界は強大な五大国と、各国に君臨する絶対的な『王』が存在している。彼らにはそれぞれを象徴する<力>と<神具>が授けられており、その生命も人間を遥かに凌駕するほど長いものだった。 この物語は悠久の王・キュリオの前に現れた幼い少女が主人公である。 ――世界が"何か"を望んだ時、必ずその力を持った人物が生み出され……すべてが大きく変わるだろう。そして…… その"世界"自体が一個人の"誰か"かもしれない―― 出会うはずのない者たちが出揃うとき……その先に待ち受けるものは? 最後に待つのは幸せか、残酷な運命か―― そして次第に明らかになる彼女の正体とは……?

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜

シュガーコクーン
ファンタジー
 女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。  その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!  「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。  素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯ 旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」  現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。

処理中です...