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タケシ(野球部)
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おにいが先に登校するのはいつものことだ。
「ほら、リツ。遅刻するわよ」
「んー、ってきまーす」
昨夜のサディスティックな装いが夢だったかのように普通の主婦をする母に送り出されて、寝ぼけたまま歩き出して、高校に向かう。
徒歩圏内だから公立の北高を選んだ。
ギリギリまで寝てられる。
志望動機を聞かれてそう答え、中学の担任には無謀だと言われたけど、おにいが勉強を手伝ってくれてなんとか受験を突破できた。地元では賢い方の高校とされている。
これまでは楽しい高校生活だった。
「……」
少しひんやりとした秋風に目が冷めてきた。
徒歩十五分、小高い丘の上に建つ学校への上り坂を歩く遅刻ギリギリ族の背中が見えてきたところで、わたしは不安になってくる。
おにいの女装でわたしはどうなるんだろう。
クラスは違う。
おにいは理数科で、わたしは普通科。
同じ学校内でもこの関係にはわりと格差がある。理数科のトップは東大を目指すぐらいで、普通科は早稲田ぐらい。わたしに言わせればどっちも頭良いようにしか聞こえないけど、高校入学時点の成績の差が、卒業時にはかなり開いてるってことらしい。
一学期期末、おにいは理数科の三位だった。
そのことで、双子の妹であるわたしもちょっと注目を浴びたことを思い出したのだ。休み時間になると見物の人が大勢きて「あれが井岡センの妹だ」って言っていく。なんか女の先輩がいっぱいきておにいの話を聞きたがる。生徒会の人も来て、勧誘までされた。
生徒数の関係で理数科の後に発表された普通科の順位でわたしが下から数えた方が早かったことで、双子の残念な方だから触れないでおこう、みたいな空気になって消火器でも使ったみたいにその盛り上がりは鎮火したんだけど、今度はそうはいかないかもしれない。
双子の残念じゃない方が変態な方に。
「おはよう。リッちゃん」
「ヒロヒロ、おは」
でも、朝の教室はまだ変化がなかった。
「宿題やってきた?」
前の席の広瀬ヒロエ、ヒロヒロはいつものようにわたしの世話をやく。妹が三人いるとかで、うっかり者のわたしをほっとけないと春先に言われた。
損な性格らしい。
「うん」
それに思いっきり甘えている。
「またセンさんに写させてもらったんでしょ?」
ヒロヒロはわたしの机におっぱいを乗せて、いたずらっぽくこちらを見つめてくる。三つ編みにメガネ、地味で男子の注目はないけど、わたしはすっごいエロいと思う。
「うん」
密かな楽しみだ。
「もう。ほんとにリッちゃんはセンさんいなかったらどうするの? 双子なんだから、同じ能力があるはずなのに」
「逆だよ、能力を持ってかれたから」
変態の血を含めて、おにいが濃くなった。
そう考えるべきだと思う。昨晩の父の言葉でひっかかってることはあるのだ。男はマゾ、そして女はサド。マゾの父がサドの母と結婚したのは趣味が合ったからだとしても、それを遺伝させようとしないでほしい。
変化は次第に現れた。
一限、二限辺りはまだ静かだったけど、三限の休み時間に教室と廊下がざわつきはじめた。なんとなく視線を感じる。理数科の教室は別の棟になっているけど、流石に知れ渡ってきた。
そして四限、体育の時間にそれは起こる。
「おいリツ、センのヤツどうしたんだよ」
「どうした、ってなんのこと?」
わたしはそいつの顔も見ずに答えた。
注目が集まったのを感じる。
隣のクラスと合同、男女分かれての授業だが、北高ではこの季節、長距離走を行うので、事実上男女混合になる。よくないシチュエーションだ。
ここで下手なことを言うと一気に広まる。
「とぼけんなよ。またくだらねぇ兄妹喧嘩の罰ゲームなんだろ? むかしからよくやってたよな。アマガエル百匹捕まえるまで家に帰れないとか、拾った金が五百円になるまで家に帰れないとか、花見の酔っぱらいの前で歌を歌っておひねりをもらってこいとか、河川敷のキャンプ場でさりげなくバーベキューに混じってこいとか」
目を合わせないようにする正面に回り込みながら、足利タケシはぐじぐじと過去のこと掘り返してくる。近所の幼なじみで腐れ縁。
「センが勝手にやってるの」
わたしは睨みつけた。
外ではおにいのことを名前で呼ぶ。中学の頃にブラコンだと少しからかわれたことがあってから、そうするようになった。
「勝手にって、オカマになったのか!?」
タケシの野球部で鍛えた大声。
準備運動中の周囲がどよめいた。かなりわたしの発言は気にされていたらしかった。優等生が急に女装したとなれば、それなりにデリケートな話題だと思われていたのかもしれない。
精神的に不安定だとか。
「違うと思うけど」
わたしは言う。
「詳しいことは本人に聞いてよ、双子だからって、なんでも説明できる訳じゃないから」
おにいの女装はわたしと一体化するためだ。
目的は知っているけど、一体化が具体的になにを目指しているのかはよくわからない。わたしのことを好きな気持ちをそれで抑えられるのかとか、考えてみると謎しかない。
特に追求したくもないけれど。
「セン、バイトで忙しそうだろ? おれも部活で忙しいしよ、ヒマそうなリツに聞くだろ?」
タケシは坊主頭を掻いた。
「ブレーメン! 音楽隊にでも入れ!」
ヒマそうとはなんだ。
「それを言うならブレーマンだろ。バカだな相変わらず。コーヒーでも飲んで目を覚ませ」
「ブルーマウンテンとひっかけて上手いこと言ったつもりか! 体育だよ! マラソンだよ! コーヒーブレイクしてられないよ!」
「キレんな。いや、センがああなって一番辛いのはリツ、お前か。双子の妹より明らかに美人って評判だからなーぁ、はっはっはっ。気を落とすなよ? もともと男にモテてたのもあっち……」
「っ!」
パチィィンッ!
平手が、タケシの頬を打ち鳴らす。
周囲のどよめきが静まりかえって、わたしと倒れたタケシをとりまく輪が出来た。男の癖に女のビンタで倒れるとか、下半身強化しろ野球部。走り込みが足りてないぞ。
「へ」
タケシは唾を吐いて、立ち上がる。
「そこが一番トサカに来てたのかよ。ま、そうだろうな。センが頭も良くて運動神経抜群で女にモテるイケメンだから、同じ顔の双子の妹も可愛いんじゃね? と誤解されてたのに、女装されたら完全敗北だもんな? 女の立場ねーっ、て……」
ピシャァァンッ!
「だまれ、サル男」
今度は意識的に振り抜いた。
「リツ、教えてやるよ、双子の一番の差は性格」
パチピシャプァァンッ!
「べ、ぼっ」
「えー、よく聞こえない?」
わたしは後ずさるタケシを右へ左へ往復でビンタをかましながら追いかけ、倒れたところに馬乗りになって追い打ちをかける。
「リッちゃん! やりすぎだよ!」
ヒロヒロが叫んだ。
だが、わたしの手は止まらなかった。
キレていた訳じゃない。
タケシの言葉に頭に来たのは最初だけで、二回目からは確かめていた。男の頬を張り飛ばしたときに受けている感覚がなんなのかを。考えてみたら、おにい以外を殴ったことなんてなかった。
「あああああああああっ」
気持ちいいっ!
「あああああああああっ!」
ジンと手に返ってくる刺激、そして赤く染まっていく頬、わたしが刻み込んでる。ビリビリする。ジンジンする。ゾワゾワする。そして頭の中がスッキリする。爽快、最高、やめられない。
「あ、あっ……」
ビクンとおなかの辺りでなにかが跳ねた。
これが、サディズム?
「や、めっ……?」
わたしを見たタケシの目が恐怖に染まった。
「べ、ご……べ、ごめっ、おれ、悪っ……」
「………………」
わたしは無言で謝る男をなぶる。
自然と笑顔になる。
これは変態の血のせいだ。
だから許して? 許してくれるよね?
気づいた教師が止めにはいるまで、繰り広げられる嗜虐ショーに周囲のみんなは絶句していた。それからはもう、おにいのことをわたしに尋ねようとする人間は現れなかった。
めでたしめでたし。
もちろん放課後に生徒指導室に呼ばれた。
「失礼しまーす」
「リツ……」
「……セン」
そこにはおにいも待たされていた。
「ほら、リツ。遅刻するわよ」
「んー、ってきまーす」
昨夜のサディスティックな装いが夢だったかのように普通の主婦をする母に送り出されて、寝ぼけたまま歩き出して、高校に向かう。
徒歩圏内だから公立の北高を選んだ。
ギリギリまで寝てられる。
志望動機を聞かれてそう答え、中学の担任には無謀だと言われたけど、おにいが勉強を手伝ってくれてなんとか受験を突破できた。地元では賢い方の高校とされている。
これまでは楽しい高校生活だった。
「……」
少しひんやりとした秋風に目が冷めてきた。
徒歩十五分、小高い丘の上に建つ学校への上り坂を歩く遅刻ギリギリ族の背中が見えてきたところで、わたしは不安になってくる。
おにいの女装でわたしはどうなるんだろう。
クラスは違う。
おにいは理数科で、わたしは普通科。
同じ学校内でもこの関係にはわりと格差がある。理数科のトップは東大を目指すぐらいで、普通科は早稲田ぐらい。わたしに言わせればどっちも頭良いようにしか聞こえないけど、高校入学時点の成績の差が、卒業時にはかなり開いてるってことらしい。
一学期期末、おにいは理数科の三位だった。
そのことで、双子の妹であるわたしもちょっと注目を浴びたことを思い出したのだ。休み時間になると見物の人が大勢きて「あれが井岡センの妹だ」って言っていく。なんか女の先輩がいっぱいきておにいの話を聞きたがる。生徒会の人も来て、勧誘までされた。
生徒数の関係で理数科の後に発表された普通科の順位でわたしが下から数えた方が早かったことで、双子の残念な方だから触れないでおこう、みたいな空気になって消火器でも使ったみたいにその盛り上がりは鎮火したんだけど、今度はそうはいかないかもしれない。
双子の残念じゃない方が変態な方に。
「おはよう。リッちゃん」
「ヒロヒロ、おは」
でも、朝の教室はまだ変化がなかった。
「宿題やってきた?」
前の席の広瀬ヒロエ、ヒロヒロはいつものようにわたしの世話をやく。妹が三人いるとかで、うっかり者のわたしをほっとけないと春先に言われた。
損な性格らしい。
「うん」
それに思いっきり甘えている。
「またセンさんに写させてもらったんでしょ?」
ヒロヒロはわたしの机におっぱいを乗せて、いたずらっぽくこちらを見つめてくる。三つ編みにメガネ、地味で男子の注目はないけど、わたしはすっごいエロいと思う。
「うん」
密かな楽しみだ。
「もう。ほんとにリッちゃんはセンさんいなかったらどうするの? 双子なんだから、同じ能力があるはずなのに」
「逆だよ、能力を持ってかれたから」
変態の血を含めて、おにいが濃くなった。
そう考えるべきだと思う。昨晩の父の言葉でひっかかってることはあるのだ。男はマゾ、そして女はサド。マゾの父がサドの母と結婚したのは趣味が合ったからだとしても、それを遺伝させようとしないでほしい。
変化は次第に現れた。
一限、二限辺りはまだ静かだったけど、三限の休み時間に教室と廊下がざわつきはじめた。なんとなく視線を感じる。理数科の教室は別の棟になっているけど、流石に知れ渡ってきた。
そして四限、体育の時間にそれは起こる。
「おいリツ、センのヤツどうしたんだよ」
「どうした、ってなんのこと?」
わたしはそいつの顔も見ずに答えた。
注目が集まったのを感じる。
隣のクラスと合同、男女分かれての授業だが、北高ではこの季節、長距離走を行うので、事実上男女混合になる。よくないシチュエーションだ。
ここで下手なことを言うと一気に広まる。
「とぼけんなよ。またくだらねぇ兄妹喧嘩の罰ゲームなんだろ? むかしからよくやってたよな。アマガエル百匹捕まえるまで家に帰れないとか、拾った金が五百円になるまで家に帰れないとか、花見の酔っぱらいの前で歌を歌っておひねりをもらってこいとか、河川敷のキャンプ場でさりげなくバーベキューに混じってこいとか」
目を合わせないようにする正面に回り込みながら、足利タケシはぐじぐじと過去のこと掘り返してくる。近所の幼なじみで腐れ縁。
「センが勝手にやってるの」
わたしは睨みつけた。
外ではおにいのことを名前で呼ぶ。中学の頃にブラコンだと少しからかわれたことがあってから、そうするようになった。
「勝手にって、オカマになったのか!?」
タケシの野球部で鍛えた大声。
準備運動中の周囲がどよめいた。かなりわたしの発言は気にされていたらしかった。優等生が急に女装したとなれば、それなりにデリケートな話題だと思われていたのかもしれない。
精神的に不安定だとか。
「違うと思うけど」
わたしは言う。
「詳しいことは本人に聞いてよ、双子だからって、なんでも説明できる訳じゃないから」
おにいの女装はわたしと一体化するためだ。
目的は知っているけど、一体化が具体的になにを目指しているのかはよくわからない。わたしのことを好きな気持ちをそれで抑えられるのかとか、考えてみると謎しかない。
特に追求したくもないけれど。
「セン、バイトで忙しそうだろ? おれも部活で忙しいしよ、ヒマそうなリツに聞くだろ?」
タケシは坊主頭を掻いた。
「ブレーメン! 音楽隊にでも入れ!」
ヒマそうとはなんだ。
「それを言うならブレーマンだろ。バカだな相変わらず。コーヒーでも飲んで目を覚ませ」
「ブルーマウンテンとひっかけて上手いこと言ったつもりか! 体育だよ! マラソンだよ! コーヒーブレイクしてられないよ!」
「キレんな。いや、センがああなって一番辛いのはリツ、お前か。双子の妹より明らかに美人って評判だからなーぁ、はっはっはっ。気を落とすなよ? もともと男にモテてたのもあっち……」
「っ!」
パチィィンッ!
平手が、タケシの頬を打ち鳴らす。
周囲のどよめきが静まりかえって、わたしと倒れたタケシをとりまく輪が出来た。男の癖に女のビンタで倒れるとか、下半身強化しろ野球部。走り込みが足りてないぞ。
「へ」
タケシは唾を吐いて、立ち上がる。
「そこが一番トサカに来てたのかよ。ま、そうだろうな。センが頭も良くて運動神経抜群で女にモテるイケメンだから、同じ顔の双子の妹も可愛いんじゃね? と誤解されてたのに、女装されたら完全敗北だもんな? 女の立場ねーっ、て……」
ピシャァァンッ!
「だまれ、サル男」
今度は意識的に振り抜いた。
「リツ、教えてやるよ、双子の一番の差は性格」
パチピシャプァァンッ!
「べ、ぼっ」
「えー、よく聞こえない?」
わたしは後ずさるタケシを右へ左へ往復でビンタをかましながら追いかけ、倒れたところに馬乗りになって追い打ちをかける。
「リッちゃん! やりすぎだよ!」
ヒロヒロが叫んだ。
だが、わたしの手は止まらなかった。
キレていた訳じゃない。
タケシの言葉に頭に来たのは最初だけで、二回目からは確かめていた。男の頬を張り飛ばしたときに受けている感覚がなんなのかを。考えてみたら、おにい以外を殴ったことなんてなかった。
「あああああああああっ」
気持ちいいっ!
「あああああああああっ!」
ジンと手に返ってくる刺激、そして赤く染まっていく頬、わたしが刻み込んでる。ビリビリする。ジンジンする。ゾワゾワする。そして頭の中がスッキリする。爽快、最高、やめられない。
「あ、あっ……」
ビクンとおなかの辺りでなにかが跳ねた。
これが、サディズム?
「や、めっ……?」
わたしを見たタケシの目が恐怖に染まった。
「べ、ご……べ、ごめっ、おれ、悪っ……」
「………………」
わたしは無言で謝る男をなぶる。
自然と笑顔になる。
これは変態の血のせいだ。
だから許して? 許してくれるよね?
気づいた教師が止めにはいるまで、繰り広げられる嗜虐ショーに周囲のみんなは絶句していた。それからはもう、おにいのことをわたしに尋ねようとする人間は現れなかった。
めでたしめでたし。
もちろん放課後に生徒指導室に呼ばれた。
「失礼しまーす」
「リツ……」
「……セン」
そこにはおにいも待たされていた。
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