籠ノ中ノ蝶

綾織 茅

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第四章―偶然という名の必然―

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「お疲れ様。学園祭、司会の仕事だってね」


 エレベーターに乗り込んでから、先生は四階のボタンを押した。

 私はできるだけ距離をとり、こくりと頷いた。


「何でそんなに避けるの? 許してくれたんじゃなかったの?」
「う」


 許す許さないの問題じゃないと思う。

 エレベーターなんて密室で、前科アリの人と二人っきりになる状況はまずい。

 私でもさすがに分かる。

 でも……私はこういうのに弱い。

 お願いだから、捨てられた子犬みたいに見るのはやめて欲しい。

 私の周り、強い人が多いから、こうやって下からこられるのに慣れてない。


「……そんなんじゃ、ないです、けど」
「なら、どうして?」


 え? エレベーターってどこに立とうと自由じゃないの?

 なんていう私の当たり前の疑問も、先生の少し悲しそうな視線に霧散させられ。


「僕のこと、嫌いになった? 葛城君の方がいい?」
「何ですか、その二択」


 しかも何でここで葛城君なんだろう。

 なんだか私が悪いことをしてる気分になってきた。

 ちょっと、ほんのちょっとだけ先生に近づくと、先生は満足したみたいで、ニコニコと笑顔になった。


「ふふふ。……今日はね、ミネストローネとパスタにしようかと思うんだ」
「そうですか。おいしそうですね」


 私は何にしようかな。

 確か、冷蔵庫に……。


「でしょ? だから一緒に食べようね」
「そうで……はい?」


 今、何と?

 危うくそのまま肯定する所だった。

 先生と一緒にいる時に別に考え事は駄目だって忘れてた。


「だって今日、買い物してないでしょ?」
「確かにしてませんけど、冷蔵庫に入ってますから」
「いいじゃない。僕、今日早く終わったからもう料理作ってるんだ。一人で食べるなんて淋しいし」


 その気持ちは分からなくもない。

 私も一人で食べるより、日向や依理とと食べる時の方が楽しいし、ご飯もおいしく感じる。

 でも、ここで頷いてしまうと、なし崩しに毎日一緒に食べることになりそうな気がする。

 それに、楽しく食べれるのは、相手が気心知れた仲だからではないか。

 あれこれ考えていると、四階なんてあっという間だ。

 チーンという音が響き、エレベーターのドアが開いた。

 よし。


「結構です。見たいテレビがあるんで」
「僕の部屋で見ればいいじゃない」
「……疲れたんで、早く寝たいんです」
「もうご飯できてるから、早く寝れるよ?」


 ……駄目だ。

 先生の方が何枚も上手だ。

 たとえ正直に一緒に食べたくないと言えば、さっきの手を使われるに決まってる。


 部屋の前につき、先生は


「じゃあ来てくれるまで、僕食べずに待ってるから」


 と、脅し文句に近い言葉を呟き、バタンとドアを閉めた。


 もし行かなかったら、先生はどうするだろうか。

 私はしばし悶々とドアの前に立ちつくしていた。


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