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第四章―偶然という名の必然―
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しおりを挟む十分後、私は先生の部屋のドアの前で進退極まっていた。
制服から部屋着に着替え、左に行ったり右に行ったり。
……うん、やっぱり帰ろう。
こんな考えてるうちにご飯作れるし、さすがに一時間過ぎたら先生も一人で食べるでしょ。
私が自分の部屋に戻ろうと踵を返しかけた時、タイミングを見計らったようにドアが開いた。
「小羽、待ってたよ。さぁ、どうぞ」
ドアをさらに入りやすいように開かれると、これはもうさすがに。
「……失礼します」
よし、ご飯食べたらすぐ帰る。
うん。
もう何でこうなるの、とか考えない。
なったものは仕方がない。
ポジティブにいこう。
初めて入った先生の部屋はモノトーンで統一されていて、先生らしい雰囲気が漂っていた。
やっぱり部屋の作りは一緒で、キッチンからはおいしそうな匂いがしている。
「自由に座ってて」
そう言われて、私はテーブルの前の椅子に腰を下ろした。
「いただきます」
「どうぞ召し上がれ」
……まさかまた先生とご飯食べることになるなんて……。
そして例にもれず、先生は自分が先に食べることで安全を示してくれた。
和解したのだから、そこまで気を使わなくていいのに。
……ん……でもやっぱりおいしい。
ミネストローネもパスタもどこのレストランのかと思うくらいの味だ。
先生の手先の器用が存分に発揮されている。
食べさせてもらう度に、私の女としての何かが粉々に壊されていくような。
先生、モテるしなぁ。
付き合う人、大変だろうなぁ。
あ、可愛い人って言ってたっけ?
隣に並ぶと美男美女カップルみたいな。
……って付き合ってる人いるんだったら、この状況はまずいんじゃないの?
「小羽?」
「……あ、ご、ごめんなさい!」
いつの間にか気づいたら、先生を凝視していた。
「僕に何か聞きたい事があるんじゃない?」
「え? あ、あぁ~……」
プライバシーだし。
こんなこと聞いたら駄目だよね。
たぶん予想外れてないだろうし。
今は女の人の影がないけど、この様子じゃ扱い方慣れてるもんなぁ。
……別にそこまで気になることでもないし。
「や、なんでもないです」
「小羽のご飯食べたことないから、今度作ってみて? でも絶対おいしいから、女としての何かなんて壊れないよ。それから……あぁ、女性関係ね? 僕、一度も付き合ったことないよ? あ、でも、モテるって思ったってことは格好良いって思ってくれたってことでしょう? ありがとう、嬉しいよ」
先生は本当に嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。
心読まれたっ!
今、明らかに私の思ったことに対する返事でしょ!?
声? 声に出してた?
一度も付き合ったことがないってことは、あの時言ってたのはウソだったってこと?
「うん。可愛いね」
「……全部……?」
「そうだね。基本、小羽は思ったこと口に出してるよ?」
そ、そんな……
気をつけなきゃ。
もう食べるのに集中しよ。
余計なこと考える暇がないように。
「ねぇ、小羽。そんなに僕の料理おいしい?」
「え、はい。おいしいですよ?」
「そっか。小羽が好きなのを作るようにしてるからね」
……私が好きなのを先生は何故知っているんだろうか。
しかも、好きかもしれないではなく、好きなとは……。
「僕、小羽の作ってくれたのなら何でもいいから」
もう作る前提ですか?
何かすっごい押されてる気がする。
「……ね、小羽」
先生は肘をテーブルにつき、手の平の上に顔を乗せた。
「何ですか?」
「学園祭、男と二人っきりにならないでね?」
なんだ。そんなことか。
変に肩に力を入れてしまった。
「それは大丈夫ですよ。だって私なんかと二人っきりになりたいと思う人がいるわけないじゃないですか。依理ならまだしも」
まぁ、その後、依理の毒舌……いやいや口の立ちようにみんな去っていくんだけど。
モデル並みに綺麗なのになぁ。
でも、自慢の親友だ。
それにそのことは依理にも日向にも言われてるし。
外部からも人が来るからって。
「……なんか?」
「え?」
一気に場の空気が凍りついた。
そうさせたのは間違いなく目の前にいる先生だ。
どうやら怒りの琴線に触れてしまったみたいだ。
そこに注目するの?
何気なく言った言葉だったのに……。
「本当にそう思ってる?」
「……」
どうしよう。
何て言えばいいの?
あぁ……もう失敗した。
私は喉をごくりと鳴らして唾を飲み込み、口の開け閉めを繰り返した。
「ねぇ、小羽。どうなの?」
先生は追求の手を緩めない。
「私、その……」
「……まぁいいや。小羽の可愛い所は僕だけが知っていればいいもの。ね?」
よ、良かった……んだよね?
何とか気分を変えてくれたようで助かった。
この雰囲気には慣れない。
きっとこれから先も慣れることはないだろう。
「特に葛城君とはね。絶対に駄目」
分かった?と目で訴えてくる先生に、首をコクコクと縦に振る。
もともと葛城君とはただのクラスメートで、同じ学級委員という仲なだけ。
ジョエル君程の仲じゃない。
……じゃあ、どうしてジョエル君のことは言わないんだろう?
それについての答えはなかった。
先生は満足そうに笑い、手を伸ばして私の頭を撫でた。
『小羽はお利口さんだね』
「……え?」
今、なんか先生がだぶって見えた。
疲れてるのかな?
今日体育もあったし。
体育祭の練習も。
自分が意識してないだけで、本当は眠いのかな。
残っていたミネストローネをスプーンで飲み干し、手を合わせた。
「ごちそうさまでした。先生、私、疲れたのでこれで失礼します」
「じゃあ玄関まで送るよ」
席を立った私をご丁寧に玄関のドアを開けてくれるというサービスで送ってくれた。
「じゃあまた明日ね」
「はい」
私がバタンと自分の部屋のドアを閉めるまで先生は手を振り続けていた。
私はシャワーを浴びて、いつもよりかなり早い時間に眠りについた。
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