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第五章―暴かれた正体と過去―
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しおりを挟む私は庭に出ていた。
秋の風が涼しい。
けれど、私の心の中は秋の風ほど透き通ってはいない。
今日からここで暮らすのかな?
それともあのマンション?
……あはは。
本当に順応早いなぁ。
我ながらすごいと思うよ。
先生が死神だっていうことも、もう受け入れてる。
やっぱり今までのことがあったからかな?
それに、先生は私が嫌がることは本当にしないでくれる。
……ここに留まらせること以外。
日向や依理は心配してくれてるだろうし、どうするつもりなんだろう。
こうやって庭を回っていると、珍しい花がたくさん咲いている。
見たこともない花がたくさん。
すると、茂みの中からか細い声がした。
何だろう?
声、ここら辺からだよね?
私はしゃがみこんで茂みをかきわけた。
「……子猫?」
そこには小さな黒い子猫が丸くなって踞っていた。
わ、小さい。
病気なのかな?
ぐったりしてる。
それとも、ただお腹が空いているだけ?
とにかく……部屋に連れていこう。
ここだとカラスとかに苛められそうだし。
「おいで。大丈夫。怖くないから」
「ニャー」
茂みの中から子猫を抱き上げると、もがくことすらしない。
大人しく為されるがままになっていた。
先生、許してくれるかな?
反対されたら……こっそり飼えばいっか。
私は子猫を連れて屋敷の中に戻った。
玄関のドアを少しだけ開け、中を確認。
先生は……いない。
よし。
「少しの間、鳴かないでね?」
足音を最小限に抑え、忍び足で私に与えられた部屋に向かった。
まだここの間取りを把握していないせいで、思ったより時間がかかってしまったけど。
「……ふぅ。つい、た」
「お帰り、小羽」
……まさかの、即バレ。
しかも、先生、眼鏡かけてる。
初めて見たかも。
先生の目は私の腕の中の子猫に向けられた。
そして、椅子から立ち上がり、私の前まで来た。
バレちゃったら仕方ないよね?
「先生、この子、ぐったりしてるんです」
「お腹を空かせてるみたいだね。ミルクを持ってくるよ」
先生はそのまま部屋を出ていった。
私はベッドに子猫を寝かせ、床に跪いた。
「大丈夫だよ。すぐにお腹いっぱいになるからね」
弱っているせいか、黒い毛並みにも艶がない。
ゆっくりと背中を撫でてやると、か細い声で鳴き声をあげた。
「お待たせ。ミルクとツナを持ってきたよ」
「ありがとうございます。ほら、ご飯だよ」
子猫は最初恐る恐る口をつけていたけれど、それが害のないものだと分かったのか、急にがっついて食べ始めた。
よっぽどお腹空いてたんだなぁ。
かわいいなぁ。
私は子猫がご飯を食べている間も背中を撫で続けた。
「小羽、その猫気に入ったの?」
「え? ……はい」
取り上げられちゃうのかな。
そう思っていると、先生は私の頭を優しく撫でた。
「取り上げないよ。ここで飼ってもいいから」
「本当に!?」
「うん。ただしその猫にかかりっきりにならないで? 僕、猫に嫉妬しちゃうから」
コクコクと何度も首を縦に振ると、先生は満足そうに笑って猫に視線を移した。
子猫がこの屋敷に来たことで私と先生の間の靄が少しだけ晴れた…気がする。
しばらく子猫を見ていると、食べ終わったのか、皿から顔を上げた。
久し振りのご飯に興奮して顔を突っ込んだからか、口の周りがミルクの白に染まっている。
毛並みが黒だから、それが酷く目立ってしまっていた。
「……アハハッ。口の周り、いっぱいついてるよ?」
ティッシュで口の周りを拭ってあげると、子猫は“ありがとう”とでも言うかのようにニャーっと鳴いた。
「飼うんなら、名前をつけなきゃね?」
「名前……」
そっか、そうだよね?
名前……うーん、難しいな。
ペットとか飼ったことないから名付けなんて初めてだし。
どうしようかな。
しばらく頭をひねっていると、ふっと頭の中に閃いた言葉があった。
一度浮かんでくると、なかなか他の名前は浮かんでこなくなる。
私はそっとその名前を口に出してみた。
「……コハク」
「コハク? あぁ、瞳の色、琥珀色だね」
「はい。だから、コハク」
「よし、名前も決まったことだし、何かつけておく? 鈴とか」
「駄目っ! ……あ、ごめんなさい」
いきなり大声を出した私を、先生は驚いたように見てきた。
「猫は自由に生きるものだから。このままで」
「そっか。小羽がそうしたいのならそれでいいよ」
先生はコハクが食べた後の皿を片付けに部屋を出ていった。
「ねぇ、コハク。コハクも何かに縛られた生活は嫌だよね?」
私は大切な人達の命と引き代えにここに捕われている。
自分で選んだこととはいえ、やっぱり……。
帰りたい。
日向や依理に会いたい。
「コハクにも、きっと心配してくれてる家族がいるよ」
コハクは私の言葉が分かったのか、ニーッと鳴いた。
そんなわけないと思うけど、先生が死神だということを知ってしまったら何も不思議なことではなくなる。
いっそ今までのがファンタジー的な夢を見ていたというオチの方が断然いい。
でも、これは現実。
「私ね、小羽っていうの。本当に羽が生えてれば良かったのにね」
私は琥珀色の瞳をこちらに向けながら気持ち良さそうに寝そべっているコハクの綺麗な黒の毛並みを撫で続けた。
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