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第一章―雛の笑み
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しおりを挟む話は尽きることなく、そのまま左近が今後使う部屋に向かうことになった。もちろん、学び舎にいた頃同様、隼人と同じ部屋である。
伊織は最初、見回りを再開させようとしていたが、ふと考えなおし、二人についてきた。
師が使う区画に並ぶ部屋の戸のいくつかは開け放たれ、個人に与えられている最低限の机や座布団、衣紋掛けなどの調度品が綺麗に整頓されている。それは、その部屋の主達がもう永遠にここには戻らないことを示していた。
少し立ち止まりそうになる左近を、先を歩く隼人と伊織が察して、両側から腕をひき、足を進めさせる。左近は僅かに目を細め、二人の後について歩いた。
部屋に着くと、左近は空いている押入れに荷物を入れていく。十六になって里の外に出るようになってからは、ここだけでなく、館に戻ることも少なかった。現地調達現地消費を繰り返したおかげで、左近が持ち込んだ荷物は存外少ない。彼の場合、仕掛けを作るために使うものがほとんどだ。押入れはほとんどが使われず、そのまま戸は閉められた。
そのまま三人で車座になって話していると、廊下から足音が聞こえてくる。開けたままにしてある部屋の入り口に目を向けると、これまた懐かしい顔ぶれが並んでこちらを窺っていた。
「よっ。さっきまで、庭で戻って早々に組頭からの説教くらってただろ? 相変わらずだな、お前も」
「源太。兵庫も。久しぶり」
「ん。元気そうでなにより」
ほとんど自分から声を発することがないほど無口である兵庫も、かれこれ数年ぶりとなる同じ代、同じ組全員での顔合わせに口元が緩む。
入り口に近い所に座っていた伊織と隼人が場所を空けると、二人はそこに腰を下ろした。先程までどこかの補修作業に勤しんでいたからか、二人とも上衣を脱いで肩にかけ、鍛え上げられた半身を惜しげもなく晒している。
「見回りは?」
「抜けてきた」
「これで元梅組は全員集合か」
「だな」
源太が歯並びの良い白い歯を見せて、にかりと笑う。雛の時分は実年齢よりも年嵩に見える顔を本人は気にしていたが、だいぶ年に見合った精悍な顔つきになってきていた。唯一歳相応に見せていた笑いえくぼが、今は幼ささえ感じさせる。
「……他の組のことは?」
伊織の感情を押し殺したような声に、皆の顔が途端に曇りだす。その表情で、すでに皆の耳にも各々の知らせが届いていることは明らかだ。源太は床にごろりと横になってしまった。
同じ代の松、竹組は六人ずつ。そして、それぞれ四人と二人、既にこの世にない。そして、そのうち松組の一人は雛であるうちに任務に出て、その途中で行方不明に。のちに死亡したものと判断されていた。
「そういえば、正蔵達は?」
「松組の二人はもう実技の師として動いている。竹組の四人は一旦都まで出て様子見」
「ふーん」
左近達の代はとりわけ結束が固く、二人で話していればぞろぞろと集まってくる。左近達の代に年が近い先輩達などは、からかい混じりに、「一匹いればなんとやらの黒光りする例の害虫のようだ」と宣っていた。
しかし、仕事中なのであれば集まれないのも仕方ない。それでも全員が呼び戻されたということは皆、この学び舎で過ごすということだ。じきに同じ光景を後輩達も目にすることになるだろう。
「そういや、聞いたぞ? お前、以之梅を受け持つんだって?」
「うん。懐かしいよねー」
源太は片腕をついて上半身を起こした。
「ま、俺はお前にだけは習いたくないけどな」
「あー。寝食まで一緒だった俺が言うのもなんだけど、俺も嫌だ」
「えっ? どうしてさ?」
「俺も」
「伊織まで。……兵庫も?」
一人傍観していた兵庫も、間髪入れずに頷いた。
「なんでそんな不満そうにしてんだ。獅子は我が子を千尋の谷に落として這い上がってこさせるというが、お前の場合、這い上がってきたところをさらに突き落とすだろうが。しかも、満面の笑みで。過去の自分に問いかけてみろ。一体何人の後輩達がその指導の犠牲になったか」
「えー」
口では不満そうにするものの、左近もそれ以上文句は言わない。わざとらしく肩を竦める左近の頭に、伊織の拳が落ちる。
しばらくすると、また二人、新たに顔を覗かせてきた。
「あっ、やっぱりいたいたー。なんの話してるのー?」
「与一、慎太郎。戻ってたのか」
座る位置を空けるために円を広げ、空いた所に二人を座らせた。
「報告は?」
同じ代を束ねる総大将として、伊織が二人に尋ねた。
「ついさっき、翁への報告を済ませてきたところー」
「彦四郎と吾妻は少し先の方まで行ってるから、戻るまでまだかかる」
残りの竹組の二人の姿を探して入り口から身を乗り出す隼人に、慎太郎が手拭いを取り出して首の後ろの汗を拭いながら答えた。
それならば、と、今までそれぞれが任務で訪れていた地の情報を、話せる範囲で情報共有しながら、全員が揃うのを待つこととなった。
補修作業を抜けてきた源太と兵庫、それから確認作業をしていた伊織が、「とりあえず仕事を終えてくる」と一旦席を立ったが、すぐに戻ってきた。
そうして、結局全員が揃ったのは、陽が沈む間際の黄昏時であった。
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