戦国乱世は暁知らず~忍びの者は暗躍す~

綾織 茅

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第二章―忍びの術と侵入者

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 昨日で三日続いていた雨もようやく上がった。太陽が雲の隙間から顔を出し、葉に垂れる露が光る。
 変装の術の講義の日から連続して座学の講義が続き、辟易 へきえきしていた子供達もやっと外での実習だと朝早くから浮足立っていた。

 今日は庭の一角で伊織による剣術の鍛錬が行われることになっている。
 隼人が子供達を連れ、倉庫にしまってある木刀を人数分用意して、左近や伊織が待つ区画へと急がせた。

 待っていた伊織は実戦的な指導に入る前に軽く説明をするつもりらしく、子供達が来て早々、地面に座るように告げた。子供達はしっかりと木刀を抱え込み、言われた通り思い思いの格好で腰をおろす。

「いいか。俺達が持つ刀は 忍刀しのびがたな と呼ばれるもので、打刀と脇差の中間の長さの物がほとんどだ。どうしてか分かるか?」
「どうしてでしょう?」
「聞いているのはこっちだ」

 首をかしげつつ質問に質問で返す三郎に、伊織はあきれたと言わんばかりに溜息ためいきをつく。
 誰か分かる者はいないかと、視線を残りの四人に向けても、皆黙ったまま伊織の方を見上げてくるだけ。これはどうやら他の子供達も検討がつかないか、答えに自信がないか、はたまた答えを・・・待っているか・・・・・・、だ。

「……まぁ、いい。理由はたくさんあるが、やはり重要なのは任務に支障がない大きさでなければいけない、ということだ。屋外ならば慣れれば問題なく動けるだろうが、中ならばそうもいかない。最悪、敵に見つかり、逃げることもままならず、狭い場所で戦闘になることもある。そういう時、通常よりも小さいと素早くさやから抜けるし、小回りも利く」
「はぁー」

 理解したようなそうでないような、どちらとも取れる返事が子供達の口から出てくる。

「……はっ! はい! はい!」
「“はい”は一度でいい。なんだ? 三郎」
「さげおがながいのはどうしてですか?」
「いい所に目がいった。と、言いたい所だがな。左近が苦笑いしながら首をかしげているぞ? 教えてもらっているんじゃないか?」
「あ、あれ?」

 三郎が左近のいる後ろへ顔を向ける。頰をいてあははと誤魔化し笑いをする三郎に、左近は仕方ない子だと隼人と肩をすくめあった。

 これは一昨日おととい教えたばかりだが、やはり机についてでの講義には身が入らなかったのだろう。元気があり余っている三郎ならばなおさら。

「……ふぅ。俺達は任務のためならどんな手段を使っても成功させなければいけない。使えるものは何でも使って、だ。だから、これにも当然意味がある。例えば」

 担当がこの場でしからないのであれば、自分からこれ以上注意することもない。代わりに、伊織は実演してみせる時間をとることにした。

 下緒さげおを口にくわえ、自分が持っていた愛刀をさやに収めたまま塀のそばの地面に軽く突き刺す。そして、刀のつばの部分に足をかけ、ひょいと身軽に塀の上へ上がる。

「……お、おーっ!」
「のぼれた!」

 それから伊織はくわえていた下緒さげおを引き、刀を回収。そして向こう側へ飛び降りていった。

「こんな風に塀を登った後、回収するためだ。まかり間違っても慣れてない場所や息の合わないやつと人馬をして飛んで登ろうとするなよ? 怪我するぞ。下手すりゃ骨を折る」
「「はーい」」

 再び同じ方法で戻ってきた伊織に、子供達は恒例となりつつある元気のいい返事をした。

「ちなみに、忘れているかもしれないという心配が先程の三郎のど忘れのせいで出てきた。念のため確認しておくが、人馬とはこれのことだ。左近、隼人」

 伊織が「出番だぞ」と二人に声をかける。

「はーい。隼人、僕が飛ぶよ」
「おぅ。じゃあ、俺あっちな」

 左近がこちら側に残り、隼人が塀の傍へ小走りで駆けていく。定位置につくと、二人は準備運動をし始めた。そして、二人で目を合わせ、お互いに準備が整ったことを確認する。

 子供達は人馬を実際に見るのは初めてだったのか、伊織に許されるぎりぎりまで詰め寄り、目を皿のように開いて二人を見つめた。

「では、行きます……よっ、と」

 隼人が塀を背にして左近と向かい合い、手の指を組んで左近が駆けてくるのを待ちかまえる。左近は隼人が組んだ手に片足をかけ、思い切り踏み込んで上へと飛ぶ。隼人も足場となるだけでなく、その組んだ手を上へと押し上げ、左近の跳躍に勢いをつけた。

 危なげなく塀の上に着地した左近は振り返り、にこりと子供達に笑って見せた。

「おぉーっ!」
「すごーい!」
「これは! いつでも誰とでもできるわけではないから、期待は絶対しないように!」
「「はーい」」

 目を輝かせる子供達に、嫌な予感がした伊織は先にくぎを打った。

 人馬はお互いの呼吸、息が合う者同士で行わなければなかなかの惨事となる。
 先程の実演にしても伊織がどちらかとしてもよかったのだが、三人で一番安定感のある組み合わせはやはり左近と隼人だ。決して、二人が手持ち無沙汰そうにしていたからという理由だけでやらせたわけではない。

 ただ、伊織のその嫌な予感はすぐに的中することとなった。

「せんせい! やってみたいです!」

 子供達の聞き分けの良かった先程の返事は、ただ言われたことに対する返事だったようだ。

 好奇心旺盛な子供が、しかも格好良い事にあこがれる歳の頃の子供達がやりたがらないわけがなかった。三郎の言葉に、宗右衛門も小太朗も続く。
 一方、利助と藤兵衛は一歩引いて三人を見ていた。だが、少なくとも利助はやりたくないというわけではなく、様子見に徹しているだけという風だ。藤兵衛は失敗した時の痛みを想像したのか、やると言い始めた三人を心配そうにしている。

 三人に詰め寄られた左近も左近で、いつかは教えることになるけれど、さすがにまだ早いと内心苦笑した。
 仲が良いことは分かっているので、決して息が合わないということはないだろうが、こればかりは本人達の筋力や脚力など、まだまだ不足しているものを十分に必要とする。しかも、今は伊織の剣術の鍛錬中だ。

「注意力散漫な子には教えてあげられないよ? まずは剣術。人馬はまた今度」
「えー」
「いや、さぶろー。よくかんがえよ? だめっていわれてるわけじゃないんだから」
「そっか! よし。けんじゅつ、がんばりまーす!」
「せんせー、おねがいします!」

 ここでも宗右衛門が皆をまとめ、頭を下げてくる。それを見た他の四人も、「よろしくお願いします」と続いた。

 自分が人馬の話をしたことで脱線した自覚のある伊織も、これ以上子供達の注意が別の箇所に引きずられる前にと、子供達を円の形に並ばせた。そのまま円の中心に向かって木刀を構えさせる。伊織と左近、そして隼人がその円の真ん中に立ち、子供達の構えをあらため始めた。

「ほら、もう少し体の芯を意識しろ」
「利助は左利きか。……あぁ、待て。持ち変えなくてもいいぞ。どちらの手でも使える方が便利だろう? お前も左近と同じでなんでもそつなくこなしそうだから、両方練習してみればいい」
「構えが崩れてる。崩していいのは、もっと体が動かせるようになってから。相手のすきをわざと誘う時だよ」

 一通り見て回り、打ち込みを実際にさせてみると、段々子供達の顔色に疲れが見えてくる。そこで、一旦休憩を挟むことになった。

 隼人が井戸でんできてやった水を飲み終えると、子供達は自分達だけで集まってもう一度構えの稽古をし始めた。それを目の端に入れながら、伊織と左近も今度は自分達用の水をと井戸へ向かった隼人の後を追った。

「ふー」
「ほらよ」
「ありがとう。……んーっ、美味うまい」
「……剣の筋がいいのは小太朗だな」
「そうみたいだね。利助もそこそこいけるけど、小太朗は頭一つ分先をいける」

 お互いに向かい合って構えをし始めた子供達を見て、伊織がぽつりとつぶやいたのに左近も同意を示す。
 ただ、他の三人もまだまだ発展途上。これからどう化けるかは分からない。

 そこで、伊織が何かを思い出したように、「そうだ」と声をあげた。

「藤兵衛は絡繰りに興味があるんだろう? 今から仕込むのか?」
「それは本人次第、かなぁ? まぁ、人一倍興味はありそうだけど、それを隠そうとしてる。何を思って隠そうとしているのかは分からないけど、もし僕から技術を隠れて盗もうとしているなら見込みあり、かな。どちらにせよ、僕一人でここのわなのほとんどを管理するのは流石さすがに骨が折れる。だから、僕のわな以外のわなを管理する者が他にいてくれてもいいとは思うけどね」

 くすくすと笑う左近を、伊織は苦々しげに見やる。

「それはお前が次から次へと見境なく作るからだろう。ここを絡繰りやわなだらけの要塞にでもするつもりか」
「あはは。それもいいよね」
「良いわけがない! 物には限度ってものがあるっていつも言っているだろ!?」

 その件で今朝も先輩から苦情が来ていたのだ。
 直接本人に言わずに伊織を通す辺り、伊織ならば制御できると思われているのだろうが、そんなことはない。一度言って聞くようならば、自分の耳にもたこができるほど長年言い聞かせていたりしない。

 突然大声をあげた伊織に、何事かと子供達がこちらへ視線を寄越してきた。
 せっかく身をいれて稽古していたというのに、と、隼人は溜息ためいきを一つつき、何でもないからと稽古を続けるように言う。

 首をかしげながらも、そう言われるのならばと、稽古を再開した子供達。
 気づけば、また一日が終わろうとしていた。

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