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第二章―忍びの術と侵入者
ほ
しおりを挟む草叢の影に骸を寝かせ、着ている衣服などを検める。想定の範囲内であるものの、見つかったのは脚絆に仕込まれた棒手裏剣や縄などを切る時に使う錣のみ。忍びであること以外、知り得る情報は何もない。
「先輩。やはり、どこの者か分かる物は身につけていません」
「だろうな。問題は、こいつが先の襲撃犯と同じ所の者なのか、我らが襲撃されたという情報を正確に捉えるために放たれた、別の所からの斥候なのか、というところだ」
別の所から遣わされた忍びならば、待てども戻ってこぬ忍びに、また新たに別の者を放ってくるか、手出し無用という指示を出すだろう。新しく放ってきたとしても、それはごく少人数。里や学び舎の安寧をその時点で脅かすほどではない。
ただ、同じ所の忍びであれば。
戻らぬ忍びが死んだか捕えられたか、賊共は頭を悩ませることになる。
死んだのならば、そこから情報が洩れることはない。しかし、捕えられたと判断すれば、暴かれてはまずい報せを持つ手負いの獣は何をするか分からない。何故ならば、八咫烏が医薬の手練れを揃えていることは周知の上だからだ。その腕は、薬の扱いに長けていると言われる甲賀の忍びが、密かに教えを請いに来るほど。
どんなに鍛えられた忍びとて、薬を盛られ、苦痛と共に幻覚を見せられれば、そこから後、情報を得るのは赤子の手を捻るよりも容易い。それを防ぐため、戻らぬ忍びを助けに来るかあるいは始末をつけに来るだろう。それなりの人数でもって。
どちらにせよ、近いうちにまた新たな斥候が寄越されることになる。
「狼達に臭いを辿らせますか?」
「伊織。どう考える?」
「そう、ですね。まずはどの方角から侵入してきたかだけでも情報を集めましょう。あえて本拠地とは別の方角から侵入した可能性もありますが、侵入できると判断しただけの道筋を確認する必要もあるかと」
「確かに」
「その言葉、一理あるな」
「よし。追跡の件は伊織、お前に一任する。ここまでは俺から翁に報告しておこう」
「はい。よろしくお願いします。……ということで、隼人。ひとまず、里、もしくは学び舎がある山を出る所まででいい。辿れるか?」
「おう、任せとけ。お前達、行くぞ」
隼人は骸が履いていた足袋を足から抜き取り、 狼達を連れて先ほどの穴まで駆けていった。穴のある所からそれらの臭いを狼達に嗅がせ、逆に辿っていくつもりなのだろう。
そして、一度侵入を許した道というのは、また使われないとも限らない。
「じゃあ、僕はその方角に新たな罠を仕掛けてきます。先輩、いいですよね?」
「……あぁ。ただし、目印は作っておけよ!」
「分かってます。じゃあ、とりあえずアレ、また再利用するので直してきますね」
賊が一度落ちたということは、次も罠として期待ができる。それなのに、一度使ったら埋めて終わりなんて、勿体ないことできようはずもない。
左近は腕を交差し、身体を捻って準備運動をしつつ、穴の方へ歩き出した。
「僕も手伝おーっとー」
いつの間にか来ていた与一も左近の背を追いかけるべく、しゃがませていた身体を起こす。熱心に骸を観察していたかと思えば、どうやら興味が失せたらしい。まだ息があれば違っただろうが、すでに事切れた者にそれ以上の関心を持つ気は微塵も感じられない。
その隣には愛用の火縄銃を抱え、骸を無表情で見下ろす慎太郎の姿もあった。
「与一、待て」
膝についた土を手で軽く払い、踵を返してこの場を立ち去ろうとする与一を、伊織が呼び止める。与一が足を止めると、少し前を歩いていた左近も一緒に振り返った。
「お前も行くなら慎太郎、見張り役として一緒に行ってくれ。こいつらだけだと、本当にえげつないものだけを作るに決まってるからな」
「やだなぁー。伊織。そんなこと」
与一は左近の隣に行き、左近の肩に自分の片腕を乗せてしなだれかかった。二人が顔を見合わせ、同時に伊織の方へ顔を向ける。
「するに決まってるじゃあないかぁー」
「ねー」
その顔は新しい玩具を与えられた子供のような無邪気そうな笑み。そして、無邪気さがゆえのある種、邪悪ともとれる笑みでもあった。
その笑みについては、伊織ももう何かを言う気が失せている。頭が痛くなることだが、これが二人が楽しんでいるときの笑みなのだと、半ば現実逃避、否、諦めていた。
ただ。
「お前ら、いい歳した男が語尾を伸ばすな! そんでもって、ねーとか言うな!」
二人はからからと笑い、隼人の後を追って穴の方へ向かった。その後ろには、くれぐれも目印をつけさせるのを忘れないようにと頼まれた慎太郎も続く。
はぁっと溜息が深く漏れる伊織に、他の代からは同情の視線がいくつも投げられた。
ここをこうして、そこをああして。おまけにこれもつけといて。
せっかく与一が一緒にいるのだからと、左近は嬉々として考えてあった仕掛けを作っていく。
一つの糸を切っただけで連鎖的に発動し、上手く潜り抜けたと思っても仕掛けにつぐ仕掛け。最後に待っているのは与一作の毒薬が塗りたくられた竹槍つきの落とし穴。
最初、慎太郎が持っていた火縄銃用の火薬を分けろと半ば強奪されかけたが、慎太郎はそれを固辞し、よく守り切った。
土砂崩れの原因が自分が分けてやった火薬なんてことになれば、それこそ目も当てられない。「ケチ」だの「少しくらいいいじゃないか」だの文句を言われようと、「駄目なものは駄目」、「ならんものはならんのだ」と、見張り役の役目を正しくきちんと果たした。
だがしかし、罠に使いたかった火薬がないからといって、左近の手が止まろうはずもなく。
結果、また至るところに仕掛け罠が増えていった。
どうせなら次、次、と少々背の高い草を掻き分けながら道なき道を進んでいると、脇の方から同じ代の正蔵がひょっこりと姿を現した。
「あ、正蔵」
聞けば、今日の哨戒当番で、他にも罠にかかった者がいないか捜索している最中であった。
ご機嫌な左近の様子に、何故なのかピンと来たらしく、同じ代の中で一番の童顔の顔に苦笑いを浮かべている。
「仕掛け、新しく作ってたの?」
「うん。与一との合作」
「うわぁー。……凄そうだね」
「大丈夫。敵以外はかからないように目印もつけてるし」
「そっか」
左近は至極当たり前のように言うが、本当はいくつか目印を付け忘れそうになっていた箇所があった。
だが、それぞれ慎太郎が代わりに石を並べたり、木の幹に印をつけたりと目印をつけて回っていたから大丈夫になっただけで。本当はちぃっとも大丈夫じゃなかった所もあった。しかも、そういうところに限って念の入れよう。いっそわざとなのではないかと、傍で見ていた慎太郎が疑ったくらいである。
「さて、と。ちょっときゅうけーい」
「ふふっ。久しぶりに合作したけど、やっぱり幅が広がって楽しいな」
「あははっ。僕もー」
地面に座り込んで小休止していると、後ろから草を擦れ合わす音がこちらに近づいてくる。全員が一瞬意識をそちらに向けるが、すぐに警戒は解かれた。
「おい、お前達。……なんだ、正蔵もいたのか」
伊織が予想外にこの場に居合わせていた人物に目を瞬かせる。
「慎太郎一人では大変そうだったから」と、苦笑する正蔵が伊織にそう告げる。伊織は満足そうにしている与一と左近を見て得心したのか、正蔵の肩を軽く叩き、労いの言葉をかけた。
「ほら、終わったなら一旦戻るぞ。左近は講義があるだろう?」
「あ、そういえば、読み物をさせてたんだった」
「えぇっ。それは……早く戻ってあげないと」
「大丈夫、大丈夫」
なにせ、この陽気。きっと今頃起きている子はいないだろう。
手持無沙汰にならないようにする以前の問題で、直にそうなるだろうことを見越して読ませていた左近は、心配している正蔵に呑気にそう答えた。
哨戒任務に戻るという正蔵とはそこで別れ、四人で学び舎へと戻る長い石段を登っていく。
「隼人、どれくらいで戻ってくるかなぁ」
「左近の補佐役なんだっけ?」
「それもあるんだけど。仕掛けを作る場所の下見もしたいから早めがいいなぁ、なんて」
「あ、そっちかー」
にたりと笑う左近と与一。
左近が作る仕掛け罠が、与一が持つ薬の知識が、里や学び舎を護る一端となっていることは疑いようがない事実。ただ、その恩恵を受けるには、味方であってもそれなりの覚悟が必要であった。
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