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第二章―忍びの術と侵入者
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しおりを挟む件の骸の主は、八咫烏の面々が想像するよりも早く動いた。
骸を発見して三日後。
左近と隼人、そして以之梅の五人は学び舎の門前に集まっていた。
子供達がそれぞれ斜め掛けしている風呂敷の中には、方角を知るための耆著、三尺手拭い、携帯食料である兵糧丸、水を入れた竹筒が入っている。
全員が集まったことを確認した左近は、風呂敷を上手く結べずにべそをかいている藤兵衛の代わりに手早く結んでやった。礼を言う藤兵衛の頭を軽く撫で、皆に向き直る。
「じゃあ、今日は山の麓まで地形の確認に行きまーす」
「「はーい!」」
麓へ続く石段を下りるのではなく、山中を通る道筋を選んだのは仕掛けられた罠の存在を教えるためで、今後彼らが鍛錬の一環として山中を駆けまわるようになった時のためである。
麓まであと半刻と少しくらいの距離で藤兵衛の進む足が皆から遅れ始めた。一応、隼人が殿 を務めているから問題はないが、帰り道のことも考えると無理は禁物である。
「藤兵衛が辛そうだね。隼人」
「おう。任せろ」
「藤兵衛。君は酒井先生と一緒に来なさい。麓で待ってるから」
「……はい」
「皆は先に行くよ」
「「はーい」」
離れていく藤兵衛と隼人の姿。
どこか寂しさが募ったのか、三郎が振り返った。すると、それに釣られたように残りの三人も藤兵衛がいる方に向き直る。
「とうべえ、まってるからなー!」
「う、うん! がんばる!」
手を勢いよく振る三郎に、先ほどはどこか気落ちして見えた藤兵衛の顔に、俄かに笑みが戻っていく。それを見て、隣に立つ隼人が藤兵衛の頭をワシワシと撫でた。
普通の子供なら大人が抱き上げていけばいいだろうが、彼らは幼いとはいえ雛だ。将来忍びとなるのに必要な足腰を鍛える訓練でもあるこの山中での実習で甘えを許すことは、本人だけでなく周りにも良くない。だからこそ、左近も隼人に一緒にいてもらうようにすることはあれど、抱き上げて連れてきてくれとは頼まない。そして、隼人も頼まれたとしても断っただろう。
そうした理由があったからこそ、隼人は藤兵衛を褒めたのだ。今の自分の中での限界が来つつあるにも関わらず、弱音を吐かずにいること。そして、友からの声援に頑張る気力を取り戻したことを。
一方の藤兵衛は、隼人が頭を撫でたことを彼からの励ましと取ったのか、きゅっと口元を引き締め、速さは落ちるものの一歩一歩歩み出した。
藤兵衛がいなくなったことで罠の場所を教えるのは一時中断となり、山中で見つかる食べられるものと食べられないものの話や、近くに沸いている温泉、湧き水などの話に話題は移っていった。
とはいえ、こういう話は隼人の方が詳しい。狼 達や他の生き物達の世話をするために、暇を見つけては山中を徘徊しているのだ。きっと藤兵衛の方も同じ話を聞いていることだろう。
しばらくすると、その手の話に飽きたのか、三郎が左近の服の袖を引っ張ってきた。
「せんせー」
「うん?」
「せんせいはまなびやをでてから、どこにいたんですか?」
「おい! それはきいちゃいけないきまりなんだぞ!?」
「えー、だって、すごくきになる!」
「それでも!」
純粋な好奇心で聞いたのだろう。その声音には、いずれ否が応でも警戒しなければならなくなる、真意を探る響きは微塵も感じられない。
そして、宗右衛門が大きな声で注意した“きまり”だが、八咫烏の掟というほどでもなく、ただ、任務に関連することはなるべく話さないようにするという雰囲気はある。
左近は仕方ないなと苦笑いを浮かべた。
「詳しくは言えないけれど、最近までは肥前国の長崎にいたよ。ただし、宗右衛門の言う通り、暗黙の了解ってものがあるから、そんな風に直接的に誰かに尋ねるのは駄目だからね」
「はーい」
「でも、いいなー。おれもいつかいきたい!」
「おれも!」
「そのまえに、まなびやをでられるようにがんばらなきゃ」
そう。任務に出られるのは学び舎を出て、さらに三年間先輩について学び、一人前の八咫烏となってから。
当たり前だが、一番大事なことを思い出させた宗右衛門の言葉に、左近も数回頷いてみせる。
そして、はたと気づいて手を二回打ち鳴らした。
「おしゃべりもいいけど、これも一応野外実習だから。しっかり周りの様子を見て」
「「はーい」」
その後、三郎が小用を足したいと騒ぎだした時以外、約束の麓の場所まで順調に進んだ。
藤兵衛もあれからだいぶ頑張ったのか、四半刻とかからず追いついてきた。再会を皆で喜び、しばしの休憩を取ることになった。背負っていた風呂敷から兵糧丸と竹筒を取り出し、久しぶりの遠出に楽しそうに話に花を咲かせながら、それぞれ口をつけている。
ただ、その休憩も長くは続かなかった。
この場から少し離れたところ、茂みの間に取り付けてある警戒線が切られた時に鳴る鳴子や鈴の音が微かに聞こえてきた。話に夢中になっている子供達はその音に気付いた様子はない。
左近と隼人は、さっと目を見合わせると、隼人が首にかけている犬笛を取り出し、すぐさま鳴らす。山は広いので、すぐに集まるかは分からないが、隼人の子飼いは 狼 達だけではない。今度は指を咥え、高らかに指笛を鳴らす。すると、すぐに羽音を響かせ、数羽の鷹が上空を旋回し始めた。
一方、左近は集まってきた鷹達に驚いている子供達の前に立った。
「さて、皆、そろそろ戻ろうと思うんだけど。体力は残ってるかな?」
「え?」
「うーん」
「つかれちゃいました」
「そう。じゃあ、皆が走って学び舎に戻れたら、異国渡の菓子を作ってあげる」
「え!?」
「ほんとうですかぁ!?」
「おまえたち、こうしちゃいられない! いくぞっ!」
「「おー!」」
「えっ、えっ!?」
「ほら、とうべえ! おまえもいくぞ!」
「ひ、ひっぱらないでー!」
菓子、それも異国渡のと聞いて、子供達は俄然やる気を出した。一人ついていけずに狼狽える藤兵衛の手を、小太朗と三郎が左右から引っ張り、前を走りだした宗右衛門と利助の後を三人で追いかける。
藤兵衛は半ば引きずられるようになって、またもやべそをかきだした。休憩して少しは体力も戻ってきたとはいえ、まだ疲れているだろう。が、ここは頑張ってもらうしかない。
「隼人」
「任せろ」
鷹の爪で怪我をしないよう手袋をつけた隼人に、待っていましたとばかりに鷹達が腕に乗る。乗り切れなかった鷹は駆け寄ってきた 狼 達に気づき、牙や爪で襲われないようにと近くの木の枝で翼を休めた。
本来人を襲わない鳥獣達。だが、隼人から指示があった時は別だとばかりに、狼 達は牙を剥き出しにして唸り声をあげている。餌や散歩の時間以外に急に呼ばれる理由を、彼らは利口にも心得ているようだった。
背を向けて前を向く隼人を残し、左近は子供達の後を追った。
用心深く辺りを注視しながら子供達の後ろを走っていると、隼人や鳥獣達の包囲からすり抜けてきた侵入者が辺りを見渡しているのが見えた。まだこちらには気づいていないらしい。
「あ、皆。そろそろ来る時に横を通ってきた岩の影から子狸が出てくる時間だよ」
「え!?」
「どこ?」
少し先の方、なおかつ侵入者がいる方とは逆側の方を指さす。すると、左近の前を行く子供達はそちらに意識を集中しだした。
子供特有の甲高い声で居場所が気づかれたのか、侵入者がこちらに迫ってくる。それと同時に警戒線が切られた音を聞きつけ、哨戒班であった八咫烏の庄八郎 も子供達の姿を見つけ、子供達にはそれと分からない範囲ですぐ近くを並走し始めた。
手信号で子供達は庄八郎に任せ、子供達が見ていない隙にと、腕に仕込んでいた棒手裏剣を取り出し、侵入者の足元に打ち込んでいく。慣れない場所で足を取られ、たたらを踏むように避ける侵入者の身体が傾く先は……先日作ったばかりの仕掛け罠の発動起点の細糸。それを切ったがために、高い木々から矢のように竹槍が降ってきた。もちろんその先には与一の毒が塗布されている。そして、侵入者が急いで避けた先には、巧妙に隠された落とし穴。なんとか這い上がろうと伸ばした手の甲に、逃がれることは許さないとばかりに打ち込まれる棒手裏剣が二つ。もちろん落とし穴の中にも例のごとく竹槍が仕込んである。
隼人達から逃れ、見つかったと分かった上でそのまま戻ることなく子供達を──八咫烏の雛達を狙ってきた時点で、左近の頭に生かして捕えるという選択肢はない。そういうのは他の八咫烏や隼人の役目だ。
そんな左近の役目はただ一つ。子供達を無事に学び舎に戻すことだけ。
今の彼の前では、それ以外の命は塵芥よりも軽かった。
やがて、辛うじて見えていた手が動くことはなくなった。
感情の一切を殺した目でそれを見下ろしていた左近は、庄八郎とは別に傍までやって来た八咫烏に後を任せ、踵を返して子供達を追いかけた。
「はやくはやく!」
「はしれ!」
「まってー」
子供達は子狸が出てくると、その岩まで大はしゃぎで駆けていく。
自分達の背後で何が行われているのかも知らず。笑顔で、元気に。
「おっと」
「うわっ!」
「そっちは駄目。こっちだよ」
危うく罠のある方へ行こうとしていた宗右衛門の肩を引き、左近が指でさして軌道修正をしてやる。
「せんせい? びっくりしたぁ」
「さ、走るよ」
もちろん子狸云々の話は嘘なので、岩に着くと時間を間違えてしまったようだと子供達に告げて謝った。残念がる子供達の背を押し、再び走らせる。
学び舎の門まであと少し。
子供達に笑顔を向けながら、左近は手持ちが少なくなった棒手裏剣の数を服の上からなぞって確かめた。
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