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第二章―忍びの術と侵入者
と
しおりを挟む左近は門前で立ち止まり、挨拶をしてきた門番達に事の次第を伝え、警戒を怠らないように注意を促した。門番達は表情を引き締め、左近を中に入らせた後、外から門を閉じた。先に中へと入っていった子供達の後を追う道すがら、左近は鉢合った非番の八咫烏や庭で雛達の実習中であった師に侵入者のことを告げて回る。長である翁に代わり、学び舎の一切を任されている榊にもその報は届けられた。
子供達はどこに行ったのかと庭を見渡すと、火を扱うため、別で建てられている食堂の前で待っていた。さすがに疲れ果てたのか、皆、地面に座り込み、空をあおいだり残っていた水を飲んだりしている。
左近が歩いていくと、彼の姿を一番最初に見つけた小太朗が立ち上がり、皆を促して一緒に歩み寄ってきた。いつもなら駆け寄ってくるのだが、その気力も残っていないらしい。ただ一人、三郎だけはまだ体力が余っていたようで、いつも通り駆け寄ってきた。
「さて。みんな、よく頑張ったね。走り切れたということでお菓子を作る約束だけど、さすがに材料が今すぐには準備できないだろうから、手に入ったらすぐに作ってあげる」
「えー」
騙されたと言わんばかりに不満を言う三郎。すかさず左近が三郎の鼻を軽く摘んだ。
「文句を言わない。やっぱりあの約束は無しっていうわけじゃないんだから。今は無いものは無いんだから我慢しないと」
「あーい」
鼻を摘まれているせいで鼻声になった三郎は、それが面白かったのかケラケラと笑っている。左近が指を鼻から離してやると、今度は自分で摘んでやり出した。
そんな何が楽しいのか左近にはよく分からない一人遊びをして楽しんでいる三郎をよそに、藤兵衛が左近の服を引き、小首を傾げる。
「せんせ。あした? あさって?」
「うーん。それは分からないなぁ。とりあえず、明日や明後日ではないかな。さ、汗を井戸の水で拭っておいで」
「「はーい!」」
「あーい!」
子供達の背を見送ると、入れ違いで狼達を連れた隼人が戻ってきた。
それとなく全身を見回す限り、どこにも怪我はなさそうだ。もちろん、連れている 狼 達にも。むしろ、狼 達の口から微かに鉄臭い臭いがしている。大方、侵入者達の足を重点的に狙ったのだろう。噛みつきやすく、それでいて、足が使えなければ逃げることも難しい。侵入者への対応の仕方として、十二分に訓練が行き届いていた。
だが、そんな利口な狼達の主である隼人は、申し訳なさげに自身の後頭部を撫でた。
まるで、「どうした」と言わんばかりに前脚を隼人の足につけてくる狼達。隼人は頭を撫でてやって「何でもないぞ」と言うが、その声音には苦々しいものが混じっていた。
「隼人?」
「悪い。一人漏らしちまった」
「なんだ。そんなこと、問題ないよ。代わりに対処したから。行きがけに罠の位置を確認してたし」
「そうか。助かった」
「あ。翁への報告は任せてもいい?」
「あぁ。行ってくる」
踵を返した隼人の後を、狼達も尾を振りながらついて行った。
幾許か離れたところで隼人が、「あっ」と声を上げ、こちらを振り返ってくる。
「罠ってどこのだ?」
「麓から見て大岩の手前、分かれ道の右側」
「了解。回収班はいるか?」
「うーん。……すぐには必要ないんじゃないかな?」
隼人の言う“回収”班とは、何も生け捕りにした者を“回収”する班ということではなく、前回同様、物言わぬ骸となった者を“回収”する班ということだ。
隼人が言外に含ませた意味を左近は正しく読み取り、笑みを浮かべつつ小首を傾げた。
「……そりゃそうか。じゃあ、行ってくる」
愚問だったと苦笑いを浮かべた隼人は狼達を連れ、今度こそ再び門から出ていった。
その頃、井戸では子供達が正真正銘の井戸端会議に花を咲かせていた。
「はー、つかれたー」
「やまをあるきまわってから、はしってかえるんだからなー」
「おれ、おなかすいたー!」
「でも、いこくのおかしってどんなのなんだろうなー」
「おれ、たべたことない」
「おれもない。どんなあじだろな」
「それより、せんせーおそいね」
「そうだね。おれ、ちょっとみてくる!」
宗右衛門がその場を駆けだし、左近と別れたところまで駆け戻った。
さっきまで隼人と話していたせいで別れた所から動いていなかった左近をすぐに見つけ、「はやく、はやく」と手を引き、皆のいるところまで連れていく。
「ごめんごめん。遅くなったね」
「せんせい、おそーい!」
小太朗が水に濡れた手拭いを絞り、左近に差し出してくる。左近は礼を言って受け取り、軽く顔を拭った。
「さて、今日は山の中がどんな風になっているかを学んだね。とはいっても今日行けたのはごく一部だから、これからも何回かに分けて行くことになるかな」
「せんせー。きょうみたいに、はしってかえらなきゃだめですか?」
「それは時と場合によるなぁ」
宗右衛門が少し心配そうに聞いてくるのに対し、こればかりは無いとは言い切れなかった。
むしろ、情報収集の最中であるとはいえ、今だはっきりと見えてこない敵の存在に、このような機会は増えるかもしれない。そして、さらに言えば、忍びは足が基本だ。不幸中の幸いにも、今回のことで子供達の持久力の欠如を目に見えて知ることができた。
「僕達はいついかなる時も臨機応変に。えーっと、どんな状況の時でもきちんと判断して、その時その時で相応しい行動をできるようにする訓練が必要なんだ」
「つ、つまり?」
「つまり? うん。もしそうなった時は、頑張れってこと」
「え」
「えぇー」
本当に嫌そうにする三郎以外の子供達。忍びとして足が大事だということは分かっているが、今日走ってきた距離を考えると、本来まだ以の年である自分達が走れる距離ではないとも思っているのだろう。一方、三郎はというと、飛んだり駆けたり身体を動かす方が好きなので、けろりとしていた。
そんな不満をこぼす彼らに、左近は山中ではなくとも一日に一度は走らせようと決めた。持久力をつけるための走り込みならば塀に沿って庭を周回するので十分だ。狼 達の朝の散歩がてらと隼人にも相談すれば、きっと快く狼 達を一緒に走らせてくれるだろう。
鍛錬に関しては一切妥協をしない鬼は、口元に薄く笑みを浮かべた面の下で、さらに密かに含み笑いを浮かべた。
子供達は翌日から朝食前にまずは一周、庭を走ることを義務付けられるとは、この時はまだ知らず。幸せなことに、いつ食べることになるか分からない異国の菓子の話に再び夢中になっていた。
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