戦国乱世は暁知らず~忍びの者は暗躍す~

綾織 茅

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第三章―護り人は今

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 ばたばたと忙しく毎日を過ごしていれば、三日後なんてすぐにやって来る。
 当日の朝は少しすっきりしない天気であったが、左近達が出かける間際には雲が僅かに空に浮かぶだけの快晴となった。

 今回の地形確認作業は、落とし穴など、左近が今日までに仕掛けたわなの保守点検作業も兼ねている。そのため、左近の手には踏みすきが、また、背中の風呂敷には与一作の毒薬入りの小瓶が入っている。穴が崩れて使い物にならなくなっていたり、毒の効果が薄まっていそうな所には徹底的に補強作業に入るつもりだ。
 なので、左近のこの格好を見た者は、今日中に終わらせる気はさらさらないなと、共に行く隼人達にあわれみの眼差しを向けた。

 門の前まで以之梅の五人が左近達を見送りに出てきて、源太と正蔵の後ろへ横一列に並ぶ。

「じゃあ、源太。正蔵。よろしくね」

 去り際に、左近が源太と正蔵に声をかけた。

「任せておいて」
「おーし、行くぞ、お前達!」
「「おーっ!」」

 正蔵が柔らかく微笑ほほえみ、源太も皆の肩を抱いて彼らの持ち場である倉庫へと子供達を連れていく。左近も先を行く彦四郎達に名を呼ばれ、すぐにその場を離れた。

「よし、じゃあ、今からこの倉の中の備品の数を数える。よくいであるのもあるから気をつけろよ?」
「「はーい」」
「ではまず、お前達にはこの箱の中の数を数えてもらおうか」
「……しゅりけんがいっぱい!」
「えっと、いとまきしゅりけん、はっぽうしゅりけん、ぼうしゅりけん……それから、えっと」
「これはかごめしゅりけんだよ」
「よしよし、よく勉強しているな。手裏剣の種類ごとに集めてあると思うが、その数をそれぞれ確認するんだ。そうだな。あと、刃こぼれとかあったらそれも見といてくれ。そして、それをこの紙に書いていってほしい。ほれ、矢立だ。これは宗右衛門に預けておくからな。しっかりやれよ」
「はい!」

 子供達は源太と正蔵の邪魔にならないよう隅に行き、座り込んで手裏剣が入った箱を受け取った小太朗の横から箱の中身をのぞき込む。どうやら子供達の中で、数える係と確認する係、書く係に分かれることにしたらしい。
 わらわらと集まって何かをする姿は微笑ほほえましいものがあった。

「怪我をしたらすぐに教えてね?」
「はいっ」
「じゃあ、僕はこれを……」

 隣で正蔵が確認しようとしている武器を、子供達は首を伸ばして興味津々にのぞき込んできた。小さな中央の輪に分銅鎖が三本ついた微塵みじんというものである。これはまだ講義でも習ってもいないし、実物を見たこともなかったので、より一層子供達の好奇心をき立てた。

「後で教えてあげるから、そっちに集中しないと駄目だよ?」
「は、はーい」
「ごめんなさい」

 「こらこら」と苦笑交じりに注意すると、肩をひゅっとすくめ、また大人しく作業に戻っていった。

 しかし、彼らが集中したのもつかの間であった。

「あれ? 以之梅がいる」
「ほんとだ。お前達、ここで何してるんだ?」

 の年である彼らの一つ上、の年のひなが二人、倉庫に顔を出した。
 そばにいた正蔵や源太には軽く一礼し、中に入ってきて宗右衛門達の手元をのぞき込む。すると、三郎が立ち上がり、何故か胸を張った。

「せんせいたちのおてつだいしてます!」
「お手伝い?」
「邪魔じゃなくてか?」
「ちがいます!」

 大人が聞けば可愛かわい揶揄からかいも、言われた本人からすればそうもいかないようだ。むすっとして皆を代表して言い返した三郎が二人組に突進する前に、正蔵がその間に割って入った。

「ほら、喧嘩けんかしない。君達こそ、どうしたの?」
「講義で使う五色米ごしきまいをとりに来たんです。持っていってもいいですか?」
「うん。貸与表に書くのも忘れずにね」
「はい」

 一人が貸与表に自分達の所属と名前を書いている間に、もう一人が五色米の箱を手に取って中身を確認する。すると、何でも知りたいお年頃の彼らが動いた。

 つい先程まで揶揄からかわれて気分を害していたとは思えない近さで隣に立ち、箱の中を一緒にのぞき込む。

「それ、なんですか?」
「これか? 五色米といって、暗号を残す時に使う道具だよ。色や数、置き方とか並べ方で、あらかじめ決めておいた暗号表を元に仲間と連絡をとるんだ」
「へぇー」

 なんだかんだ、やはり上の代というものは下の代が可愛かわいいもので。聞かれたことに答える姿は立派に“先輩”をしていた。三郎達も素直に説明を頭にいれている。

 その説明が終わるのを見計らって、貸与表を書いていた方が声をかけた。

吉左エ門きちざえもん、行こう」
「おう。先生方、失礼します」
「失礼します」

 出ていき際にもう一度、源太と正蔵に頭を下げ、二人は館の中へと戻っていった。

 一方、宗右衛門達は“暗号”という言葉が彼らの好奇心にさらに火をつけたのか、どんな内容なのかという想像話が尽きない。源太が「終わったのか?」と声をかけると、慌てて作業を再開した。

 それからおよそ四半とき後。

「……にじゅう、はち」
「お、おわったっ」
「かけました!」
「よし、よくやった」

 宗右衛門が源太に紙を見せに行き、源太が中身をざっと見て、正蔵に紙を回す。

「確認頼む」
「うん」
「お前達は次はこっちだ」
「「はーい」」

 源太は倉庫の外に出て、軒下に子供達を座らせた。持ってきた箱の中から一束何かをつかみ、皆に見えるように上げる。その何かは黒く細長いものだった。

「今度はこれを作ってもらう」
「なわ、ですか?」
「そうだ。ただ、これは普通の縄じゃないぞ? よく見てみろ」
「え? ……こ、これ、かみのけっ!?」
「その通り。髪の毛を結った縄は普通の縄よりも丈夫になる。お前達にはこれを今から作ってもらいたい」
「は、はい」

 宗右衛門が恐る恐る箱の中の髪束を指でつまむ。なんだか物言いたげな様子だ。

「どうした?」
「えっと、だれのかみのけかわからないと、ちょっとこわい、ですね」
「なんだ。そんなことか。安心しろ。お前達が大好きな左近先生のやつだ。もちろん、本人の許可はおりてる」
「えっ!?」
「た、たしかにせんせいのかみ、とってもながいから」
「でも、せんせい、こんなきっちゃって、はげたりしない?」

 藤兵衛の突然のなかなかな発言に、源太はつい吹き出してしまった。しかも、言った張本人は至極真面目に不安そうにしている。

 本人の名誉を守るなら、おそらく彼が薄毛に悩むことはないだろうし、よしんばあったとしても、迎えることができるかどうか分からないずっと先、老いた時になるだろう。

 源太は声が震えそうになるのを何とかこらえ、腹の底から絞り出した。

「……そ、それは大丈夫なんじゃないか?」
「源太。笑いが抑えきれてないよ」
「そういうお前だって、肩震えてるぞ?」

 後ろを向いている正蔵も、ついつい想像してしまい、忍び笑いでこらえようとしたけれど無理だったようだ。

 二人が笑いをこらえようと必死になっている中、子供達は冷静だった。見知った人、それも慕う先生のであれば何の問題もない。禿げる心配もないとなればなおさら。言われた仕事をこなそうとそれぞれ準備を始めた。
 利助が用意されていた髪を多めにとり、わらを編む要領で手際よく縄にしていく。他の皆も手の器用さの差こそあれど、皆、上手うまいこと縄をなっている。

 最初は手本を見せるべきかと準備していた源太だったが、すぐにその手を止めた。

「なんだ。お前達、縄をなえるのか」
「はい! たかつきせんせいにおしえていただきました!」
「ぼくのぞうりがぼろぼろになっていたので、どうせならみんなもいっしょにあたらしくつくろうってなって」
「……そうか」

 以之梅が学びに入ってから襲撃の日まで、今は亡き彼らの師は、確かに彼らに様々なことを教えていた。そして、それは今でもちゃんと彼らの中に根付いている。

 不意に聞いた、かつての師の一人の名。そして、その人が生きたあかしひな達が会得した技術となり、こうして次代へと受け継がれていくのかと、ほんの僅かの間、感傷に浸ってしまった。

「それなら、仕上がりが楽しみだな」
「そうだね」

 そのしんみりとした感情を子供達には悟られないよう、源太は白い歯をわざと見せて笑った。そして、それをそばで聞いていた正蔵も同じく。

 期待され、俄然がぜんやる気を出した子供達は、我先にと手を進め出した。

 子供達が黙々と作業を続け、縄が山を作るようになった頃。空があかね色に染まろうとしていた。

 にわかに門の辺りがにぎやかになる。その声に、手元に視線を落としていた三郎が顔を上げた。

「あっ! せんせいだ!」
「せんせい、おかえりなさいっ」

 左近と隼人、少し遅れて兵庫と吾妻、彦四郎も門をくぐって学びへと戻ってきた。

 穴を掘っていく過程で汚れたのだろうと容易に推測がつく左近とは別に、隼人も巻き添えを食らったのか、服が土まみれになっている。

「隼人、大丈夫?」
「あぁ、まぁな。あやうく与一の所へ行く羽目になりかけたが、必死で耐えたぞ俺は」
「そ、そう。それは良かった、のかな?」

 声をかけた正蔵に、「ふふっ、ふははっ」と、まるでどこぞの悪者のように笑って答える隼人は、若干精神不安定気味なのだろう。一方、左近はというと、こちらはすこぶる調子良さげである。

 左近と隼人が駆け寄ってきた子供達に囲まれている間に、一緒に地形確認に行っていた他の三人は井戸の方に汗を流しに行ってしまった。

「二人の言うことよく聞いて、しっかりお手伝いはできた?」
「「はいっ」」

 左近が後ろに立っていた正蔵に目を向けると、正蔵も無言で笑みを浮かべてうなずく。

 すると、藤兵衛が皆から離れ、先程まで作業していた所から出来上がった縄を一束持って駆けてくる。

「せんせ、これ、みてください」
「うん? 縄? ……君達が作ったの?」
「はいっ」
「なにせ高槻先生仕込みだからな。いい出来だろ?」

 高槻の名を聞いて僅かに目を見張った左近は、すぐに目を細め、もう一度じっくりと縄を見下ろす。ほつれも無く、細かくしっかりと編み込まれた縄は、そう簡単に切れはしないだろう。

「……うん。すごくいい出来だよ。皆、お疲れ様」

 笑みと共にねぎらいの言葉をかける左近に、子供達は手を取り合って喜びあった。

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