24 / 117
第三章―護り人は今
ち
しおりを挟むのりにのった左近と与一を擁する地形確認班と健康確認班が一昼夜で終わるはずもなく。今日で四日目を迎えていた。
ちなみに、在庫確認班は初日、夕暮れ時に子供達を長屋へ返した後、源太と正蔵が徹夜で終わらせた。火を灯して確認できない煙硝蔵の火薬の在庫のみ、翌日の朝早く、子供達が起きてくる前に済ませるという徹底ぶり。もちろん、子供達がいるのといないのとでは作業の進みが段違いだからに他ならない。
「もう終わったから、手伝いはいらないぞ」と言われた時の子供達の顔は、軽く顔芸ものであった。
今日も山中に繰り出していた左近と隼人はしばし二手に分かれ、左近は見つけていた壊れた罠の修理に勤しんでいる。
道中見繕った蔦を壊れた箇所に巻き付け、蔦を引きつつ、罠の大元を足の裏で押さえつける。引っ張られることで張った蔦の弾力を軽く弾いて確認し、左近は満足そうに笑った。
次に目星をつけている罠の修繕に行こうと踵を返すと、茂みを掻き分け、八咫烏の後輩が数人顔を出した。ここ最近、代わりに以之梅に稽古をつけてくれるよう頼んでいた者達だ。
「なんだ、君達か」
「ちょっと、先輩! 俺らにばかり任せっきりにしないでくださいよ!」
「あれ? やれないの?」
左近が軽く首を傾げてみせる。
すると、安い挑発にのせられた後輩の一人が前に出た。
「や、やれるやれないじゃなく、あんたの仕事でしょうが!」
「あんた? 今、あんたって言った?」
「あ、いやっ! それは言葉の綾でっ!」
「とにかくっ! 哨戒とか確認作業なら我々が代わりにやりますんで、戻ってください!」
「えー」
「えー、やないです! 戻りますよ! もう! 年幾つですか!」
「じゃあ、僕に勝てたらいいよ」
「勝、てたらて。そんなん……もう! もっと人呼びますからね!」
「別にいいよ」
あくまでも余裕さを崩さない左近に焦れたのか、後輩の一人が茂みの向こうから彼らよりもうんと小さな姿を引っ張り出してきた。しめて五人分。もちろん、以之梅の子供達である。
「秘技! 教え子の眼差し!」
「どうですか!?」
「せんせー?」
黙ってついてくるよう言われていたと思しき子供達は、どうして左近がここにいるのかと不思議そうに見上げてきた。
鬼の首をとったと言わんばかりに得意げな顔をさらす後輩達に、左近は笑みを浮かべてふらりと近づき、再度小首を傾げる。
──そして。
「……ははっ。覚悟はできた?」
「えっ!? ちょっ、待っ」
手甲から抜き取った棒手裏剣を一番手近にいた後輩の足元めがけ、二、三本打ち込んだ。ドッと土に刺さる鈍い音がして、後輩達の額からは何やら冷や汗らしきものが垂れる。
「罠や絡繰仕掛けが確かに僕の得手だけど、それだけではないよ」
「……っ!」
本来、忍びとは最低限の荷物しか持ち歩かない。走る時はもちろん、敵地に忍び込むにしても重くなり、役に立つどころかかえって邪魔になるからだ。左近が先程打ち込んだ棒手裏剣とて例外ではない。
しかし、後輩達にとっては厄介なことに、ここは山中。辺りを見渡せば石や枝、投擲に使えそうなものは十分揃っている。
左近は確かに他の追随を許さぬほど仕掛け罠を発案し、仕掛けるのを得手としているが、それは仕掛ける時間があってこそ。なければ使えぬソレを、第一の得意とするわけにはいかない。
故に、左近が磨いた技術が先程のような投擲術。これだと、単体でも戦える他、周囲に仕掛け罠を準備さえできれば、罠を発動させるための糸を切ったり、火車剣であれば爆発を利用した罠にも使える。
そんな左近を八咫烏の後輩達は身をもって知っているからこそ。この投擲に使う材料がありあまるほどある山中での一対一はきついものがあると、即座に判断できた。
「加勢する!」
「子供達をっ」
「さぁ、こっちへ退がれ!」
集まってきた八咫烏達に、子供達は何が何だか分からない様子で、言われるがままに従っている。
だが、集まってきたのは何も後輩達ばかりではない。
「なんだ、なんだっ!? 楽しそうなことやってるじゃないか! 俺も混ぜろ!」
「げっ! 彦四郎先輩っ!?」
「なぜここに!?」
左近に目をつけられた後輩とは別に、また一人、降ってわいた彦四郎に背後をとられた。ぎょっと目を見開いて距離をとろうとするが、そうは問屋が卸さない。
逆に距離を詰められ、あまつさえ泥で汚れている苦無まで取り出してこられる始末。完全にやる気だ。
「ほらほらほらぁっ! 脇がお留守ですよぉっと!」
彦四郎の体術との連携でくる連続した苦無の攻撃に、巻き込まれた後輩は躱すのが精一杯。攻守交替なんて、とてもじゃないができそうにない。第一、一瞬たりとて止まらない彦四郎についていくだけでも必死である。
周りも助けに入れる余力がない。むしろ、誰かが間に入ろうものなら、かえって今、懸命に頑張っている同胞の邪魔となることが目に見えている。
その戦いは四半刻ほどで後輩達の降参の合図とともに終了した。しかし、仕合っていた本人達からしてみれば、それの三倍も四倍も長く感じた。げに恐ろしきは体力馬鹿……もとい、体力が有り余っている先輩であると、よくよく痛感できた。
「あー楽しかった! で? なんでこんなとこで鍛錬してたんだ?」
「ちょっとね」
あれだけ動いたというのに、息一つ乱さず話す彦四郎。そして、今さらな質問を苦笑で受ける左近。左近にいたっては彦四郎に行けない分、後輩達がほぼ集中攻撃をかけてきたというのに、疲れた素振りを全く見せない。
そんな二人の相手をしていた後輩達が膝を押さえて荒い息を整えながら、恐ろしいものを見る目で仰ぎ見る。これで地面に座りこまないのは、子供達が見ている前でこれ以上情けない所を見せたくないという彼らの意地だ。
「先輩達、ほんと容赦ねぇー」
「何言ってんだ? 鍛錬だから加減はしたに決まってるだろ?」
「あれで、ですか?」
下手すれば、あばらの一本くらいは持っていかれそうだったが、あれで加減の上だったのか。つくづく彼らの逆鱗に触れる敵が憐れでならない。
後輩達がからからと笑う彦四郎の言葉にぞっとしていると、微かに鈴の音が聞こえてきた。
左近と彦四郎が身に纏う雰囲気が、がらりと変わる。
「……何かがかかったね」
「敵か?」
鍛錬が終わったのを見計らって自分の方に駆け寄ってきていた子供達の肩を、左近は後輩達の方へ軽く押しやった。
「せんせい?」
「君達。負けたんだから、この子達を連れて学び舎の中へ戻って」
「いや、俺達が……って」
「先輩!」
制止の声も聞かず、左近と彦四郎は音のした方へ駆け下りていった。
残されたのは後輩達と、彼らと二人が消えた方を交互に心配そうに見る雛の五人。取りこぼすことはないとは思うが、万が一ということもある。雛達に何かあってはならないと、ひとまず言われた通りに学び舎へ戻ることにした。
けれど、本音を言えば、八咫烏の後輩は全員戻る必要はない。なぜ数名でも連れていかないのかと、皆、口惜しい想いで一杯であった。
音の仕掛けがある罠の近くに二人が着くと、狼を連れた隼人が辺りを窺っていた。
「隼人も来てたんだ」
「あぁ。……逃げ足の速い奴」
「麓側の罠だからね。軽く掠った程度で引き返したのかも」
この仕掛けは二段構えになっていて、先程のように鈴の音が鳴るものともう一つ実用的なものの組み合わせである。おそらく、侵入者は手前の鈴の方のみにかかり、追っ手がかかる前に引き返したのだろう。
「なぁなぁ。ちなみにそっちはなんの罠だ?」
「これ? この竹、小さい針が仕掛けてあって、痺れ薬が塗ってある。この糸に足をかけると、よっ、と」
すね払いの一種である罠の仕組みを簡単に説明し、実際にやってみせる。
左近は上手く飛んで躱したが、罠にかかれば飛び出してきた竹に仕込まれた針で怪我をし、塗られた痺れ薬がその傷から身体に回るという仕組みだ。
「おーっ!」
彦四郎が良いものを見つけたと目を輝かせる。その一方で、隼人は彼の中では至極当然に不安になることを尋ねてみることにした。
「俺達には目印があるからいいとして、狼 達が引っかからないような罠だけにしてくれよ?」
「大丈夫、大丈夫。心配しないで。狼 達には特殊な匂いがするものには触れないよう躾けてるでしょ? それと同じ匂いをこの糸につけてるから」
「ならいいんだけどよ」
まだ左近達が雛であった時、その類いのことで一度喧嘩してからは、さすがの左近も堪えたのかのか、きちんと狼達対策はするようにしていた。
人間に分からぬ匂いなら別段問題はない。仮に匂いで精度が劣るような罠ならば、その罠はまだまだ未完成。改善の余地あり、だ。
左近と隼人がそんな話をしている間、しゃがみ込んで糸を弄っていた彦四郎がいきなり立ち上がり。
「……ほっ!」
藪の中に隠してある足払いの罠。それが発動するための糸に、わざと足をかけた。すると、当然飛び出してくる竹を、先程の左近と同様、ひょいっと飛び越えて避ける。
「これ、反射神経の鍛錬になるな!」
「彦四郎。遊ばないでよ」
「何回も出し入れしてるの、万一見られてたら罠にならなくなるだろう?」
隼人が「呆れた奴だ」と言えば、彦四郎はしばし空を見つめ。
「分かった! たまーにやることにする!」
「たまーに、か」
にかりと笑う彦四郎に、隼人も空を仰いだ。
ほぼ毎日のように自主的に山中を哨戒している彼の言う「たまに」は、自分達の中では結構な頻度と変わりない。最低一日一回。下手すると午前に一回、午後に一回と、それを飽きるまで繰り返すやもしれぬ。
この場にいない吾妻を、心底呼び出したい衝動に一人かられる隼人であった。
0
あなたにおすすめの小説
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる