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第四章―それぞれの覚悟
い
しおりを挟む外の任務に出ていた源太が戻ってきた翌日の夜。
温かい風がたまに吹くのみで、夜行性の動物達と夜間の哨戒中の八咫烏達以外は皆、自室で身体を休めていた。
そんな中、微かな遠吠えの声が段々近づいて聞こえてくる。
八咫烏が実効支配するここらの山中で、遠吠えをするのは隼人の狼達のみ。そんな狼達が遠吠えをすることは非常に稀である。何故ならば、それは隼人の躾の賜物であり、その遠吠えを繰り返すことが意味するところは賊の侵入一択。
布団の中で目を閉じていた左近と隼人はすぐさま起き上がり、戸を開けて念のため確かめる。遠吠えは続いており、聞き間違いはない。夜着から忍び装束へと手早く着替える。他の部屋からも起きて準備をする音が漏れ聞こえてきた。
「……隼人」
「あぁ」
狼達の様子からして、賊はかなりの数であろう。対して、こちらは雛達を除けば五十そこそこ。百人はいる雛達を護衛する者もそれなりの数が必要となる。
けれど、退くわけにはいかないし、退くつもりもない。ここは、この場所は、八咫烏が自分の命よりも護らねばならぬ場所。
二人は互いの拳を突き合せた。
廊下に出ると、皆も部屋から出て廊下に集まっていた。すでに話がついたのか、足早にそれぞれの持ち場へと去って行く。
「伊織」
「あぁ、隼人。俺達は出るぞ。左近、お前と正蔵は残って雛達を」
「分かった。目印には気をつけて」
「おう」
隼人と伊織が門の方へ駆けていく。左近と正蔵は背を向け、反対方向にある雛達の長屋の方へと踵を返した。
「雛達を起こせ!」
「敵襲だ!」
すでに雛達の長屋では残るよう命じられた八咫烏が、一部屋一部屋開けて確認しながら雛達を起こして回っている。宗右衛門と小太朗、利助の三人部屋には正蔵が、三郎と藤兵衛の部屋には左近が向かった。
まだ布団の中で健やかに寝ていた三郎の身体を左近が揺り動かす。藤兵衛はすでに目を覚ましていたものの、周囲の空気の異様さに布団を頭から被っていた。
「さぁ、君達」
二人の身体を抱き寄せ、布団から出した。そのまま手を握って立たせてやり、部屋の外へと連れ出す。
「せんせ?」
「にゃんですー?」
「敵襲だよ」
「えっ……て、てきしゅう?」
「ほんとですか!?」
「うん」
「こ、こわいっ」
その場に立ち止まりそうになった藤兵衛の手を安心させるように強く掴んでやる。固く強張った子供達の顔は、忘れかけていた先の襲撃事件の夜に一瞬で引き戻されたことが分かるほど恐怖で歪んでいる。
すでに学び舎内でも迎撃態勢が整ったのか、狭間くばりが行われ、一斉射撃の音が聞こえてきた。それが余計に彼らの足を竦ませる。
「……大丈夫。僕らがついているからね」
同じように部屋の外へと出てきた正蔵達と合流し、他にも部屋から出てきた雛達を連れて、足早に館の中へと移動した。
左近が先導するのについて行くと、一見行き止まりに見える場所にたどり着く。そこには、緊急時の避難用のとある仕掛けがある。左近が床の取っ手を引くと、地下へと降りる階段が姿を現した。
「皆、こっちへ。この階段を降りて」
「さぁ、早く!」
灯りを点した簡易燭台を持つ者を先頭に、皆で順番に下りていく。途中途中で用意されている燭台に設置してある蝋燭に灯りを点したおかげで、地下までの道もそう暗くはなくなった。
そして、子供達が全員入っても狭くないくらいに作られた地下室はきちんと空気穴も作ってあり、備え付けの棚には包帯や薬等の必要品もきちんと用意されている。
子供達が全員地下室へと入ったことを確認すると、左近は再び階段を登っていこうと一段目に足をかけた。
すると、後ろから飛びかかられ、服を掴まれた。左近が身体を捻って振り返ると、以之梅の五人が泣きそうな顔で左近の服や体にしがみついていた。
「せんせー!」
「どこいくんですか!?」
「僕も上で他の皆を援護しなきゃいけないから、ここで待ってて」
「……い、いやだ!」
藤兵衛が、こんなにはっきりと自分の考えを主張し、大声を出すのを聞いたのは初めてかもしれない。堪えていたのだろう涙がぼろぼろと出ている。
「藤兵衛?」
「た、たかつきせんせいはそういって、ずっともどってこないじゃないですか! せんせいだって、いまいったら」
まったく。勘の良い子は、いつも気づかなくていい事に最初に気づく。
藤兵衛の言葉に、他の四人もはっとして、一斉に涙を流し始めた。今までは自分に迫る命の危険に怯えていたが、敵と戦うということはそういうこともあるわけで。
左近は、いやいやと首を振る藤兵衛達に視線を合わせるべく、その場にしゃがみこんだ。
「藤兵衛。今は君達の先生としてでなく、この学び舎の先輩として言うよ? この戦乱の時代、そんな甘えたことを言ってはいけない。それに」
左近は一度言葉を区切って立ち上がった。そして、全員の頭を平等に素早くかい撫でる。
「後輩を守るのは、いつだって先輩の役目なんだよ」
その言葉に触発されたのか、傍で聞いていた部の年や保の年の雛達がわらわらと寄ってくる。
目は口ほどにモノを語っていた。今の彼らの目は左近達と似ている。まだ甘い、粗削りのソレを宿した彼らは、それでもいつもより随分と大きく見えた。
「先生」
「ここは僕らが」
「もし、賊がここまで来ても、こいつらは俺達が守ります! ですから、先生方は安心してご存分に!」
そして、夜着に縫い付けられた内袋から、苦無等の得物の柄を僅かに出して見せてくる。八咫烏の師達から随分と急かされただろうに、それを持ってきたということは、それ相応の覚悟の現れであろう。
「……うん。任せたよ」
彼ら部の年が学び舎に来たばかりの時の姿が、今の彼らに一瞬重なる。
戦で、病で、親を亡くし、家族に会いたいと夜な夜な隠れて泣いていた彼らが。今の以之梅の子供達と変わらないくらいだったのが、やっとここまで来た。
左近は僅かに微笑み、今度こそ踵を返して階段を駆け上がっていった。
「せんせい!」
「行くんじゃない!」
後追いしようとする五人を押さえ、部の年の子らが中へ連れ戻す。
そして、それぞれ以之梅の顔を掴み、目を合わさせた。そんな彼ら部の年の子らの顔には悔しさが滲み出ている。
「俺達だって、護られるだけの存在でいるのは本当は悔しい。すごく、すごくだっ」
「正直言って、今この瞬間にも先生達の後を追って走りたい。そのための鍛錬だってしている」
「僕達に足りなかったのは、経験と、覚悟」
「でも、俺達はもう決めた。お前達を最期まで護る。そして、そのための覚悟だ」
「これで残るは経験。どうだ? お前達はそこでずっと足踏みしているのか?」
もし、本当に賊に侵入された時のためにと残った正蔵や、少数の八咫烏達は子供達の言葉をただ黙って聞いている。今は彼らが口を出す時ではない。
正蔵は入り口の脇に腰を下ろし、得物である鉄扇に仕掛けられた与一仕込みの毒針の毒を塗り直しながら耳をすませていた。
ちなみに、使われる毒は長く苦しませることがないようにと即効性のもの。吾妻と並び、この代の良心と言われる正蔵の優しさは、方向性は違えど敵にも向けられていた。
「おれたちは……おれたちも、くやしいっ」
宗右衛門が下を向いて唇を噛みしめた後、そう声を絞り出す。そんな宗右衛門に他の四人がぎゅっとしがみついた。
言わずとも、他の雛達も気持ちは皆同じである。
だからこそ、厳しい鍛錬にも耐え、今この場にいる。どうしても追いつきたい背中が前にあるから、いつまでも頑張れるのだ。
「こんな状況だけど、言っておく。俺はお前達が羨ましい。普段は怖いし、何考えているか分からんとこもあって嫌だけど、あの人達の教えを毎日受けられるってことは、ものすごくありがたいことだ。なにせ、あの人達は強い。すごくな。年嵩の先生方からも信頼されている」
「しっかり教えを受けて、俺達を焦らせてみろ」
「大丈夫。そちらにいらっしゃる正蔵先輩を含め、あの人達は僕達が目指す姿。そう簡単に倒れたりはしないから」
その言葉を聞き、以之梅の五人は繋いでいた互いの手を固く握りしめる。
身体に殻がついたままだった雛達は、ようやく殻を全て落としきった。今までは好奇心の方が先に立っていたのが、恐らくこれから変わってくるだろう。
皆が意気揚々と奮起している中、それを傍で見ていた正蔵は、憂いのある表情を浮かべて顔をそらした。
彼らの代は本来、十七人いた。その中で残っているのは十一人。先に逝った六人のうち四人が同じ組である正蔵は、誰よりも自分達を目標とされることに違和感を覚えていた。
それでも、雛達を安心させるのが自分の役目。
顔色を窺ってきた子供達に、笑みを浮かべなければならないのだ。
自分達も他の八咫烏達と同じ。
時にはあっけなく散りゆく存在だと分かっていても。
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