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第四章―それぞれの覚悟
ろ
しおりを挟む左近が地上に戻ると、やはり数で押されていた。
討ち漏らした賊が少数とはいえ学び舎の近くまで迫ってきているようで、塀に造られた狭間では、火縄銃に次々と弾を込める薬込役と実際に撃つ者が二手に分かれて迎撃している。その中には火縄銃を得物とする慎太郎の姿もあった。
「慎太郎。加勢するよ」
「雛達は?」
「全員地下室に入れた。正蔵達がついてるから大丈夫」
「そうか。与一がお前用にと薬を取りに行った。毒塗りの矢と弓はそこだ」
「さすが」
一丁の銃では連射はできないが、弓矢であれば銃より威力は劣るものの、大量に打ち込めば仕掛けの方へと誘導もできる。否、本当はそちらが左近の本領。横長の塹壕を掘り、その中に竹槍を立てて所狭しと敷き詰め、そして薄布と葉と土を薄く重ねたものを塀に沿って作ってある。
毒矢か銃弾か竹槍か。
下も下で楽に逝けるとは思えないが、ここまで登ってきた者は後悔することになるであろう。
「さっさと下で、伊織達に倒されていればいいものを」
「打ち方、やめ!」
慎太郎の合図をもって、銃撃していた者達は一斉に手を止めた。
打ち方の手が止まったと見て賊達が功を焦り進み始めるのを待って、左近が矢間から矢を射かける。狙いは的中。真ん中に立っていた男の足元に打ち込み、その行進を鈍くする。
しかし、それで賊の歩みが止まろうはずもない。そのまま進行方向を変えて進み続けた。そして、左近が用意していた塹壕の方へ向かう。横一列に並んでいたことが災いし、穴だと理解する間もなく、少なくない人数が塹壕へ落ちていった。
串刺しになる者を間近で見て、さすがに尻込みする賊達に、慎太郎達の銃撃が再開された。
「落とし穴だけじゃないよ」
左近の言葉通り、密やかに賊達の背後に忍び寄るのは、隼人の子飼いの狼達。踵を返して逃走しようとした賊の足に食らいつき、阿鼻叫喚の生き地獄を味合わせる。そして、ぴぃーっと高い音が鳴ったかと思えば、空から滑空してきた梟達には嘴や鋭い爪で目を潰さんばかりに顔を狙われ、ほうほうの体で逃げ惑っていく。
「お前達。それは餌じゃないから喰うなよ?」
一際大きい狼の背に手を這わせ、隼人が木陰から姿を現す。
藍染の濃紺色の忍び装束。その至る所に返り血と思われる飛沫が見てとれた。普段子供達に向けている慈愛のこもる瞳は消え去り、その瞳は正真正銘修羅のもの。
子飼いの鳥獣達に指示を飛ばす姿に一切の迷いはなく、止めは自分とばかりに次々と賊を葬っていった。
まだ息があり、より近くにいる隼人に一矢報いようとする輩には、狭間からの火縄銃の弾が飛ぶ。
「慎太郎! 与一は?」
一通り始末を終えた隼人が塀にかけより、狭間越しに話しかけてきた。
「与一なら薬を取りに行った」
「薬? 誰かやられたのか!?」
「いや。左近用だと言っていたから、全く問題ない」
「なんだ、そうか。もうすぐしたら怪我人を運ぶから、与一に準備しておくよう言ってくれ」
「分かった」
「探して伝えてきます」
「頼む」
傍にいた八咫烏の後輩がその場を立ち、与一がいるだろう部屋まで駆けていく。
隼人ももう一度前線に戻ると、狼達を連れて下まで降りていった。
「左近」
「なに?」
「その手に握っている紐はなんだ」
「これ? これはね」
左近が説明をしようとすると、背後から名を呼ばれ、振り返る。
「ここにいたんだぁー。探したよー?」
「ごめんごめん。ありがとう。待ってた」
「どういたしまして。ではでは、今日の風向きはぁーっと」
薬壺を左近に渡した与一は自分の人差し指を舐め、立てて回った。そして、それが分かるとにこりと笑い、細長い筒の蓋を親指で開ける。中身を確認し、さらに笑った。どうやら十分な量だったらしい。
「……あれ? それなぁにー?」
慎太郎と同じことを思った与一が、左近の手の紐を見て首を傾げる。
「これはね、塀に仕込んでる一窩蜂の起爆装置の紐だよ。ただ、連射で出てくるのは火矢じゃなくて、毒矢だけど」
「へぇー」
「……」
左近にこの館を絡繰り要塞化される日も、存外近いのかもしれない。頼もしいのか恐ろしいのか。この一大事だからこそ見過ごされるものも、平時に先輩、とくに伝左衛門が知ればなんと言うか。
しかし、慎太郎もしばし考え、それ以上考えることを放棄した。こういうことを考えるのは、大将である伊織に一任すべきであろう。そして、自分がすべきことは指示通りに動くことのみ。早い話が、慎太郎は比較的早い段階で伊織に丸投げした。
「そうだ。怪我人がもうすぐ運ばれてくるから準備しといてくれって、隼人が伝えにきたのを伝えに行った子がいたんだけど。会った?」
「え? 会ってないなー。じゃあ、準備しとかなきゃ」
「手伝いはいる?」
「んー。そうだなぁ。……ううん、大丈夫」
「そう。必要なら言ってね」
与一が踵を返して去る背中を見送った後。再び狭間から外の様子を二人で窺う。とはいえ、先程の一行を境に、正面からここまで登ってくる賊の数は減った。隼人を先陣として怪我人を運ぶ道を確保するため、各所で賊の侵攻を食い止め、あるいは退けられているのだろう。
じきに、怪我人達が肩を貸されたりして運ばれてきだした。そのうちの一人は足を銃弾で打ち抜かれ、忍び装束が血でしとどに濡れそぼっている。
「こっちへ。与一が道具を取りに行ったから、とりあえず傷口を洗おう」
状態が良くないと見た左近は紐から手を離して駆け寄った。
左近が装束を破いて傷口を見ると、医術の素人目にもやはりあまりよろしくないことが分かる。弾は抜けているようだから、血が止まり、破傷風などの感染症さえ合併しなければ命に別状はないかもしれない。
――ただ。
「……っ」
足を撃ち抜かれた痛みはその時と治癒するまでの一時。ただ、足が使い物にならなくなってしまえば、それは一生つきまとう“痛み”となる。
なにせ、忍びの足はなにより大事。表向きの仕事には携われるだろうが、追っ手がかかるような任務やこういった場合ではほとんどと言っていいほど外され、後方支援に回されることになるだろう。
怪我を負った本人も分かっているようで、足に走る痛みよりも悲しみや恐れの情が強く、唇を噛みしめ俯いている。
そんな彼に左近がしてやれるのは、ただ淡々と傷口の手当てをしてやることのみ。余計な慰めは誰のためにもならない。
他に運ばれてきた者達も皆、与一達医術の心得がある者が来るまでの簡単な手当てを手早く受けている。
「先輩、俺……おれっ」
「……泣くなら今のうちだよ。この戦いが終わったら雛達を地下から出す。彼らに泣いているところなんて、見られたくないでしょ」
「……っ」
痛みとは別に流れる涙は、与一が焼きごて等の治療道具一式を持って戻るまで、止まることはなかった。
これを見て見ぬふりをすることが、普段後輩達を甘やかすことを良しとしない左近の、精一杯の甘やかしであった。
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