戦国乱世は暁知らず~忍びの者は暗躍す~

綾織 茅

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第四章―それぞれの覚悟

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 天まで届く煙が立ち消え、空の色が茜から黒へと変わる。

 捕らえた賊に対する尋問は、八咫烏の館の一角で昼夜を問わず引き続き行われている。一方で賊を追った者達からはまだ報せが届かないが、それも時間の問題であろう。着々と調べは進み、固められていく。
 春を過ぎ、もうすぐ梅雨の時期になる。雨が降れば忍び入るのも難しくなるため、それまでに落とさなければならない。

 皆が待ちわびた時が、もうすぐそこまで迫っていた。


「あぁ、血生臭い。血生臭いですねぇ、本当に」


 男が一人、都から八咫烏の里を訪れ、編笠あみがさの前部分を少し上げてそう独りごつ。

 この男、名を円巡えんじゅんと言い、化生のモノから幽霊まで、人にあらざるモノは何でも退治できると、都の人々の口の端に上る高名な若法師である。全国行脚の僧として、最近はもっぱら都の人々に説法を行っていた。

 そんな彼が八咫烏の里に顔を出し、長である翁の屋敷に入っていく。
 編笠をとり、勝手知ったるとばかりに迷いのない足取りで客間へと向かった。部屋の中にはまだ誰もいない。先に座って待つことにして、床の上に持っていた錫杖しゃくじょうを横たえる。

 その間にも、たわむれせんと寄ってくるモノは多い。今回は特に輪をかけて数を増やしていた。それを円巡は造作もなく払い除けていく。さすがは八咫烏の長が住まう屋敷。各地から飛ばされてくる負の念の数は半端なものではない。


「待たせたな」
「いえ。翁、こちらが集まりました情報の次第にございます」
「うむ。ご苦労じゃったな。団次だんじ


 円巡――否、団次と呼ばれた若き法師の姿をとる八咫烏は、薄く口元を吊り上げた。

 団次は彼が持って生まれたものを有効活用して情報を集めるため、円巡と名乗っている。そして、そんな彼にとって持って生まれたものとは、鬼を視る力、つまりこの世のものではないモノを視て、さらにそれらを払い除ける力。
 時をさかのぼれば皆が持っていたという視る力は、今となっては随分と数を減らし、だいぶ重宝されていた。

 とはいえ、法師としての彼が根っからの偽物かというとそうではなく、本人としてはあくまでも変装として法師の姿を取っているが、彼の家は由緒正しき寺の家系。法師としての修行も立派に修めている。

 故に、人々が流す噂もあながち全てが嘘というわけでもない。

 まぁ、その人ではないモノを視て退治することができるという噂自体は、あらかじめ八咫烏達が各所で触れ回っていたものを、それを聞いた人々が勝手に膨れ上がらさせた。だから、権謀だと言われれば、そうかもしれないと言わざるを得ないだろう。

 そんな団次も、ようやく納得がいくほどの下固めを終えた。先般に続き、今回の襲撃のことももちろんすでに聞き及んでおり、彼の報告と他の情報を付き合わせて皆で合議を行うことになる。

 じゅるり、と。
 今、この身にまとう法衣にそぐわぬ感情が頭をもたげる。


「いよいよにございますね」
「あぁ。伊織達など、今か今かとこの報せを待っておった」
「なんと。それでこの暴れようでございますか。随分とまぁ、派手にやったようで」


 こうして話している間にも、山の方から下りてくる苦悶くもんとも怨嗟えんさとも取れる念は、両手、否、四肢の指を合わせても到底足りない。


「……九人が逝った」
「……えぇ。報せが、ありましたので」


 報せといっても、里から早駆けの者は出していない。そこまで人を割く余裕がなかった。それはつまり、彼にしか分からない方法であることを意味していた。


「……そうか」


 どんな言葉を交わしたのか、多少なりとも聞きたい気もする。が、翁は頭を振り、それ以上は何も言うことはしなかった。


「では、私は死者達へのとむらいの経でも唱えてくるといたします」
「あぁ、頼む」


 すっかり夜も更けてしまったが、早いに越したことはないだろう。
 命を落とした者が八咫烏達だけでない以上、哨戒の任務にあたる者達が向こう側へ引きずられてしまっては困る。

 忍びならば、使えるものは何でも使え。
 団次は己にしかできないことを全うすべく腰を上げた。そして、ふと思いつき、翁へと顔を向ける。


「あまりご気分が優れない様子。精のつくものをとって、養生なさってください」
「そうだな。これが片付いたらそうしよう」


 団次は困ったように苦笑すると、再び頭を下げ、その場を後にした。


 翁の屋敷を後にした団次は、順当に石段を上っていくことに決め、山のふもとまでやってきた。


「おやおや。よほど怖い目を見たようで」


 持っていた錫杖が、立ち止まった拍子に一際大きくシャンっと音を立てる。
 団次の目には、必死の形相で山を駆け下りてくる足軽達の姿が、生身の人と変わらず映っていた。


「死ぬまで後悔、死んでも後悔、ですか。自業自得と言いたいですが、この法服を着ている以上、り好みはなりませんからね。まとめて上げて差し上げましょう」


 その場に座りこみ、朗々ろうろうよどみなく経を一巻分唱える。唱え終わる頃には、寄ってきた数が多いゆえに全てではないものの、ひとまず害が出そうにない数になるくらいには消えていた。

 すると、背後に新たな気配がする。団次が振り返ると、そこには見慣れた顔ぶれの青年が五人立っていた。


「……おや。君達もまだいたのですか」
「団次先輩。お久しぶりです」
「まだ行けそうにありませんか?」
「……はい」
「もうしばらくは」
「そうですか。いくら護り手とはいえ、あまりよろしくはないのですが」
「勝手をしてしまい、申し訳ありません」


 苦言をていする団次に、彼らはそれぞれ頭を下げてくる。

 その中の一人を見て、団次は聞いていた話をふと思い出した。


「それはそうと、雛の前に出たとか」
「えっ。あ、視えているとは思わなくて、つい。すみません」
「七つを過ぎれば人の子とはいえ、まだ過ぎたばかり。それに、私のような者もいるのですから、そのまま視え続けるということもあります。あまり迂闊うかつなことはしないように。貴方達の話が伝わり、成仏できていないのだと知った友をうれいさせることは、貴方達も望まないでしょう?」
「……はい」
「それはもちろん」


一様に頷く彼らに、団次もさらに言いつのることはしない。


「とはいえ、貴方達が揃っているのに、彼だけいないというのもおかしな話ですね。……これはやはり」
「えぇ。あいつは生きています。必ず、どこかで」
「……彼らに教えてやるのは酷でしょうね。何故戻らないか、彼の裏を勘ぐらねばならなくなる」
「それでも、敵方でなければ。無事で暮らしてさえいてくれれば」
「……友を想うがゆえに、ですか」
「はい」
「この土地から離れることができれば探しにも行くのですが、それは無理そうなので」
「それでも、ここに自力で帰ってこられるだけ見事なものですよ。どれだけ離れた地に未練があっても、その場から動けないことが多いですから」


 身体がなくなり、色々と自由になった今こそ行方知れずの友を探しに行きたい。団次にも、その気持ちは痛いほど分かる。
 というより、任務のために各地に散らばった友がいる八咫烏の者は皆、似たり寄ったりであろう。それほどまでに八咫烏の結束は固い。それの最たるものが彼らの――伊織達の代。

 たとえ、六年も会わずにいるとはいえ、その絆が途切れることはない。


「……これから、さらに世の中が荒れるでしょう。雛達が健やかに育てばよいのですが」
「そう、ですね」


 視線を山の頂上、雛達がいる学び舎の方へ向ける団次も、そして彼らも、それが叶うのがどんなに難しい願いかは分かっている。
 事実、そう願っているのに、どこかで叶うはずはないが、と思ってしまってもいる。世の中の争いは、まだしばらくは激化することはあっても、落ち着くことはないだろう。

 難儀なものだと、自嘲じちょうする団次に、青年の一人が声をかけた。


「今日はもうお戻りに?」
「いえ。館で少し休んで、朝方に学び舎にも少し顔を出してから戻ろうかと」
「ならば、左近にはお気をつけください。あいつ、最近人使いがさらに荒くなってきてますから」
「ほぅ。そういえば、以之梅を教えているとか」
「はい。俺達の代はもれなく全員、それ以外も数名、後輩達が以之梅の指導に駆り出されたようで。哨戒中の者がぼやいていました」
「後輩に教えるのは全然かまわないが、頼み方がまた強引なんだ、とか」
「先輩なら、坊主に変装した場合の話などでしょうか」
「それはそれは。あの子がねぇ」


 随分と長い手紙を書いて寄越してきた友も、色々と書き殴るようにずらずらと彼について筆を走らせていた。

 団次はそれを思い出して、思わずぷっと噴き出してしまった。くつくつと笑う団次に、周りの青年達も顔に苦笑を浮かべる。

 ひとしきり笑うと、団次は誤魔化すようにこほんと一つせき払いをした。


「それでは、くれぐれも迂闊うかつな真似はしないように」
「はい」
「おやすみなさい」


 彼らは軽く頭を下げ、夜の闇に溶けていった。残った団次も、久方振りに会う友が待つ館へと足を早める。今日は学び舎の師用の長屋ではなく、こちらへと泊まると連絡があったのだ。

 さてはて。第一声は何だろうか。ねぎらいの言葉か、話に出てきた左近達への不満か。といっても、彼の性格を考えると、団次には後者である気がしてならない。

 その姿を想像して、団次は再び口元を軽くほころばせた。

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