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第四章―それぞれの覚悟
ぬ
しおりを挟む団次が報せを持ってきた日の翌日。
学び舎の師達用の長屋の一室では、広げられた巻物や紙が散乱していた。その中心に座る青年――伊織は、手に持つ巻物と床に置いた地図とに交互に目を走らせる。
先日捕らえた賊の老翁はなかなか口が固く、いまだ目ぼしい情報を得るに至っていない。しかし、逃げた賊を追った八咫烏達からの情報ならば、こちらはなかなか。団次達の報せと合わせ、賊の目星がようやく絞られた。
賊はとある大名配下の有力武将であった。その武将は大名から支城を任され、東の武田や北条、上杉や伊達へと睨みをきかせている。
領民からの反応は五分と五分。完全な権威主義で、農民からは税をもぎ取れるだけもぎ取り、それを町の呉服商など繋がりがあれば便利になる裕福な商家へと流す。
経済の面ではある程度称賛されようが、土台を作る農民達にとっては死活問題。これまでに幾度も一揆が起こりかけては、とある老臣が先代の御代に行われた農地改革で利益を受けた分を隠れて農民達に差し戻していたために防がれた、と。
この分であれば、農民達が田植えで忙しい今の時期はこちらにとっては好機。ただでさえ忙しいのに、城兵として残らされる農民達も気が気ではなくなるだろう。
より確実に、よりこちらの被害が少ない策を。敵を侮って手綱を緩めると、こちらが奈落の底に引き摺り込まれる。一つ思いついては、敵方の視点で自分の策を突き合せるということを、伊織は幾度も繰り返した。
「……よし」
満足のいくほどに策が固まった頃、外を見ると、すでに日が傾き始めていた。
夕食や湯浴みを終えた頃合いを見計らい、伊織は同じ代の皆を部屋に呼びよせた。部屋の中央にはいつものように地図が広げられている。それを囲むように車座になって腰を下ろした。
「先輩方が手に入れてくれた城の周辺の見取り図だ」
「城の周りに深い堀、少し離れたところに小山、か。位置的に隠し通路でこの山まで繋がっていそうだな」
源太が小山を指差しながら、伊織へと目を向ける。それに伊織も無言で頷いた。
この支城は町へ続く一方にしか橋がかかっておらず、そういう類の城はえてして地下などで何処かと繋がっているものだ。でなければ、攻め込まれた時の退路がない。
「じゃあ、僕はこの山側と、城から城下町へ出る時に使うこの橋を」
「欲張るんじゃない」
身を乗り出して二本指を立てる左近に、伊織がすかさず却下だとを機先を制した。
「えー。今の時期、あそこの地域は……っと。じゃあ」
まだ情報収集の詰めが甘い後輩達ならいざ知らず、団次達からの報告ならば必ずあるはずだ。その地域の土壌から気候、風向きにいたるまで。
左近は目当ての情報が書かれた紙を探し当てて摘まみ上げ、その情報を地図と照らし合わせる。それを隼人を挟んで座っていた与一も横から覗き込んだ。
そして、互いの目を合わせ、にたりと笑う。
「「山」」
二人の声がぴたりと合った。
「二人揃ってイイ笑顔だな!」
「お前らが揃うと、こっちまでロクなことになんねぇんだけどなぁ」
それを見た彦四郎がからからと笑い、目付け役でもある隼人は大きく溜息をついた。
「そう言いだすと思って、そのつもりで策は練ってある」
「さっすがー。僕達のこと、分かってるよねぇー」
「下手な場所に回せば後が怖いからな。で、だ。今回は三班に分けようと思う」
決行は一月後、地蔵の縁日の翌晩。亥の上刻。
下準備として、手配がすみ次第、吾妻と正蔵の二人が城兵として先に潜入。見取り図等の入手や、策の変更も視野に入れたさらなる情報収集を。また、与一と左近も一月の間、里を離れ、色々な準備期間とするように。それ以外は、出立の合図を出すまで学び舎で待機、通常の任務につくこと。
本来、雛の師であれば長いこと学び舎をあけることは好ましくないのだが、今回は事が事だけに、事前に翁や学び舎を取り仕切る榊の許可は得ていた。
それに、今回は一緒に行かせても止める必要がないからと、隼人と慎太郎は学び舎内に残るよう、翁からすでに指示が下りている。それを告げた時、左近と与一からは歓声があがった。それが伊織としては多少ひっかかる所があるが、そうそう気にしてばかりもいられない。
「ねぇねぇ、左近。これ試してもいいかなぁ?」
「うーん。風向き次第じゃない? この時期、山から城下町側に流れる風が多いらしいから。だって、これ、下手すると風下にいる隼人達もやられるよ?」
「なんやて!? ちょぉ、勘弁してや!」
まだ当分は自分の出番はないと油断していた蝶が慌てて身体を起こし、二人に食ってかかる。
敵にならば仕方ないこともあろうが、なぜ協力し合うべき味方に薬を盛られなければならないのか。
止めておくなら今しかない。蝶が慌てるのも無理からぬことだった。
「あ! だったら、山の中に穴を掘って、そこに仕掛ける?」
「どれくらいあればいいかなぁ?」
「……いっぱい?」
普段は聞き流されることも多い蝶の訴えが珍しく聞き届けられたのか、二人の関心が別へ向く。
隼人の逆隣りで左近と隣合わせで座っていた源太の口元がひくついた。
「組頭ぁ。鬼畜二人が本当に黒い笑み浮かべてて、俺、この席変わりてぇー」
「俺も嫌だよ!」
本当に嫌なのは、そんな二人に挟まれている俺だと隼人が吼える。
仲が良いとかそういうのは、こういう時には一切関係ない。皆、等しく被害者だ。傍若無人さに例外などあろうものか。
しかし、そんな隼人に、源太はいやいやと首を振った。
「お前ら、だてに長年同じ部屋で過ごしてないだろ? おい、慎太郎! お前もちゃんと与一の面倒見てくれよ! 吾妻が彦四郎の手綱、しっかり握ってるみたいに!」
「今のこいつらは無理」
「見捨てんなよ! 頑張れよ! 男だろ!?」
「無理」
「だぁーもうっ!」
とうとう単語で言い切った慎太郎に、たまらず源太は左近とは逆隣の兵庫の方に肩を食い気味に寄せる。それに迷惑そうにする兵庫は源太を押し戻しにかかった。それに負けじと、さらに寄せる源太。まるで押し相撲さながらの様相を呈してきた。
その一方で、その様子を面白そうに見ていられる者もいる。
「はっはー! 吾妻と正蔵の間の俺、一人勝ちぃー」
「あっ! 蝶! お前、ずりぃだろ!」
「よっしゃ! か、わ、れっ!」
「あっ、なに腕組んでんだよ! 離れろ、このやろっ!」
「や、やー」
源太と隼人が立ち上がり、蝶の背後へ回って襟元掴んで引きずり出そうとするが、なかなか上手くいかない。見ると、その場を離されまいとしているのは蝶だけではなかった。
「吾妻は俺んだ!」
「ちょっと、彦四郎。言い方が悪くありませんか? 違いますよ? 違いますからね!?」
横から参戦してきた彦四郎の言葉に、両腕を蝶と彦四郎に掴まれる吾妻が慌てて皆に向かって否定する。慌てる方が怪しさがあって逆効果なのだが、咄嗟の自分のこと、それもなかなかに繊細なことに、さすがの吾妻も普段の冷静さが崩されていた。彼にも、もちろん彦四郎にもその気がないことは、皆が知っている事実だというのに。
「あはは。賑やかだ」
「楽しそうだから、僕らも混ざっちゃおうかぁー」
「だね。仲間外れは淋しいよね」
友のほとんどがもみくちゃになる場を見て、諸悪の根源とも言うべき二人が、すっとその場を立つ。
視線で彼らの行方を見ていた伊織は、またか、と肩を落とした。
【以上、解散】
この短文がこんな風になる前に言えたこと、今までにあっただろうか。答えは否。残念ながら、これまで幾度も軍議を重ねてきたが毎度毎度、こう、だ。
今回は弔いの意味も込めているので、もう少し真面目になるかと伊織も甘い考えを持ったが、とんでもない。ただ、平常心を忘れぬという点で言えば、これもある種正解なのだろう。
だがしかし。
「「僕らもまーぜーて」」
「ぎゃあぁぁっ!」
「源太、そんなに大きな声出すと」
ふっと息を耳元に吹きかけられ、あまりの気持ち悪さに高らかに悲鳴をあげた源太。正蔵が慌てて止める声もむなしく、廊下を歩いてやってくる音すら聞かせず、戸が勢いよく開かれた。
「こんのクソガキどもぉ! うるっせぇんだよ!」
入ってきたのは寝間着姿の榊であった。雛達の長屋の見回りを終え、丁度帰ってきたところらしい。
雛であった頃には、全員ひっくるめて喧しいクソガキ扱いされることも少なくなかった。ほぼ集まっていたのだから、さもありなんというところなのだが、よもや成人して、しかも雛を指導する立場になった今でも言われてしまうとは。
部屋に全員正座で並べられ、がみがみがみがみと説教を受ける。なんの騒ぎかと彼らが雛の頃にもいた師達が様子を見に来て、これは懐かしいと揃って苦笑いを浮かべた。
結局、その説教はだいぶ長いこと続いた。
さっさと寝ろとの言葉を最後に、榊が出ていった後、それまでの騒ぎが嘘だったかのように自分達の部屋へと散らばっていく。
さしもの伊織達の代も、自分達の師には勝てぬかと、口答えも許さぬ気概で叱り飛ばした榊に、年を問わず尊敬の念がいや増すというものである。
それから半刻も経たない頃には、虫の音しか聞こえぬほど、学び舎の長屋は寝静まっていった。
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