戦国乱世は暁知らず~忍びの者は暗躍す~

綾織 茅

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第五章―遊びをせむとや

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 翌日、朝五つ朝八時の鐘の音が聞こえてきた。昨日よりも少し雲が出てきたくらいで、今日も温かな良い日よりである。

 学び舎の庭には、宝探しに心躍らせる以之梅の五人組と、隼人、団次。そして、もう一人。五人よりも頭半分ほど小さい少年――宮彦みやひこの姿があった。

 少年の宮彦という名は、いみなは伏せなければならない故、翁によって新しくつけられた名である。少年が自分のことを、他の者から呼ばれる時のように“宮”と言うものだから、不自然がないようその呼び方を名前に落とし込むのに翁も苦慮していた。

 宮彦が今まで暮らしていた“遠江国入野”のとある寺。しかも、他者からも“宮”と呼ばれ、主上から直々に下知がおりる身の者。それだけ聞けば、情報網を各地に敷く八咫烏の者であれば、彼の氏素性を翁から聞かずとも分かるというもの。

 供で来ていた侍や小坊主と別れ、学び舎に向かう時も疲れた様子は見せたものの、ぐずる様子は見せなかった。両親が恋しいから帰りたいと夜になったら言い出すかと思いきや、それもない。それにはどうやら、例の大人の世話を拒むという理由が関係しているらしかった。

 しかし、子供達から相談されない限り動かないようにとの翁からの命であるため、隼人もそっと様子を見るに留めていた。


「よーし、皆、そろったな?」
「「はいっ」」
「……あいっ」


 手を挙げて応える以之梅の子供達に、遅ればせながら皆の真似をしようとする姿は見ていてとても愛らしい。そんな宮彦を見て、子供達も嬉しそうにくふくふと笑っている。

 けれど、今は隼人が話をしようとしている最中である。仕方ない奴らだと、隼人は手を打って自分の方に注目を戻させた。


「今日は、というか、しばらくお前達には宝探しをしてもらう。で、だ。やるにあたって、やり方と約束事項を言うぞ。しっかり聞いておけよ?」
「「はいっ」」
「約束事項だが、三つだ。一つ、手分けして探さずに皆で行うこと。二つ、一日の宝探しの始まりと終わりの合図は俺が出すから、その間でのみやること。早く見つけたいからといって、朝早くから夜遅くまで続けるのは駄目だからな。宮彦が疲れてしまった場合も、その時点でその日は終わりだ。三つ、誰かにお願いする時は、きちんとした説明をすること。いいか? この三つをきちんと守ってやるんだぞ?」
「「はーいっ」」
「あーいっ」


 本当はもう少し細かく決まり事を付け加えたいところだが、まだ数えで七つの子供にそれを覚えさせ、実行させるのも難しいだろう。

 この約束事項に関しても、これくらいが最低限守らせなければならないことだろうと、事前に団次とよくよく話合って決めた結果である。


「で、やり方だけどな? こんな風に問題が書いてある紙がある」


 隼人の話に合わせ、団次が子供達の前に紙を一枚かかげて見せる。


「これが次の地点へ行くための暗号だったり、条件だったりする。で、暗号だった場合は、その暗号を解いたら次に行く地点が分かるようになってる。条件だった場合は、近くにいて手が空いている奴に、きちんとそれができているか確認してもらって、何か印をもらうこと。次に行く地点は俺達のどちらかがその都度出てきて教えてやる」
「え? せんせいはいっしょじゃないってことですか?」
「俺達はお前達が怪我とかしないように念のため隠れて見ているが、それ以外は基本的に何もしないし、答えも教えてやらない。お前達でなんとかするんだ」
「えーっ!?」
「できるかなぁ」


 暗号と聞いて僅かに顔を曇らせていた子供達だったが、まだ余裕そうだったのは困った時には二人がいるという安心感からだったのだろう。

 手伝ってくれないと分かると、一斉に不安をあらわにし出した。

 そうなると、さらに不安になるのがこの中で一番幼い宮彦である。手を握ってくれている宗右衛門と小太朗の顔を交互に窺い始めた。隼人が話す言葉の意味は分からないが、先程まで楽しそうにしていた宗右衛門達が急に表情を曇らせたものだから、一体何があったのかと狼狽うろたえている。

 それに気づいた宗右衛門が、皆に不安そうにするのはやめようと言い出した。すると、宮彦の方を見て、三郎がにかりと歯を見せて笑う。それにつられるようにして皆の顔にも笑顔が戻った。そうしてようやく宮彦はほっとして表情を和らげた。

 上を敬い、下を慈しむ心は、下の代が出来てからはぐくまれていくもので、一部の例外はあれど、大体呂の年からその傾向がある。しかし、雛ではないとはいえ、自分達よりも幼い者を得た以之梅の子供達は、十分にその下地ができつつあった。


「あと、小太朗」
「は、はいっ」
「君にはこれを」
「……やだて?」


 団次から差し出されるまま素直に受け取った小太朗は、嫌な予感がしだしたのか、隣にいる宗右衛門と顔を見合わせている。
 宗右衛門も宮彦の手前、何とも言えない笑みを浮かべるしかなかったが、受けた印象としては小太朗が感じているものとさほど変わらない。

 そして、二人のその予感は正しかったと言えよう。

 団次はまるで菩薩ぼさつのような笑顔を浮かべ、さらに小太朗に告げた。


「貴方達に解いてもらう一問目の問題が書かれた紙がこれですが、こういう風に紙に空いている部分があるでしょう? そこに、その問題の答えを書いておいてください。何故そういう答えになったかも、あればなおのこといいですね。もちろん答えがある問題全てですよ?」
「えっ!? ぼ、ぼくですか? そんな、でも」
「読める字を書くいい練習だと思って頑張ってください」
「……はい」


 反論は認めないとばかりに笑顔で封じる団次に、小太朗もそれ以上言い募るのは諦めた。

 団次から小太朗が受け取った紙を、皆が取り囲んで覗き込むと、分かりやすく一文字ずつ離された仮名文字が縦に七文字並べられている。


「あんごうかぁ」
「きろちゐろくぬ?」
「なんのことだか、ぜんぜんわかんないね」
「まって! ここにかんじでちいさく“いち”ってかいてある」


 文字だけでなく紙の裏まで全体を眺めまわしていた利助が、汚れのようにも見える暗号を解く手がかりを紙の隅に見つけ、大きな声をあげた。

 一方、皆よりも背の低い宮彦は、背伸びをしたり飛び跳ねて何とか見ようとしているが、どうしたって目線が届いていない。


「みやも、みやもみる」
「あっ、ごめんね。ほら、みえる?」
「んっ」


 小太朗が地面に座り、紙を地面に置くと、宮彦はにこりと笑った。他の四人もそのまましゃがみ込み、紙と再び睨み合いを始めた。


「この“いち”ってなんだろ?」
「……せんぱいにききにいこう」
「そっか!」
「せんせいがだめでも、せんぱいがだめとはいわれてない!」
「そういうこと! ほら、いこう!」


 宗右衛門がそう言いだすと、皆の表情がぱっと明るくなった。一斉に立ち上がって、宗右衛門が宮彦と手を繋ぎ、建物の方へ走って戻っていく。

 その様子に、離れた所から見守っていた団次と隼人が苦笑混じりに溜息をついた。


「おやおや。最初からつまずきましたか。これは左近が教えていたと言いませんでしたか?」
「の、はずだったんですがね。……あいつらめ。どうやら頭からすっぽ抜けているみたいです」
「書かれている文字を、同じく書かれている文字数分ずらして読む。暗号としては基礎の基礎ですが……。まぁ、いいでしょう。他人に説明する能力をつけるという経験は積めますからね」
「えぇ」


 実はこの宝探し、彼らが今までに習っているもので解ける暗号はこの一問目のみ。後は上の年の雛達に聞くことが前提で作られている。

 上の年の雛達にとっては、紙に書かれた問題が暗号などであればその内容をきちんと理解しているか、条件であればできるようになっているかの確認。以之梅の五人にとっては、上の年へ今の状況説明をして協力をあおがせることで、任務報告の練習をさせよう、と考えてのものだった。

 そういうことだから、もちろん上の年の雛達の師には協力をあおいでいる。もし、彼らが以之梅からの質問に答えられなかったり、手裏剣の的打ち的中十回など条件を達成できなければ、問答無用で追加の鍛錬を課せられることになるだろう。


「それにしても、三郎はまぁ分かりますが、宗右衛門と利助が教わったはずのものに思い当たらないとは」
「おやおや。このままでは全員がその実力を認められる代も、唯一、雛に指導する才だけはなかったと言われかねませんね」
「先輩……面白がってやしませんか?」
「あぁ、ほら、隼人。子供達を見失ってしまいますよ?」


 明らかに話をそらした団次に、隼人はがくりと肩を落とした。

 左近も左近で放っておくと面倒かつ大変なことになるが、団次も団次で一癖も二癖もある。そんな性質がとてもよく似通っている二人。ちなみに、左近にとって絶対に敵に回したくない先輩はと問えば、いつも名前が挙がるのがこの団次である。

 どちらにせよ、隼人は苦労性の立ち位置から逃れることはできない運命さだめにあるようであった。

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