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第六章―狼藉の代償
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しおりを挟む隼人達が任務に出て、丁度七日後。
事後処理まで終えた隼人達は翁の元で報告を終え、学び舎へと戻ってきた。
師用の長屋の廊下をばたばたと足音を立てて走る音が響く。
「せんせい!」
その足音の主達――以之梅の五人と宮彦は、師達の部屋の戸を名も名乗らず、勢いよく開けた。
「……あれ? かえってきたってきいたのに」
「どこにいかれたんだろう?」
そこには彼らが望んでいた姿はなく、二人が出ていた時同様無人のままだった。まだここに戻った様子もない。
「お前達、ここで何をしている?」
首を傾げていると、廊下の角から伝左衛門が顔を出した。
最初の出会いがなかなか衝撃的だったので、はじめは遠巻きにしていた子供達も今ではすっかり慣れている。それもそのはずで、団次が任された以之梅の世話をたまに一緒に見てやっていたのだ。時には自分が世話をしている年の雛達を自習させて以之梅の鍛錬に付き合うこともあった。
「せんせい。あの」
「せんせいたちはどこですか?」
子供達がわらわらと近い距離まで迫ってくるのにも、もう慣れたものだ。
こちらの顔を見上げてくる子供達の髪をかき撫で、外へ、高台のある方角の空へと目を移した。そこには細くたなびく煙が見える。
「……あぁ、あいつらはちょっと、な。また出てる」
「えー」
「どれくらいでかえってこられますか?」
「そうだなぁ。今日中には帰ってくると思うが……用なら明日にしてやってくれるか?」
「えー」
「せんせいにがんばったぶんをみてもらおうとおもったのにぃ」
「しかたないよ。ほら、いこう。せんせい、ありがとうございました」
走ってると転ぶぞと声をかけ、伝左衛門は自分が元々向かおうとしていた榊の部屋へと再び歩を進める。すると、榊の部屋の前で、向こう側からこちらへと向かってくる団次と鉢合わせた。
声をかけると、自分も同じ用だと言う。
二人並んで座り、榊へ入室の許可を求めた。入れと返事があった後、戸を開け、中へ入って隅に控えた。
「お前達二人揃ってどうした。以之梅か?」
「いえ。……平治の件、お聞きになられましたか?」
「……あぁ」
榊は書き物をしていた手を止め、筆置きに筆を立てかけた後、目を閉じて親指と人差し指で鼻頭を摘まんだ。
彼がかつて担当していた伊織達とは組み分けが違うとはいえ、同じ代を指導していた。その中にはもちろん平治もいた。あの事故のことも、何年も経った今でも記憶に残っている。
あの年は、本当に人が足らず、学び舎を出て間もない者でもすぐに一人や少数での任務にあたっていた。もちろん、それでも足らず、とうとう兼ねてより優秀と目されていた伊織達――部の年の雛でさえ、野外鍛錬と称し時局確認に向かわせるほど。
織田軍による、二条より上京一帯を全て焼き払われるという目を覆いたくなるような暴挙があったのも、忘れもしないあの年だった。
今となっては、いくら優秀とはいえ、やはり雛だけに向かわせたのが間違いだったのだ。しかし、そうは思っても、もはや戻る時でもない。
榊の目が再び開かれたのを見て、団次は口を開いた。
「賊にこの場所を漏らしたのが平治だとは思えません。もし万が一漏らしたとして、それならばもっと早くに行動できたはず。彼が消息を絶ってから、かれこれ六年も経っています」
「翁も同じお考えだ。伊織からの報告をもって、また新たな策を巡らされることだろう。……俺は、あいつはあいつなりにこの場所を守ろうとしたのではないかと思う」
「……そうですね。きっと」
「俺も、お前達も、あいつらも。なかなかどうして。まだまだ私情は捨てきれていなかったな」
敵側に落ち、実際には寝返っていたかもしれない者の無実をこうも信じたくなる。
ふっと笑う榊の表情は、いつになく儚さを帯びている。
「先生にとっては何年経っても教え子、私達にとっては後輩、あいつらにとっては、同胞、友。簡単に切れる絆でもありません」
「私は、あいつは、平治は幸せ者だと思います。最後の最後で友人達に見つけてもらえ、葬送までしてもらえたのですから」
「……あぁ、そうだな」
実際、任務で赴いた土地で命を落とし、そのまま里に帰ってこられない者達も多い。
そんな中、喜ばれる再会の仕方ではないとはいえ、最期を友に看取られるとは、そのような者達からしてみればなんと贅沢なことか。
榊は立ち上がり、縁側に出て外を眺める。その視線の先では、先程の伝左衛門同様、葬送の煙が天高く燻っていた。
その頃。
左近達に会えず、今日の鍛錬も終わって手持無沙汰になった子供達は、門前の庭の地面に線を引き、幅跳びをして遊んでいた。
順番に並んだ列で自分の番を待っていた藤兵衛が、門から誰か入ってくるのが視界の端に映り、ふとそちらへ目を向けた。
「せんせい?」
「あぁ、ただいま」
「おかえりなさい!」
「あー! せんせいだ!」
「おかえりなさい!」
「せんせい、せんせい! あのね、えっとね!」
旅装束から忍び装束へとすでに着替えた左近と隼人に、子供達が駆け寄ってしがみつく。
左近は慈しむような目を浮かべてしゃがみ込み、口々に話かけてくる子供達の身体をまとめてそっと包み込んだ。
「せんせい?」
「おつかれですか? おみず、いりますか?」
「ながやでおふとんひきますか?」
「あぁ、大丈夫。……帰ってきたなぁって、実感してるだけ」
「え?」
「おっ。なら俺も」
「ひゃあっ!」
「あ、みやひこっ! さこんせんせい、みやひこですっ!」
左近という知らない顔がいて、一人足を止めていた宮彦を、顔だけ後ろを向けた藤兵衛が呼ぶ。
宮彦のことはここに上がってくる前に聞いていた左近も、無理に自分から近づくことはしない。
しびれを切らしたのは子供達の方で、身体を低くして左近と隼人の腕の中から逃げ出した三郎と藤兵衛が手を取りに行った。宮彦の手を両側から握り、満面の笑みで戻ってきた二人に苦笑が漏れつつ、左近は宮彦と目を合わせた。
「大丈夫。ここに君の嫌がることをする大人はどこにもいないよ」
「……ん」
子供達が宝探しで散々連れ回したおかげか、宮彦は慣れていない大人とも簡単な会話程度ならばできるようになっていた。隼人が里を出る前は子供達の背に隠れていたというのに、今ではちゃんと向き合えている。
世話を頑張ったなと、隼人は宗右衛門達の頭をがしがしと強めに撫でてやった。やだぁっと言いつつ、子供達の顔は笑みに溢れている。
左近がふと周りを見れば、後から来た伊織達もそれぞれ自分が日頃よく面倒を見ている雛達に囲まれている。
帰ってきたんだなぁと、誰に聞かせるでもなく、左近はもう一度小さく呟いた。
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