戦国乱世は暁知らず~忍びの者は暗躍す~

綾織 茅

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第七章―梅雨時のたはむれ

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 以之梅の子供達が花摘みに行った翌日。
 ここ数日の雲行きの怪しさにしては、珍しくよく晴れている。

 そんな中、以之梅の三郎は窮地に立たされていた。
 近くにいる他の以之梅や宮彦、そしてお菊に知られないように、こそりと宗右衛門に耳打ちする。


「ねー、やっぱりおれにはむりだよー」
「しかたないだろ? くじできまったんだから」
「えー」


 他は至って楽しそうにしているのに、三郎だけが表情を曇らせているのには訳がある。

 昨日、花摘みから帰ってきた子供達を出迎えた隼人から次の問題だと手渡された紙。それには、‟お菊を五車の術にかけて、食堂からできるかぎり遠ざけておくこと。ただし、一人一つずつ、全員が行うべし”とあった。

 五車の術。それは、人間の喜怒哀楽、そして恐怖の情を利用して、その人間を操る術のことである。それがどんなものなのかということは左近の講義で習ったので、彼らも知っている。だから、皆でくじを引いて公平に決めようとなり、実際にくじで決めたのまでは良かったのだが……。

 ここで困ったのが、五車のうち怒車の術をひいた三郎である。どう考えても自分が怒られる最後しか見えてこず、くじを引いてから今までうんうんと三郎らしからぬ悩みっぷりを見せていた。

 どうしたらいいんだと三郎が頭を抱えていると、哨戒任務から帰ってきた慎太郎と鉢合った。


「どうした」
「あ、しんたろーせんせい」
「どうしたらおきくさんをおこらせることができますか?」
「は?」


 三郎の問いは突拍子もなければ、聞いてくる内容も内容である。

 慎太郎は思わず低い声を出してしまい、眉をひそめた。三郎も三郎で頭がいっぱいで、慎太郎の表情の変化を気にするよりも、自分の今の悩みを解決するのが先と、じっと慎太郎の顔を見上げている。

 話が進む気配がない様子に、隣にいた宗右衛門が代わりに口を開いた。


「えっと、たからさがしで、おきくさんにごしゃのじゅつをぜんいんでつかうっていうもんだいなんです。いま、とうべえがあいしゃのじゅつをつかってて、さいごがさぶろうのばんなんです」
「なるほど」
「えっ! わかりましたか!?」
「あ、あぁ。……何故そう嬉しそうなんだ?」
「えへへっ。いままで、わからないとかもういちどとか、たーくさんいわれてきたので」


 宗右衛門は身体をくねらせ、いやぁっあっはっはと照れ笑いを見せる。

 すると、慎太郎が宗右衛門の頭にぽんと軽く手を置いた。


「数をこなすうちに出来るようになることもある」


 そう言って手を下ろすと、今度は三郎の名を呼んだ。


「なんですか?」
「良いことを教えてやる。それをどう使うかはお前次第だ」
「……?」


 三郎が首を傾げていると、慎太郎は何を思いだしたのか、先程よりもさらに顔をしかめだした。


「与一と左近が、俺達の長屋の部屋に菓子を大量に隠し持っている。そのせいで飯が喉を通らないんだと」
「え!? いいなっ!」


 思わず漏れた言葉に、慎太郎が呆れたような視線を向けてくる。

 三郎はにへらっと笑って誤魔化した。
 そういうことでないのだと、さすがに三郎も分かったけれど、それよりも早く本音が口をついてしまったのだ。

 傍で聞いていた宗右衛門も、三郎の脇を小突いた。


「……後は言い方だ。頑張れよ」
「あっ! せんせい、ありがとうございました!」


 踵を返してどこかへ去る慎太郎の背に、三郎は声を張り上げた。

 思わぬところで手がかりが手に入った三郎は、にんまりと口端をあげる。どうやら考えがまとまったらしい。


「さぶろう、やれそう?」
「うん! 頑張る」


 宗右衛門にそう答えると、三郎は藤兵衛の哀車の術が終わったのを見計らい、お菊に駆け寄っていった。


「おきくさん!」
「あら、今度は三郎? どうしたの?」


 お菊は腰を僅かにかがめ、三郎に視線を合わせてきた。

 三郎も、お菊の目をじっと見つめかえし、頬を膨らませて見せた。


「あのね、せんせいたち、おかしをおへやにもってるんだって! せんせいたちだけずるい! ずるいずるい! おれもへやでたべるのはがまんしてるのに!」
「……先生達? 先生達って誰のこと?」
「さこんせんせいと、よいちせん、せ……っ」
「……そう。ごめんね。私、ちょっと用ができたから」
「お、おれたちもいっしょに」
「駄目よ。皆は鍛錬があるでしょ? そちらに集中しなきゃ駄目。分かった?」
「は、はい」


 そう言って、お菊は師用の長屋の方へ行ってしまった。

 ついさっきまでは皆に付き合って、苦いものが時たま混じりながらも笑っていたのに、今の笑顔はそれとは全然違うように見えた。
 年が長じた者は皆、それを黒い笑みというのだが、まだ純粋な三郎も他の子供達もそれを知らない。

 必然的に、出てくる感想といえば。


「こ、こわかったっ」
「おきくさん、ちゃんとおこってた?」
「わかんない。でも、たぶんおこってた、と、おもう」


 このような、単純そのものである。

 さて、これは成功なのかと子供達が頭をひねっていると、向こうから主水達がやって来た。


「おい、お前達!」
「あっ、せんぱい! せんぱーい!」
「ん? お菊さんはどうした? 例の問題、うまくいかなかったのか?」
「それがー」


 主水達は昨日摘んだ花を花束にしたり花冠にしたものと、昨日、右京が左近と与一にさんざん振り回されつつ、やっとのことで買ってきた菓子箱をそれぞれ手に持っていた。

 今の時間は、子供達がお菊を食堂にいさせないように引き留めているはずなのに、肝心のお菊の姿が見当たらない。

 首を傾げる主水達に、宗右衛門が先程の話を聞かせると、彼らは物知り顔で深々と頷き始めた。


「あー。……何か、思うところがおありだったんだろうな」
「そりゃあ、与一先輩と長年同じ部屋で世話役兼見張り役ならなぁ。そりゃあ、堪忍袋の緒が切れる時だってあるはずさ。むしろ、それが毎日でないことがすごい! 俺、本当に慎太郎先輩を尊敬する!」


 昨日一緒に過ごした、もとい過ごさせられた右京がいやに力説するので、それはそれは苦労が絶えない時間を過ごしたのだろう。

 だが、そこを掘り下げると藪蛇となりかねない。主水と新之丞は、笑顔で黙って頷いておくという無難な対応でやり過ごした。


「……よし。それなら、今のうちに準備するぞ」
「じゅんび?」
「なんのですか?」
「いいから、いいから」


 主水達は子供達の背を押し、そのまま食堂に皆で向かった。

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