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第七章―梅雨時のたはむれ
ほ
しおりを挟む宝探し終了の翌日から一週間。
とうとう梅雨入りしたらしく、多少の雲の切れ間はあれど、雨が降り続いている。
そして、今日は日が落ちてから時折強めの風が出てきた。これは野分の前触れかと、榊から師の全員に、緊急時に備えて自室での寝ずの晩を申しつけられた。
一応、縁側兼廊下には雨戸を立てているとはいえ、隙間風はどうしても入ってくる。その音がやけに不快に感じられた。
「嫌な天気だね」
「あぁ。……ん?」
風音に混じって、誰かが左近達の部屋の戸を叩く音がした。
「届け物だ」
「慎太郎? どうしたの……って」
部屋の戸を少し開け、顔を差し入れてきた彼は、他にもまだ後ろに連れていた。
慎太郎がその場を退きつつ戸をさらに開けると、以之梅の子供達がそれぞれ手を握って立っていた。差はあれど、どの子も目には涙、鼻からは鼻水を垂れ流している。
「ぜんぜ。がぜのおど、ごわぐで」
「いっしょにいでもいいでずが?」
「ずびぃーっ」
以之梅といえば、去年まではまだ親元や里で養育されていた年。
今までこのような日は大人が付き添っていただろうから、こんな日に部屋で子供達だけで過ごすのは心細かったのだろう。
それでも、こんなになるまでは我慢していたらしい。
追い返すのも可哀想かと、二人は部屋に招きいれることにした。
「ほら、早く中に入って。慎太郎、ありがとう」
「いや」
慎太郎はそのまま隣にある自分の部屋へと戻っていった。
「お前達、その顔はなんだ。ほら、鼻をかんでやるから、こっちに来い」
隼人は部屋の隅に寄せてある行李から布を数枚取り出し、順番に並んだ子供達の鼻に当てていく。
子供達もようやっと安心できたのか、宗右衛門などは自分で涙を夜着の袂で拭い始めた。
「ぶじゅるるり……あーっ」
「ぷっ。お前、おっさんみたいな声出すなよ」
隼人が、三郎が鼻をかみ終えた後に発した声に思わず失笑すると、三郎は恥ずかしくなったらしい。頬を膨らませ、隼人の腰にしがみついて、頭をぐりぐりと隼人の腹に擦りつけた。
「ほら、予備の布団も横に敷いてあげるから。皆、早く寝てしまいなさい。起きる頃にはもう収まってるはずだよ」
「あい」
「おやすみなさい」
「か、かわや、いきたいっ」
皆が左近が敷いた布団に入っていく傍ら、藤兵衛が隼人の着物の袖を引き、前を押さえている。
その言葉に、隼人は慌てて立ち上がり、藤兵衛の手を引いて皆の方を振り返った。
「他は大丈夫か?」
「だいじょうぶですっ」
「もういきました」
「みやもっ」
そりゃ良かったと、隼人は藤兵衛だけを連れ、急いで部屋を出ていった。
しばらくして、左近が藤兵衛以外の子を寝かしつけていると、二人が厠から戻ってきた。
「酷くなりそう?」
「うーん。まぁ、あいつらの小屋が壊れるようなことにはならんだろうが」
「そう。なら良かったね」
「おぅ」
「ほら、藤兵衛ももうお休み」
左近は自分が退いて、藤兵衛をその空いた所に入れた。
「せんせ」
「ん?」
「おやすみなさい」
「ん。おやすみ」
そう言うと、藤兵衛は静かに目を瞑り、しばらくすると穏やかな寝息が聞こえてきた。
交代で寝ずの晩ということだが、二人とも夜には強いので、早めに灯りを消してしまい目を慣らしておく。そうすると、暗くても互いの位置や顔が分かるし、話をするだけなら、さらになんら問題ない。
気づけば、あんなに強かった風は去り、空も明るみ始めていた。
さすがに心配なのか、隼人はすでに外に出て、学び舎にある小屋と館にある小屋、そして自然の中でそのまま暮らさせている動物達の様子を見に行っている。
左近はまだ寝たままの子供達の身体を順番に揺すった。
「ほら、みんな起きて。もう朝だよ」
「うぅんむ」
「もうちょっとぉ」
「んーぅ」
「こらこら、寝汚い」
普段は聞き分けの良い宗右衛門でさえも同じ有り様である。
すると、走って汗をかいたのか、隼人が上衣を脱いで部屋へ戻ってきた。
「起きたかー?」
「まだ。昨日泣いてたからそのせいかもね」
「まったく。しょうがない奴らだな。おい! 起きろ!」
隼人は左近よりもさらに強く揺すり、それでも起きない者には最終手段として、脇腹のくすぐりも辞さない。
ようやく全員が目をこすりながらも起き上がった頃には、辺りはすっかり明るくなっていた。
「……おはようございます」
「おはよう。ほら、目が覚めた奴から部屋に戻って着替えてこい」
「着替えたら戻っておいでね」
「「はーい」」
「とーべー、みやひこー、いくぞー」
「んー」
「やぁー」
宮彦も起きたものの、どうやらまだまだ寝ていたいようで、なかなか動こうとしない。仕方ないので、藤兵衛と三郎が両側で手を握って連れて行った。
「今日は講義も鍛錬も中止。僕も隼人も見回りに行かなきゃいけないから」
着替えて戻ってきた子供達に、左近はそう言った。
「ぼくたちはどうすればいいですか?」
「そうだね。菊に頼んでおくから、準備が終わったら彼女のところに行きなさい」
「わかりました」
子供達は顔を洗いに井戸の方へ走っていく。
左近と隼人も準備を手早く済ませ、早々に山中へと繰り出していった。
一方、子供達はお菊と合流し、何か手伝うことはないかと尋ねた。
「そうね。なら、私と一緒にお掃除に行きましょうか」
「おそうじ?」
「そう。とっても大事な所なの」
「いく!」
「おそうじだったら、たけぼうきとーぞうきんとーみずおけとー」
「あっちだ!」
子供達は掃除用具がしまってある場所まで我先にと駆けて行った。
そして、お菊に連れられるがまま、それぞれが何かしらの掃除用具を持って学び舎の門を出た。
そんな中、井戸の水が入った重い水桶の一つを、なんと宮彦が持つことになった。
というのも、最初、やはり重いからと、二つある水桶を両方ともお菊が持っていたのだ。だがしかし、そこで子供達から不満が出た。幼くとも男である。重いものは自分達で順番に持つ、と。そうなると、仲間外しにされるのを嫌うのが宮彦だ。当然、自分もと言い出した。
そうして、今まさに、彼が左右にふらふらと揺れながら、重い水桶を両手で運んでいる真っ最中というわけである。
「だ、大丈夫?」
「ん」
「無理しないでね?」
「ん」
正直な話、結構頻繁に宮彦の足が水桶に当たって水が零れてしまっている。それでも自分から言い出したことであるし、それを取り上げると本人の自尊心を傷つけかねない。
お菊は手が痛くなったりしないだろうかと心配げにしつつも、本人の自主性を重んじる方をとった。
石段から脇の山道に入り、少し歩くと、ようやく目的地である高台が見えてきた。
「もうすぐ、ほら、その先よ」
「ついたー!」
その頃には水桶の順番は宗右衛門に移っており、宗右衛門以外の子供達は開けたところまで走っていく。
しかし、彼らの足はすぐにその場で止まった。
「……おはか?」
「そう。今までの八咫烏、皆が眠る所よ」
追いついたお菊は目を細め、前を向いてぽつりと呟く利助にそう言葉を返す。
すると、お菊の隣に来た藤兵衛が、お菊の顔を見上げてきた。
「ぼくたちも、しんだらここ?」
「そうよ」
「おきくさんも?」
「……私は違うわ。こうやって皆のお世話をしているけれど、八咫烏ではないもの。きっと里にあるお寺のお墓ね」
「そんな!」
「いっしょじゃだめなの!?」
離れた所で辺りを見渡していた他の子供達もその話を聞いて、彼女の周りに集まっては不服とばかりに口々に言い募り始めた。
彼らの頭をそっと撫でるお菊の目は、ほんの少し悲しそうで、ともすれば泣き出しそうにも見える。
「そうね。そうなったらいいわね」
「うん!」
「そうだったら、みんなもうれしいよ! ぜったい!」
「そうそう!」
「こんなおはかなら、ぼく、こわくないかも」
「おれ、おおきくなってやたがらすになったら、おきなにいってあげるから!」
お菊のそれは、そうならないことが前提の言葉でもあった。
だというのに、子供達の言葉はお菊の心を酷く揺さぶり、温めた。
思わず涙を零しそうになるのを他所を向いて誤魔化したお菊は、次の瞬間にはいつもの笑顔を皆に向けた。
「……さ、早く掃除を始めましょう。折れた枝とかには気をつけてね」
「「はぁーい」」
子供達は元気に返事をした後、せっせと働き、自分達の今は亡き先達の墓やその周りを熱心に掃除し始めた。
そのまだ小さな背を見て、お菊は人知れず、彼らの優しさを誇らしく思うのだった。
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