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第八章―納涼を求めんが為
と
しおりを挟む「……と、いうのは冗談で」
左近はその桶をそのまま岩の上に置いた。
雛達の前だろうと容赦なくおちょくってくる左近達に、こういう時ほど明確に殺意というか、報復欲というか、そういったものが芽生えてくる。
しかし、それを実行に移す最良の機会はなかなか訪れない。だからこそ、いつかいつかと募らせているのだから、相当拗らせていた。
そんな厳太夫達の気持ちなどをよそに、雛達は桶の中を覗き込んでいく。
「これ、ひるですか?」
周囲に沼も川もある里で育った子供達にとって、蛭自体は全く珍しいものではないが、こんなに量が集まるとなると、さすがに身体が引けている。
「そう。皆も知っての通り、蛭に噛まれると、長い間血を垂らし続け、酷いと痒みをもたらす。自然発生的な物だから、敵地に仕掛けても何ら怪しまれることはない」
「なるほどっ」
「血が吸われるのが足なら、その足跡も辿れるしね」
「おおっ」
「きもちわるいけど、べんりなんですね」
「そうだね」
すると、一人、その桶からずっと目を逸らしている者がいることに、目敏い利助が気づいた。
相手の裾を引き、首を傾げて見せる。
「……はやとせんせ? どうしたんですか?」
「あぁ、隼人はね、蛭が苦手なんだよ」
「えっ!?」
生物全般なんでもござれの隼人のまさかの苦手発言に、以之梅の子供達だけでなく、この場いる雛達全員が一斉に隼人へと目を向けた。
その視線に、決まり悪そうにあらぬ方を向いたまま、隼人がぽつりと零した。
「いや、苦手っていうか、な。不知火達がよくくっつけて帰ってくるから」
「あぁー」
「なるほど。やまのなかだと、ほかのひるもいそうだし。かわいそうですもんね」
「ねっ」
過去に隼人と左近が喧嘩した数少ない経験の一部で、この蛭達が原因であったこともある。
喧嘩自体は当然のように毎回左近が悪かったのだが、この時は特に不知火たちに被害がいったため、隼人もしばらくは口を利かないと宣言するという無言のそれだった。
しかし、隼人が口を利かなくなった途端、自由を得たとばかりにせっせと罠作りに励むようになった左近を止めるよう上から圧力をかけられ、二人の冷戦期間は割とすぐに終わった。
そして、さらに付け加えるならば、何故か隼人が主だって、各所に謝罪するために左近を連れ回ったという。
それに対して、先輩達からお前は甘いと叱られるのだから、隼人としては良い記憶はない。何故そう甘いのだと聞かれても、最早幼い頃からの刷り込みでと言う他なかったのだからなおさらだ。
隼人が気まずそうにしているのもそれを思い出してのことなのだが、子供達は生物達の面倒をよく見る隼人の心優しさが理由なのだと信じて疑わない。
それを察し、隼人は余計に居心地の悪さを感じる羽目になる。
早く話を進めろと、隼人が左近に視線だけで懇願すると、それを受け、左近は再び口を開いた。
「後は、傍にいなければいけないという不便さはありますが、鰻など魚を取るときの仕掛け罠に似せて作る飛び矢の類もあります。予め固定しておいて、紐を引くとそこから矢が飛び出るというやつです。それから、水が綺麗でないところには単純に桶を沈めます」
「おけ?」
「なんでか分かる? 藤兵衛」
「……えっと、すべらせてころばせるため?」
「そう。足を滑らせて体勢を崩したところを攻める。まぁ、これは相手の足の出し方にも関わるから、あまり僕はやらない。他にも」
一度罠の話を語りだし、のってくると左近の口はなかなか止まらない。半刻ほど話続け、ようやく満足いったのか話をしめた。
その後、子供達は再び水遊びに興じるため、水場へと戻っていく。その中にはまたもや宗右衛門の姿はない。
左近が辺りを見渡すと、再び宮彦の手をひいて、最初にいたところから少し離れた岩場へと向かおうとしていた。
「……宗右衛門、ちょっと」
「え?」
「瀧、宮彦見てて」
「分かりました。さ、こちらで遊ぼう」
「あい」
複数人でいる時は大人と関わっても平気になってきた宮彦も、さすがに一対一はまだ辛そうである。
上の年の雛達の中でも接する機会が多く、懐いていると言える瀧右衛門を呼び寄せて彼に任せ、左近は宗右衛門の手を引いた。
「ほら、こっち」
「えっ、えっ!?」
左近が宗右衛門を連れてきたのは、皆から隠れる形にある大岩の裏手の水場だった。頭がつけられるくらいの水溜まり程度の穴がいくつかあるだけ。その穴には沢から絶えず新たな水が流れ込んでいる。
左近はそのうちの一つを指さした。
「頭、つけてごらん?」
「……」
「できるとこまででいいから」
「ご、ごめんなさい。ぼく、できません」
宗右衛門は手の指を身体の前で組み、身体を縮こまらせた。
案の定だったが、彼は水が怖いらしい。といっても、風呂や井戸で湯や水を頭から被るのは問題ない様子。
流れる水か、と、左近はあたりをつけた。そして、宗右衛門達の前の師であった高槻が残した情報、彼がここに来た経緯に思い当たる。
「そう」
「……」
なら、戻ろうかと、左近は宗右衛門に手を差し出した。いつもならすぐさま伸ばし返してくる手の動きはゆっくりとしたもので、微かに震えている気がした。
皆のいる方へ二人が戻ると、三郎達がこちらへ駆け寄ってきた。
「どこいってたんだよ!」
「そうえもんもいっしょにあそぼう!」
「え、えっと……ぼくは」
渋る宗右衛門に、三郎がにかりと笑う。
「だれがこいしをとおくまでとばせるかのしょうぶだ!」
「しんぱん、やって!」
「……うん、それくらいなら」
小太朗の申し出に、ようやく宗右衛門の顔にも笑みが戻った。
宗右衛門の事情を知ってか知らずか、子供達は連れ立って少し深めの水場の川原へ歩いて行く。
その後ろを歩きながら、左近は隼人の名を呼んだ。
「ん?」
「宗右衛門なんだけど」
二人は子供達に聞こえないよう、話を続けた。
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