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第八章―納涼を求めんが為
ち
しおりを挟むそれから二日後。
先日皆で行った沢の岩場に、主水と宗右衛門が二人でやって来ていた。
そして、その沢の周りに生えている木々の枝に、八咫烏が三羽。厳太夫、勘助、庄八郎といつもの面子が見張りについていた。
先程からずっと、せめて手足だけでも浸けようと、主水が宗右衛門を説得しているが、宗右衛門は首を左右に振るばかりで一向に話が進む気配はない。
三人はそんな様子でも一切介入したりなどせず、それぞれ枝に腰かけたり幹に寄りかかったりして、黙って上から見下ろしていた。
「いやぁ、左近先輩も雛には甘いと思ってたけど、実際そうでもないのな」
「何言ってんだよ。十分甘いだろ」
厳太夫がすかさず反論した。
勘助の言葉通りなら、今頃宗右衛門はこの先の滝から滝壺に叩き落されている。
それをせず、水練である主水に一任するなど、やはり甘い。そして、何かあった時のために厳太夫達も追加でつける辺り、なお甘い。
隼人は厳太夫達のことを左近のお気に入りだと言うが、本当の意味でのお気に入り、秘蔵っ子は今の以之梅の子供達のようなことを言うのだと、厳太夫は常々思っていた。
「まぁ、そう言われると。……俺、明日からまた任務なんだけどなぁ」
「なんだ、勘助。お前の休み、露に消えたな」
「いいんだけどさ、別に」
庄八郎がにやりと笑うと、軽く肩を竦めた勘助は頭の後ろで手を組んだ。
すると、山中から錫杖の音をわざとらしく立て、誰かがすごい速さでこちらへとやって来る。
その音の主にすぐに当たりをつけ、三人は目一杯深呼吸なりなんなりで心を落ち着ける。今回は音を立ててくれたおかげで、厳太夫達も思う存分に心の準備ができた。毎回こうやって気配を殺さずに現れて欲しいものだが、忍びである以上それをお願いするのは筋違いというものだろう。
それからすぐに、その音の主はさらに高い木の枝から近くの木の枝へと飛び降りてきた。
「よぉ、お前達。何してるんだ?」
「やはり彦四郎先輩でしたか」
「おはようございます」
「おう。おはようさん」
「左近先輩から叩き起こされて、あの子が水に慣れるための鍛錬を主水が見てるんですよ。それの監督です」
「ふぅーん」
どこかに任務に出た帰りなのか、山伏姿の彦四郎も三人の視線の先へと視線を落とす。
しかし、実際にはまだ押し問答をしているだけなので、すぐに彦四郎の興は削がれたようだ。その代わりと言ってはなんだが、彦四郎はきょろりきょろりと厳太夫達に視線を寄越してくる。
その目は、向こうは遊びのつもりでじゃれついてきつつも、こちらは被害甚大という、完全に肉食獣のソレである。そんな目をした彦四郎が二ッと笑う。恐ろしさしかない。
「なぁ、お前達ぃ、暇だろ?」
こういう時は絶対に彼と目を合わせては駄目だ。
本物の肉食獣であれば目を逸らした途端襲われてしまう。だが、こういうお誘い段階で目を合わせてしまえば、彼の場合、それは遊びの始まりの合図に他ならない。そうなれば最後、体力をごっそりと持っていかれる。自分の鍛錬不足を痛感するしかない。
だからこそ、三人は必死になって顔ごと目を逸らし続ける。
「いや、暇じゃないですよ。言いましたよね? 監督してるって」
「そうそう。駄目ですよ。ここから動いたら、俺達、左近先輩に殺されます」
「大丈夫、大丈夫。あいつ、お気に入りには甘いから」
「いや、だから! 俺達無理なんですってぇ」
「そんな固いこと言うなよぉ。俺とお前達の仲だろ?」
「どんな仲ですか。どんな仲だって言うんですか」
彦四郎も彦四郎でなかなか諦めない。わざわざ厳太夫達の顔を下から覗き込む位置に自分の顔を持ってくる。
焦れた彦四郎が厳太夫の顔を鷲掴み、無理矢理目を合わせようとしていると、再び背後の山中からこちらへ来る音がする。
それから間もなく、彦四郎と厳太夫が立つ枝の近くに着地したのは、同じく山伏装束を着た吾妻だった。
「彦。そこら辺にしておきなさい」
「……っ。吾妻せんぱぁい!」
「ちぇー。つまんないのー」
「そんなに身体を動かしたいのなら、蝶が最近身体が鈍ったと言っていましたよ」
「……よし! 俺、先に戻るな!」
「えぇ」
そう言って、彦四郎は意気揚々と学び舎へと戻っていった。
こうなってくると、憐れなのは蝶の方である。
体力が有り余って暴れ……遊び足りない彦四郎に、友から売られることになろうとは思いもせず、きっと今頃自分の得物の手入れでもしていることだろう。
ここからでは見えないだろうが、一応、厳太夫達も感謝の意を込めて学び舎の方へ合掌しておいた。
「先輩、ほんっと助かりました!」
「ありがとうございました!」
「いえ。貴方達の相手をした後、気が昂ったアレの相手をするのはさすがに骨が折れますからね」
「は、はぁ。……えっと」
それはどういう意味でと厳太夫が続ける間もなく、吾妻も下にいる二人に気づき、先に言葉を続けた。
「何故あの子だけ水練をしているのですか? 他の以之梅は?」
「えぇっと、ですね」
不思議そうに小首を傾げる吾妻に、庄八郎がここまでの経緯を話した。
どうやら吾妻は任務でここしばらく里を離れていたようで、先般の化物騒動辺りから話を知り得ていなかったらしい。
「……なるほど?」
話を聞き終えると、吾妻は再び二人がいる岩場を見下ろす。
その目は、どこか鋭さを感じさせるものだった。
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