戦国乱世は暁知らず~忍びの者は暗躍す~

綾織 茅

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第十章―貴方の生まれた日

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 それから数日が経ち、十月十日の晩を迎えた。
 このかん、左近は隼人達に子供達を任せ、自分は何やら山中の仕掛けの確認に行ったり、ふらりと一人でどこかへと出かけていた。
 今は長屋に戻ってきたところを彦四郎に捕まり、ずりずりと酒宴の場へとつれ込まれたというわけである。とはいえ、不覚におちいるほど酔うことはないにしろ、左近もそれなりに楽しんでいた。

 そろそろお開きにしようかという時、戸を軽く叩く音がする。一番手近にいた正蔵が戸を開けると、そこには以之梅の五人と宮彦が立っていた。


「どうしたの? 君達。消灯して寝る時間でしょ?」
「あ、あのっ。その」
「……そういうことですか」
「え?」


 吾妻は持っていた箸を置き、腕を組む。どうやら子供達の様子から何かを察知したらしい。真向かいに座る兵庫と源太へちろりと視線を寄越した。


「兵庫、源太。そこのひねくれ者を彼の部屋まで連行してください」
「は?」
「早く」
「お、おぉ」


 伊織ほどではないが、彼らの代の主導権を吾妻もそれなりに握っている。二人、特に源太に有無を言わさず、行動に移させる。
 酒を口にしているとはいえ、んだうちに入らないほどの量である。しかし、さすがに代で一、二を争う筋力を持つ二人から左右を固められれば、素面しらふも何も関係ない。


「ちょっ、兵庫? 源太? 何するのさ」
「まぁまぁ。いいからいいから」
「ほら、君達も行きますよ」
「は、はいっ!」


 ずるずると引きずられるようにして、隣の隣にある左近達の部屋まで連行された。後ろからは吾妻と子供達もついてくる。
 子供達と一緒に放り込まれた左近がくるりと向きを変える。すると、どこからか持ってこられた布団一式も蝶によって投げ込まれた。

 どういうつもりかと左近が問いただすと、吾妻はあっけらかんとして答えた。


「この部屋は明日の朝まで開きません。もしかわや以外で出たら、与一の眠り薬で強制的に落としますからね。はい、それではお休みなさい。また明日」
「「おやすみなさい」」


 子供達は素直に挨拶を交わし、頭を下げる。すぅーっと閉じられていく戸が完全に閉められた音がすると、左近は大きく溜息をついた。


「まったく。何だって言うの。……さ、明日も講義と鍛錬があるんだから、もう寝なさい」


 左近が仕方なしに持ち込まれた布団を横に敷いていると、子供達が傍にわらわらと寄ってきた。こちらの顔色を窺うような上目遣いで、どことなくおびえてもいる。何故そんな目で見るのかと、左近はすっと目を細めた。

 すると、それを見た彼らは何やら途端に慌て出した。どうやら自分達が左近の機嫌を損ねていると勘違いしたようである。もちろん、たとえ怒っていたとしても、それは彼らに対してではない。
 しかし、彼らは自分が見たものをそのままに受け取ってしまう。


「せ、せんせい。ごめんなさい」
「ごめんなさい」
「おべんきょう、おしえてください」
「きらいにならないで」
「せんせぇ」


 左近の服の裾をがっしりと掴み、訴えてくる子供達。その表情はなんとも悲哀ひあいに満ちている。たとえ両者の間に誤解があるにしろ、そういう顔をさせているのは他ならぬ左近自身である。それは左近も分かっていた。


「……はぁ」


 気分を一心するために溜息をつく。布団を敷く手を止めて、子供達に向き直った。


「僕が君達に嫌いとかいつ言ったの? 言ってないでしょうに」
「でも、ずっとおこってばっかりで」
「こうぎも、きゅうにほかのせんせいだけになって」
「いまも、ためいきばっかりついておられます」


 子供達はそう言うが、左近としては、あの一件は主水達の報告をもって終いになった。怒ってなどいない。
 同胞達に言わせれば、彼が本当に怒った時はもっと禍々まがまがしいから今は大丈夫なのだと、子供達にそう助言しただろう。実際、本人にもその自覚はある。
 しかし、彼らは誰にも助けを求めなかった。おそらく、自分達が悪いのだからと最初のうちは己を律して。それでも、数日も経てば抑えがきかなくなったのだろう。

 そう考えると、吾妻ではないが、さっさと解決してこいと言外に言いたくもなる気持ちも、分からないでもない。


「あぁもぅ。……分かったよ。急に他に頼むことになるのも、そろそろ先輩方から怒られそうだし。また明日からちゃんと僕もつくから」
「ほんとうですか!?」
「やったぁ!」
「やった、やった!」


 喜色満面の笑みとはこのことを言うのだろう。喜びに任せ、三郎など部屋の中をぴょんぴょんと飛び跳ね始めた。それを夜なのだからとやめさせ、布団の残りを手早く敷き詰める。


「さぁ、他の子達はもう皆寝てるよ。君達も早く寝て」
「あ、せんせい。その」
「今度はどうしたの?」


 宗右衛門がそろそろと布に包まれた何かを左近に差し出した。もちろん、この間買い求めたのみである。左近はそれを受け取ると、不思議そうにしつつ、包みを解き始めた。


「えっと、おたんじょうび、おめでとうございます」
「それ、みんなからです」
「……鑿? 渡したお小遣いで買ってきたってこと?」
「はい!」
「せんせい。うまれてきてくれて、ありがとうございます」


 小太朗の言葉に、ほんの一瞬、左近はハッとする。例の青年に再び会って自分の生い立ちを考えさせられただけに、改めてそう言われると、ぐっと心にくるものがあった。
 これまでの経緯は決して褒められたものではない。けれど、今はただ、この言祝ことほぎと贈り物だけを受け取り、喜ぶことにした。


「ありがとう。大切に使うよ」


 一人一人の頭を撫でてやると、子供達も嬉しそうに撫でられた頭を自分の手で押さえている。

 鑿を机の上に置き、行李から夜着を取り出してそれに着替えると、小太朗が手を引いてきた。


「せんせ、こっち。いっしょにねましょうっ」
「あ、ずるい!」
「しーっ。みんなでふとんくっつけて、みんなのあたまのぶぶんにねてもらおう」
「いいね!」
「そうしよう」


 それならば公平だ、名案だと、子供達は目を輝かせて左近の方を仰ぎ見てくる。
 一方、戸の向こうからも、笑いをおさえきれずに吹き漏らした音が聞こえてきた。子供達は気付いていないようだが、耳の良い左近には筒抜けである。そちらをじとりとにらみ、左近は子供達を見下ろした。


「そうしようって、僕が嫌だよ。ほら、くっつけるならくっつけていいから。早く布団に入りなさい」
「せんせいは?」
「僕は机にもたれるよ。これでも寝れるし。まだ寒いわけじゃないから布団もいらないしね」
「で、でも」
「でももだってもいいから、早く寝る。明日の課題を増やすよ?」
「お、おやすみなさい!」
「おやすみなさい!」
「うん。お休み」


 しばらく、子供達はくすくすと笑い合っていたが、じきにすぅすぅと寝息がいくつも布団の中から聞こえてきた。

 そして、それから半刻後。


「……ほんと、親鳥と雛みたいだな。足と手、大丈夫か?」
「うん、まぁね」


 寝息が聞こえてきてすぐに中に入ってきた隼人が、胡座を・・・かいた・・・左近の脚の上に・・・・・・・頭を乗せた藤兵衛の寝顔を覗き込んでいる。
 しかも、左近に引っ付いているのは、藤兵衛だけではない。


「藤兵衛のやつ、腕を上げたら普通目を覚ますに決まってるだろうに、思いっきり上げていったからな。思わず吹き出しそうになったわ」
「本人も相当寝ぼけてたからね。それより、地味に三郎の体がずり落ちてきてて」
「あ? あぁ、ちょっと待ってろ」


 背中合わせになる形で、三郎は左近に寄りかかっている。そして、小太朗は左近の胡座をかいた脚の左太腿ふともも、利助は反対側の太腿。そして、一人、宗右衛門だけは布団に入っている……ように見えた。が。


「お? なんだ。しっかり者の宗右衛門もか。お前の服の裾握って寝てるなんて」
「この子は藤兵衛よりも早かったよ。一番早かったんじゃないかな?」
「しっかりしてるように見えて、やっぱりまだまだガキだな」


 これは珍しいものを見たと、隼人は宗右衛門の頬を起こさない程度の力で、人差し指を使ってうりうりと押す。すると、隣で寝ていた宮彦が寝返りをしたので、隼人もそこで手を止めた。


「知ってる? 子供の頃からしっかり者って、実は甘えたな子が多いんだよ。どこかで糸が切れるとね、頑張ってた分、歳相応に戻る」
「ふーん。……伊織や吾妻もか?」
「さぁー。あの二人はどうだろ。甘えるところなんて想像できないよね。何事も例外はつきものだから、当てはまらない部類かも」


 それは納得、と、実は宗右衛門達と同じくらいの頃、代の中では甘えたな方だった彼は笑った。そして、子供達がそばにいるせいで、やりにくそうに動かしている机の上の左近の手元を覗いた。その左近の手には、鑿と木片が握られている。


「なに彫ってるんだ?」
「これ? 八咫烏」
「ほー」
「これから細部だから、まだまだ大枠だけだけどね」


 足元にいる子供達に木屑きくずがかからないよう注意しつつ、掘り進められているのは、確かに自分達が名を借りている神の使いの姿である。

 左近が気紛れに彫る彫り物は、彼の手の器用さも相まって、都では結構な高値がついている。おろしている店の主人すら素性を知らない彫刻家として、依頼が入ることも度々あるらしい。ただし、受けるかどうかは彼の気分次第。ゆえに、彼が望んだわけではない大層な付加価値がつけられていることも、作品の価値が高値に釣り上げられている要因の一つでもあった。

 その彫り物を、今日は子供達からもらったばかりの鑿で彫っている。


「それ、あいつらから貰ったやつだろ?」
「そう」
「いつもの罠とか絡繰り仕掛け用の道具とは別にすんのか?」
「うん」


 いつもなら何の用途か関係なく、手近にあったもので彫るのだが、今回ばかりは勝手が違う。

 左近は手を止め、隼人にその鑿をかざして見せた。


「だって、これは僕の生まれた日を寿ことほぐために買ってくれたんでしょう? 血に染まってこそ良しとする道具を作るために使っていいわけないじゃない」
「あー。なるほどな」


 物には執着を持たない左近だが、久々に自分の物であると強く思うものができたらしい。本当に大事そうな目でそれを見る。

 立場上、表立っては言えないが、良くやったと、隼人は宗右衛門の頭をそっと撫でた。

 燭台しょくだいともしたあかりが、じりりと室内をほんのり照らす。ごりっごりっとけずられる木の音を聞きながら、隼人は柱に背をもたれかけ、そっと目を閉じた。

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