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第十一章―碧眼の使者
ほ
しおりを挟む結局、藤兵衛の熱は翌々日の朝には下がっており、大事をとらせて一日様子を見たが、もうすっかり快復していた。
今日は久々の、五日ぶりの参内となる。
子供の一人が体調を崩したためにしばらく参内ができなくなる旨、主上の側近である蔵人頭には伝えてあった。なので、顔を見せるなり随分と心配されたが、子供達の元気な姿を見てすぐに安心して頂けた。
そして、今日もまた、あっという間に時が過ぎ、退出する刻限となった。
「じゃあ、兵庫。よろしく頼むな」
「あぁ」
内裏から出たところで兵庫が待っており、隼人と子供達の護衛役の任を代わる。
というのも、隼人の子飼いの狼のうち、一匹の体調がよくないらしい。心配した八咫烏が報せを寄越し、代わりに兵庫が来てくれたというわけである。
辺りはすっかり夕暮れ時。皆が家路を急いでいた。
「おなかすいたぁー」
「きょうもいっぱいあそんだからねぇ」
「せんせい、きょうのごはんはなんですか?」
「そうだね。……兵庫は何が食べたい?」
「何でもいい」
何でもいいが一番困るんだけど、と、左近が言っても、兵庫は無言を貫く。どうやら本当に何でもいいらしい。
別に人を雇っているわけではないので、店で食べる以外は当然自炊することになる。そうなると、左近もお菊ほどに作れる料理の品数があるわけではないので、ある程度献立も決まってきてしまうのだ。自分が作れる料理の品から、すぐにできそうなものを頭に思い浮かべていく。
その時、びゅうっと音を立て、木枯らしが通りを吹き抜けていった。
「んー。寒くなってきたし、鍋でもしようか」
「さんせーい! おっかいものっ、おっかいものっ」
鍋であれば絶対野菜がいると、三郎は青物屋がある方へと駆けだしていく。
「三郎! 離れたら駄目だって言っただろう?」
「はーい。……ん?」
「どうした?」
左近が呼び止め、その場で立ち止まった三郎が横道に目を向け、頭を傾げる。先んじて隣に着いた兵庫が三郎の視線の先を辿った。少し遅ればせながら、他の子供達をつれた左近も二人の傍に寄る。
左近と兵庫を交互に見上げた三郎が、通りの奥を指さした。
「せんせぇ、あそこ」
「何?」
「だれかたおれてる、けど」
昨今、洛中の治安はすこぶる悪い。これでもまだ一時期よりかは灰塵と帰した家屋も戻りつつあるが、人がいなくなった土地を利用するため、良くも悪くも様々な人が集まってくる。
その様々な人の中に、極稀に含まれている人々。それが、異国から貿易や布教をしにきた南蛮人である。
三郎が指さす誰かも、見たところ金色の髪、白い肌、目は閉じているから分からないが、おそらく自分達とは違う色だと容易に想像がつく。つまり、どこからどう見ても南蛮人であった。
任務中や一人の時ならば黙ってこの場を去るのだが、今は子供達がいる。そして、彼らは声をかけたそうに左近と兵庫を見上げてくる。というより、声をかけない、助けないという選択肢が彼らの中にはなさそうである。
仕方がないので、全員でその南蛮人の元へ近寄ってみた。
「だいじょーぶですかぁー?」
「さぶろう。それじゃたぶんわかんないよ」
「えー。でも、おれ、なんばんじんのことばなんかわかんないし」
宗右衛門も、確かに、と、口を噤んだ。
とりあえず、この南蛮人をどうにかしないと、子供達はこの場を動かない。
そう判断した左近は周囲に目を配る。裏道で、しかも夕暮れ時とあって、他に通る人もいない。それを確認し、左近は子供達を兵庫に任せ、男の傍に膝をついた。
《大丈夫ですか?》
《……言葉が分かるのですか?》
左近が南蛮語で話しかけると、男は今まで閉じていた目を僅かに開いた。やはり、その瞳は青い。
南蛮との貿易では、それぞれ解する言語が異なるため、間に通詞を置く。大半が隣の明の国の人間であり、日本人が直接彼の国の言葉を解するのは、貿易が開かれた港町の一部の人間でもない限り、非常に稀であった。だからこそ、男が不思議がるのも無理はない。
《まぁ、少しですが。どうなさいました?》
《身体の調子が悪くて……頭痛が……》
《……熱がありますね。どちらに滞在を?》
《この先の、南蛮寺の近くに》
男の視線が辿る方角には、確かに数年前に南蛮寺が建てられている。そこの近くというのだから、彼は宣教師なのかもしれない。
話を一旦区切り、兵庫と子供達がいる背後へと振り向いた。すると、左近が南蛮語を話せるなんて知らなかった子供達が興奮ぎみに駆け寄ってくる。矢継ぎ早に質問してくる子供達に、後で、と、片手で制して黙らせた。
「兵庫。悪いけど」
「与一がまだ霞屋にいるはず。連れてくる。どこに連れて行けばいい?」
「この先に南蛮寺があるでしょ? そこに。僕はこの人を連れて行くから」
「分かった。こいつらは?」
兵庫が子供達を見下ろすと、子供達は兵庫を見上げたまま、そっと左近の服を握った。別に兵庫のことが苦手とかそういうわけではなく、単なる南蛮人への好奇心の方が勝ったのだろう。少しでも長く一緒にいられる方を選んだというわけだ。
左近はもう一度周囲を見渡してみる。すると、道の先と道を戻ったところ、その両方に八咫烏が待機しているのが分かった。
「……先輩達がついてくれてるね。なら、僕がこのまま連れて行くよ」
「すぐ行く」
「よろしくね」
与一が滞在しているという霞屋がある方へ、兵庫が足早に去って行く。その背を子供達と見送り、左近はまだ服を握ったままの子供達を見上げた。
「みんな、いい? 今からこの人を南蛮寺に連れて行くから。大人しくしてるんだよ?」
「「はーい」」
聞き分けの良い元気な返事に、左近はひとまず満足して頷いた。そして、男の方へ向き直り、肩を貸そうと男の腕を持ち上げる。その間、背後ではこっそりと三郎が宗右衛門に耳打ちしていた。
「ねぇ、なんばんでらってなに?」
「なんばんじんがひろめてる、なんばんしゅうのおてらのこと。きりしたんっていうんだって」
「ふーん」
三郎以外にも、小太朗達も宗右衛門の話にへぇーっと感心している。
子供達は皆、特に三郎だが、お腹が空いたと言っていたのはどこへやら。ちらりちらりと左近に肩を貸される男の方を見上げ、見過ぎだと左近に怒られない程度に観察している。
《本当に、ありがとうございます》
《いえ。お気になさらず》
もし、男が日本人ならば兵庫が残って運ぶ方が良かったのだろうが、いかんせん相手は南蛮人。そして、兵庫は南蛮語を話せない。いざという時、意思疎通ができないと困るので、この人選で間違いはないはずである。
とはいえ、左近の線の細さに、男も申し訳なさが先に立つのか、しきりにお礼を言ってきた。これは相手が南蛮人で体格がいいからだと、左近は心の中で自分に言い訳するが、同じ代の中でも左近の線の細さは明確である。口調に若干のとげとげしさが入ったのに気づかれないよう、左近はにっこりと笑みを浮かべた。
それに、線は細くとも、左近もまた八咫烏の一員。人一人運ぶくらいの力は鍛えてある。彼らの動向を見守る八咫烏を護衛につけ、左近達は南蛮寺へと歩を進めた。
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