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第十一章―碧眼の使者
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しおりを挟むそれから数日。
内裏から屋敷へと帰る時に、先日の南蛮人とばったり鉢合った。
彼の名は、アドリアーノ・ロペス。二十四歳。東諸国の貿易事業を父親から引き継いだばかりの南蛮商人。日本へは生糸を船で運んでくる傍ら、布教活動を進めにきた宣教師達も一緒に乗せているらしい。
お国柄なのか、個人の性格なのか。左近達を見つけるや、その長い脚で颯爽と近づいてきた。そして、左近の両手を掴み、ぐっと顔を近づけられ、そのまま自己紹介まで済ませられたというわけである。
《いやぁ、先日は本当にどうなることかと。おかげですっかり良くなりました》
《それは良かったです》
当たり障りのない返事と笑みを浮かべ、そっと両手を後ろに引いて距離を取る。
任務で潜入していた長崎で色々あり、南蛮人の距離の近さには慣れている左近も、いささか近いと感じる距離だった。顔見知り程度でその距離を許す左近ではないが、いかんせん子供達が傍にいる。そうなると、他と同じように邪険に扱うわけにもいかなかった。
一方、今日もまた自分達の知らない言葉を駆使する左近を見て、子供達はぽかんと口を開けている。
「はやとせんせぇ」
「何だ?」
「さこんせんせいがなんていってるかわかりません」
「大丈夫だ。俺も分からん」
「えぇーっ」
子供達は非難めいた声をあげるが、分からないものは分からない。
心配していた狼の具合も良くなり、今日から左近達の元へと戻っていた隼人も、腕を組んでうぅむと唸る。
元々知識の吸収力が半端なかった左近だが、それは語学の面でも十分に発揮されたらしい。そりゃあ、南蛮の絡繰りや罠の開発及び向上が格段に進むわけである。通詞抜きで言葉を解釈することができるのは、本当に強みになる。その言葉の字面だけでなく、その言葉に込められた裏の意味も知ることができるのだから。
騒ぐ子供達に、アドリアーノが目を向けた。
《あの子達は皆、貴方達が世話を?》
《えぇ、商家の子供達に読み書きなどを教えているんです》
《それは素晴らしい! この国の識字率は高く、我が国でも見習わなければならないと思っているのですよ》
《そうですか》
《この国に来たら、本当に驚かされることばかり。なかでも、とても親切で凛とした美しい方にお会いすることができました。もちろん貴方のことです》
《そう、ですか》
また一歩。踏み込んでこられ、左近は同じだけ後ろに下がる。顔には笑みを浮かべたまま。
しかし、その浮かべている笑みも、長年連れ添った同胞には沸点間近の時に見られるソレであることなどお見通しである。
「あー、俺達は先に帰るか」
「えっ!?」
「せんせいをおいて?」
左近の怒気と共に、とある雰囲気を感じとり、隼人は三郎と利助の肩を掴み、屋敷の方へとくるりと方向転換させる。他の子供達も不思議そうにしつつも隼人の言葉に従い、自分達も同じ方向を向いた。
――すると。
「どこに」
「うっ」
「行こうっていうの?」
素早く動いた左近の手が、隼人の肩に伸びた。おどろおどろしい声音と共に、顔を覗き込んでくる。冗談抜きで人の急所を突きかねない目をしていて、この状況によほど耐えかねているらしい。
隼人は周囲を見渡し、他にも八咫烏がいることを確認すると、子供達を自分の目の届くところに置いた。そして、左近の耳元に口を運ぶ。
「いや、どう考えたってそっちの趣味がある奴だろ」
「それで? それが分かってる上で僕を置いて行こうって?」
「わ、分かった! 悪かった!」
一番の友だろうと、今の左近の頭に容赦という二文字はない。もし、ここにいるのが隼人でなく後輩の誰かだったら、とっくのとうに代わりに置いて行かれていただろう。
しかし、一応そういう趣味――男色、衆道と呼ばれるものは、武士では当たり前のように見られる風潮があるし、女犯を禁とする僧侶の間でも稚児として迎えられることもある。つまり、暗黙の了解なのだ。
とはいえ、隼人も左近にそういう趣味がないと知っている上で、何も考えずに子供達と先に帰ろうとしていたわけでない。
万が一そういう状況になった時、確かに体格は向こうが上だが、左近ならばいくらでも逃げ出す手段を講じられるという信頼があったからこそである。それが任務上致しかたなしでもない限り、左近の同意がない以上、事を進めるのははっきり言って無理だ。
それに、子供達がいるから動きづらそうにしていたのにも気づいていた。これで彼らがこの場を去れば、左近は早々にこの男を撒いて帰ってこられると踏んでのことでもある。
だが、左近は別々に帰ることを良しとはしなかった。
《すみません。もう帰らなければ》
《おや、残念です。もう少し滞在するので、またお会いしましょう。一緒に食事でも》
《機会があれば》
表面上は穏やかにアドリアーノに別れを告げた左近だったが、目が若干虚ろになっていた。無論、そんな機会は永遠に訪れないだろう。
「ふぅー」
「あー、なんだ。お疲れさん」
「……今度見捨てて行こうとしたら、与一の薬を盛ってやる」
「ほんとすみませんでした!」
再び帰り路を歩きだした左近の洒落にならない言葉を聞き、隼人はその場でがばりと頭を下げた。
他の薬ならば甘んじて受けても良いが、与一が作った薬だけは駄目なのだ。あれは人が作って飲むにはまだ早いというか、原材料は本当にそれだけかと言いたくなるというか、とにかくごめん被りたい。そのためならば多少の恥はかき捨てよう。
すると、それに驚いた子供達が二人を見上げてくる。
「せんせい?」
「どうしたんですか?」
「ん? あぁ、隼人がね、団子を買ってくれるって」
「へ? 俺?」
「やったぁーっ!」
「まえにたべにいった、じぞうどうのまえのだんごやさんがいいです!」
一斉に目を輝かせ始め、隼人の周りを踊り回る子供達。内裏で出される菓子はもちろん美味しいが、子供達にとっては食べ慣れた味の方が良かったらしい。
それを見て、今さら駄目だと隼人も言えず。
「くっそぉー。……仕方ねぇ。お前達! 今から行くぞ!」
「「はーい!」」
腕に飛びかかってきた三郎を、隼人が持ち上げてやる。そのまま皆で方向転換し、店仕舞い間際だろう団子屋へと急いだ。
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