戦国乱世は暁知らず~忍びの者は暗躍す~

綾織 茅

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第十一章―碧眼の使者

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 南蛮商人アドリアーノとはそれっきり……とはいかなかった。

 彼の行動範囲と左近達が屋敷から内裏まで通う道筋が被っているらしく、そこそこの確率で出くわすのだ。その度に彼はあの手この手で左近を食事に誘ってくる。

 子供達も、彼が話す言葉は分からないが、すっかり慣れ、あまつさえお菓子を貰うようになる始末。南蛮菓子。子供達にとっては魅力的なものだ。

 しかし、いくら顔見知りとはいえ、忍びが差し出されたものをほいほい口にいれるなど、絶対にあってはならない。仲間内のものでさえ、特に与一が作ったものは、たとえ食事であっても誰も口にしない。理由は簡単。何が入っているか分からないからである。

 アドリアーノは一人ずつ順番に手渡してくるため、貰った順に裏で回収していた。

 だが、今回ばかりは少し勝手が違った。いつものように左近達が菓子の対処をしていると、二人の目を盗み、膝を曲げて小太朗に菓子を差し出す傍ら、耳元で少し早口で話しかけた。


「かれ、おれい、する。きょう、よる、あなた、そと、でる。わたし、おれい、あなた、わたす。あなた、かれ、わたす。いい?」
「……うん」
「じゃ、また、よる」


 日本語話せたんだと目を瞬かせて驚く小太朗に、アドリアーノは人差し指を立て、自分の口元に持って行く。そして、手を振りながらその場から立ち去っていった。



 その日の晩。

 小太朗はこっそりと布団を抜け出した。そろりそろりと音を立てないよう、部屋のふすまを開ける。すると、丁度向かいの部屋から廊下に出てきた隼人と顔を合わせてしまった。開けられた襖の奥では、左近が巻物を広げて読んでいるのが見える。


「小太朗? どうした?」


 隼人にならば教えてもいいが、襖はまだ開けられており、そうなると左近にも会話が筒抜けになってしまう。小太朗は考えた。彼なりに、一生懸命。


「えっと、かわやに」
「ついて行こうか?」
「だいじょうぶです!」
「んー。こたろー、おれもいく」
「え?」
「ん?」
「あ、ううん。なんでもない」
「足元には気をつけるんだぞ?」
「はーい」


 利助が一緒についてくることになってしまったが、厠に行くと言った手前、やっぱり行かないとは言えない。一旦、そのまま二人で厠へと向かった。



 部屋を出てすぐは寝ぼけまなこだった利助も、用を足し終えればすっかり目を覚ました。手を洗い、部屋へと戻ろうとすると、小太朗が別の――入り口の門の方へと歩き出す。


「こたろう? そっちはへやじゃないぞ?」
「ん。ちょっと」
「んー?」


 よく分からないが、小太朗と手を繋いだ利助も一緒についていく。

 門から顔を出すと、アドリアーノが門から少し離れた塀に寄りかかっていた。


「おまたせしましたっ」
「いいこ。……ふたり?」
「えっと、かわやのかえりで」
「かわや?」
「それより、せんせいへのおれいってなんですか? ぼく、かくしごとにがてなので、すぐにわたせるものだといいんですけど」


 小太朗が繋いでいた手を離し、アドリアーノへ駆け寄っていく。


「あの……っ!」


 突然、口角をあげたアドリアーノが小太朗の身体を抱き上げ、目の前に小刀を突きつけた。二人は目を見開き、愕然がくぜんとする。

 しかし、いつまでもそうしてはいられない。小太朗の脚に、いち早く我に返った利助が飛びついた。


「こたろう! こたろうをはなせっ!」
《なんて言ってるか分からないけど、解放しろってことかな? ……悪いけど、それはできない相談だ。この子は彼をおびき出す餌なんだよ》
「りすけっ! あぶないよっ! それより、せんせいをっ!」

 
 なんとかして自分を助け出そうとする利助にも刃の先が向けられることを恐れ、小太朗は叫んだ。しかし、それよりも早く、彼らの声は届いていたようである。

 かさりと草を踏みしめる音がして、棒手裏剣を握る左近が姿を見せた。

 ひとまず、捕らえられていない利助を呼び寄せ、背にかばう。周囲は八咫烏が固めているはずだが、その姿はない。それをさっと目を動かして確認した左近は、即座に状況を解した。

 目の前の南蛮人は‟彼”と手を組んでいる、と。おそらく、彼の配下の者が八咫烏の相手をしているのだろう。

 つまり、目の前の男は一介の商人ではなく――八咫烏の雛に手を出した賊である。傷つけようとしているとか殺そうとしているとか、そういうのは最早関係ない。左近の・・・目の前で・・・・小刀をつきつけている・・・・・・・・・・時点で終わりだ。


《その子を返してもらえますか?》
《待っていたよ。君も一緒についてくるなら返してあげよう。もちろん、無傷で》
《誰の差し金ですか?》
《そうは言うけれど、君にはもう察しがついているのでは?》


 日が暮れる前に会っていた時とは違う顔を見せる左近に、アドリアーノは笑みを深める。そして、小刀をさらに小太朗の首元に近づけた。


「……利助」
「は、はいっ」


 後ろを振り向かず、二人の方へ顔を向けたまま、左近が利助の名を呼ぶ。


「部屋に戻って、隼人に伝えて。小太朗があのいけ好かない南蛮野郎に捕まったから、取り返してくるって」
「はいっ。……あの、せんせい」
「なに?」
「……いえ。おきをつけてっ」
「伝言、頼んだよ」
「はいっ」


 利助は踵を返し、屋敷の中へと駆けていった。

 やはり、最初から狙いは左近ただ一人だったらしく、アドリアーノは利助をその場に留めようとする素振りは一切見せない。そのまま行かせても、余裕そのものであった。


《さぁ、行こうか》
《その前に、小太朗をこちらへ。怖がっています》
《人質を先に返すなんてことはしないよ。逃げられるといけないからね》


 子供を捕まえておけば黙ってついてくると確信しているのか、左近に対しては何の拘束手段もとろうとしない。事実、小太朗を傷つけられる可能性がある以上、ついていく他に選択肢はない。


「せんせぇ」
「大丈夫。僕がついてるから」


 自分のせいでこんなことになってしまった罪悪感が小太朗を襲う。そんな小太朗に、左近は手を伸ばし、背を撫でてやる。

 そして、アドリアーノの方へ目を向け。


《地獄へ落ちろ》


 今までの丁寧な言葉遣いが、一気に粗野なものに変わる。それも、殺気のこもった満面の笑みを添えて。

 もし、視線だけで人が殺せるのならば、小太朗の目と耳を塞いだうえで、即座にそうしていただろう。
 しかし、そのおどしは相手によっては効果がない。殺気など、戦闘経験がなければまず感じ取れないのだから。そして、この行為はアドリアーノに対してはむしろ逆効果であったらしい。


《いいねぇ。やっぱり、手元に置いておきたくなった》


 彼は、欲していた品をようやく手にしたかのように、にんまりとほくそ笑んでいた。

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