91 / 117
第十一章―碧眼の使者
と
しおりを挟む南蛮商人アドリアーノとはそれっきり……とはいかなかった。
彼の行動範囲と左近達が屋敷から内裏まで通う道筋が被っているらしく、そこそこの確率で出くわすのだ。その度に彼はあの手この手で左近を食事に誘ってくる。
子供達も、彼が話す言葉は分からないが、すっかり慣れ、あまつさえお菓子を貰うようになる始末。南蛮菓子。子供達にとっては魅力的なものだ。
しかし、いくら顔見知りとはいえ、忍びが差し出されたものをほいほい口にいれるなど、絶対にあってはならない。仲間内のものでさえ、特に与一が作ったものは、たとえ食事であっても誰も口にしない。理由は簡単。何が入っているか分からないからである。
アドリアーノは一人ずつ順番に手渡してくるため、貰った順に裏で回収していた。
だが、今回ばかりは少し勝手が違った。いつものように左近達が菓子の対処をしていると、二人の目を盗み、膝を曲げて小太朗に菓子を差し出す傍ら、耳元で少し早口で話しかけた。
「かれ、おれい、する。きょう、よる、あなた、そと、でる。わたし、おれい、あなた、わたす。あなた、かれ、わたす。いい?」
「……うん」
「じゃ、また、よる」
日本語話せたんだと目を瞬かせて驚く小太朗に、アドリアーノは人差し指を立て、自分の口元に持って行く。そして、手を振りながらその場から立ち去っていった。
その日の晩。
小太朗はこっそりと布団を抜け出した。そろりそろりと音を立てないよう、部屋の襖を開ける。すると、丁度向かいの部屋から廊下に出てきた隼人と顔を合わせてしまった。開けられた襖の奥では、左近が巻物を広げて読んでいるのが見える。
「小太朗? どうした?」
隼人にならば教えてもいいが、襖はまだ開けられており、そうなると左近にも会話が筒抜けになってしまう。小太朗は考えた。彼なりに、一生懸命。
「えっと、厠に」
「ついて行こうか?」
「だいじょうぶです!」
「んー。こたろー、おれもいく」
「え?」
「ん?」
「あ、ううん。なんでもない」
「足元には気をつけるんだぞ?」
「はーい」
利助が一緒についてくることになってしまったが、厠に行くと言った手前、やっぱり行かないとは言えない。一旦、そのまま二人で厠へと向かった。
部屋を出てすぐは寝ぼけ眼だった利助も、用を足し終えればすっかり目を覚ました。手を洗い、部屋へと戻ろうとすると、小太朗が別の――入り口の門の方へと歩き出す。
「こたろう? そっちはへやじゃないぞ?」
「ん。ちょっと」
「んー?」
よく分からないが、小太朗と手を繋いだ利助も一緒についていく。
門から顔を出すと、アドリアーノが門から少し離れた塀に寄りかかっていた。
「おまたせしましたっ」
「いいこ。……ふたり?」
「えっと、かわやのかえりで」
「かわや?」
「それより、せんせいへのおれいってなんですか? ぼく、かくしごとにがてなので、すぐにわたせるものだといいんですけど」
小太朗が繋いでいた手を離し、アドリアーノへ駆け寄っていく。
「あの……っ!」
突然、口角をあげたアドリアーノが小太朗の身体を抱き上げ、目の前に小刀を突きつけた。二人は目を見開き、愕然とする。
しかし、いつまでもそうしてはいられない。小太朗の脚に、いち早く我に返った利助が飛びついた。
「こたろう! こたろうをはなせっ!」
《なんて言ってるか分からないけど、解放しろってことかな? ……悪いけど、それはできない相談だ。この子は彼をおびき出す餌なんだよ》
「りすけっ! あぶないよっ! それより、せんせいをっ!」
なんとかして自分を助け出そうとする利助にも刃の先が向けられることを恐れ、小太朗は叫んだ。しかし、それよりも早く、彼らの声は届いていたようである。
かさりと草を踏みしめる音がして、棒手裏剣を握る左近が姿を見せた。
ひとまず、捕らえられていない利助を呼び寄せ、背に庇う。周囲は八咫烏が固めているはずだが、その姿はない。それをさっと目を動かして確認した左近は、即座に状況を解した。
目の前の南蛮人は‟彼”と手を組んでいる、と。おそらく、彼の配下の者が八咫烏の相手をしているのだろう。
つまり、目の前の男は一介の商人ではなく――八咫烏の雛に手を出した賊である。傷つけようとしているとか殺そうとしているとか、そういうのは最早関係ない。左近の目の前で小刀をつきつけている時点で終わりだ。
《その子を返してもらえますか?》
《待っていたよ。君も一緒についてくるなら返してあげよう。もちろん、無傷で》
《誰の差し金ですか?》
《そうは言うけれど、君にはもう察しがついているのでは?》
日が暮れる前に会っていた時とは違う顔を見せる左近に、アドリアーノは笑みを深める。そして、小刀をさらに小太朗の首元に近づけた。
「……利助」
「は、はいっ」
後ろを振り向かず、二人の方へ顔を向けたまま、左近が利助の名を呼ぶ。
「部屋に戻って、隼人に伝えて。小太朗があのいけ好かない南蛮野郎に捕まったから、取り返してくるって」
「はいっ。……あの、せんせい」
「なに?」
「……いえ。おきをつけてっ」
「伝言、頼んだよ」
「はいっ」
利助は踵を返し、屋敷の中へと駆けていった。
やはり、最初から狙いは左近ただ一人だったらしく、アドリアーノは利助をその場に留めようとする素振りは一切見せない。そのまま行かせても、余裕そのものであった。
《さぁ、行こうか》
《その前に、小太朗をこちらへ。怖がっています》
《人質を先に返すなんてことはしないよ。逃げられるといけないからね》
子供を捕まえておけば黙ってついてくると確信しているのか、左近に対しては何の拘束手段もとろうとしない。事実、小太朗を傷つけられる可能性がある以上、ついていく他に選択肢はない。
「せんせぇ」
「大丈夫。僕がついてるから」
自分のせいでこんなことになってしまった罪悪感が小太朗を襲う。そんな小太朗に、左近は手を伸ばし、背を撫でてやる。
そして、アドリアーノの方へ目を向け。
《地獄へ落ちろ》
今までの丁寧な言葉遣いが、一気に粗野なものに変わる。それも、殺気のこもった満面の笑みを添えて。
もし、視線だけで人が殺せるのならば、小太朗の目と耳を塞いだうえで、即座にそうしていただろう。
しかし、その脅しは相手によっては効果がない。殺気など、戦闘経験がなければまず感じ取れないのだから。そして、この行為はアドリアーノに対してはむしろ逆効果であったらしい。
《いいねぇ。やっぱり、手元に置いておきたくなった》
彼は、欲していた品をようやく手にしたかのように、にんまりとほくそ笑んでいた。
0
あなたにおすすめの小説
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる