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第十二章―過去との別離
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しおりを挟む屋敷の内外で敵味方入り混じる中、左近は伊織の姿を探し、外に出ていた。屋敷の裏手には見晴らしがよく、全体を見渡せる高台がある。上空を見ると、隼人の鷹がその高台の方へ降り立った。主である隼人と、おそらく伊織もそこにいるだろうと、左近は早々に当たりをつける。青年を連れ、屋敷の裏手からその高台へと駆けた。
高台には案の定、戦況分析をする伊織の傍ら、次の合図である鷹達を飛ばす準備をしている隼人がいた。
「左近っ!」
左近に気づいた隼人が、駆け寄ってこようとしていた足を止めた。連れてきていたらしい狼達も数頭どこからか姿を見せ、隼人の周りにつき従う。
左近の後ろにいた青年を隼人は睨みつけた。厳太夫達から話は聞いていたが、実際に目にすると、本当に二人はよく似ていた。いや、似ているなんてものではない。これでは彼らがすぐに別人だと判断できなかったのも頷ける。
青年は隼人のそんな視線をものともせず、逆ににこりと笑ってみせた。
「こんばんは」
「誰だ、お前」
「僕? 僕は僕だよ」
こくりと小首を傾げる青年に、隼人の怒気がいや増す。狼達も主の怒気を感じ取り、それが向けられる青年に唸り声をあげ、牙を見せ始めた。
「ふざけてんのか」
「隼人。おさえろ」
詰め寄ろうとした隼人を、伊織が片腕を隼人の前に伸ばして制した。怒気を露にする隼人とは対照的に、伊織は酷く冷静に相手を見つめている。
青年は黙ったままの左近と肩を組み、伊織と隼人を挑発するような視線を彼らに寄越した。
「ほら、左近。どうせあの子はもう他の奴らが助け出してる頃なんでしょ? あの子から僕を引き離すためにここまできたんだから。僕は約束を守った。次は君の番。せっかくだし、別れの挨拶でもしてあげれば?」
「なんだって!? どういうことだっ!」
「隼人」
再び止められた隼人は、なぜ止めるのかと伊織の顔を責めるような目で見る。
その視線と視線を合わせることなく、伊織は左近と青年の方、正しくは左近の方を見つめた。そして、一度ゆっくりと目を閉じ、再び目を開く。同じ代の友としてではなく、彼らの代の大将としての責任がある彼がそこにいた。
「‟我ら次代の八咫烏”」
「‟護られる側から護る側へ。たとえ身の滅ぶ時が来ようとも、戦のない世をさらなる次代、そして学び舎の雛達に”」
自分達が雛の時分に定めた誓いの言葉を、まず伊織が発し、意を汲んだ隼人がそれに続く。青年は怪訝そうにしているが、左近には伝わったらしい。ふっと笑みを溢した。
「どこまで飛んでいこうとも、還える巣は我らが里の一つのみ」
青年の腕を払いのけた左近は体勢を変え、青年の方を向いたまま隼人達の方へと飛び退った。伊織と隼人は先程までとは打って変わり、青年にほくそ笑んで見せる。
左近に手の平を後ろ手に出され、阿吽の呼吸で隼人が苦無を差し出した。アドリアーノの屋敷では仕込んだままでいられた武器も、さすがにここに来た時には全て没収されている。武器無しの体術のみで決着がつくほど甘い相手でないことは左近も十分に分かっていた。
隼人から得物を受け取り、前に出る左近に、青年は酷く傷ついたような表情を浮かべている。
「……左近。また僕を裏切るの?」
「裏切る? 僕は一度も裏切ったことなどないよ」
「……っ」
懐へ軽やかに飛び込んでくる左近に、青年も懐から苦無を取り出して切っ先を受け止めた。
幾度も打ち合う度に、青年の表情が変化してくる。戸惑い、怒り、そして絶望。その中で諦めが見られないのは、まだ心の底から欲しているからだろう。血を分けたたった二人きりの兄弟からの心変わりの言葉を。
その想いが強いからか、段々左近の方が押し負けてくる。技術的には左近も引けを取らないが、伊織や隼人の目には左近もどこか本調子ではなく見えた。
「左近っ!」
「手を出さないで」
思わず助けに入ろうとした隼人を、左近は淡々とした声音で拒否した。
「隼人。よせ」
「……他を片付けてくる」
伊織にも止められ、隼人は打ち合う二人をしばし目に焼き付けるようにじっと見つめた後、踵を返した。狼や鷹達もそれに続いて行く。
二人が顔を近づけた状態で競り合っていると、青年が喉から絞り出すような声で左近に語りかけてきた。
「左近。忘れたの? 僕達の悲願」
「‟僕達の”じゃなくて、‟君の”悲願でしょ? 僕の悲願は、さっきの誓いにあったように、戦のない世を雛達に過ごさせること。それだけだよ」
「……っ。どうしてっ!」
「艮っ! 吹き矢だっ!」
一際悲痛そうな声で叫んだ青年の声に、発見が遅れ、焦る伊織の大声が重なった。伊織も無駄に大声を出したわけではない。火縄銃を構えた慎太郎に敵の位置を教え、正確に狙撃させた。彼の射程距離に入った獲物が逃れることはまず無理である。
しかし、今回は敵の吹き矢がその筒から飛び出す方が早かった。
「……え?」
左近は目の前の光景に目を見開いた。
寸前まで、艮の方角に背を向けていたのは左近だった。だからこそ、伊織も慌てたのだ。だが、実際に矢が命中したのは青年の方であった。
左近が位置を変えようと青年の背の後方に回り込んだのではない。青年が、左近の背の後ろに回り込み、腕を広げて庇ったのである。
一瞬の鋭い痛みに僅かに眉をしかめ、青年は矢を引き抜いた。そして、その矢じりの先を見つめる。左近が半ば奪うようにしてその腕ごと引き、矢じりの先を見ると、彼の血以外の何かが付着していた。
伊達に与一と一緒に毒を仕込んだ仕掛けを作ったりなどしていない。その何かが何なのか、左近にはすぐに分かった。たとえ種類は分からずとも、忍びが吹き矢に仕込むものなど決まっている。
ずるずると崩れ落ちる青年の身体を、左近が受け止める。そのまま二人で地面に腰を落としていった。
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