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第十三章―年が明けた先
と
しおりを挟む太陽が地平線の彼方まで追いやられ、空に浮かぶ雲に残照が残る。
山中の高台には頭巾で口元まで覆った左近達が集まっていた。ただ、肝心の伊織がいない。その伊織も、四半刻もしないうちに姿を見せた。
「遅い」
「悪い。菊に捕まってた」
「大丈夫なのー? なんか最近、熱心に探り入れてたけど」
「あぁ。問題ない」
とはいえ、お菊の追求は賊を捕らえて尋問する時並みのしつこさがあり、押しと引きの均衡がよく取れていた。もし、お菊が男であったら、間違いなく敵に回したくない部類の八咫烏へと成長していただろう。頭の回転の速い伊織ですら、手を変え品を変え、やっとの思いで言いくるめてきたほどである。
そのお菊も、今はもう夢の中。与一印の眠り薬を茶に混ぜて飲ませてある。これで明日の朝まで目が覚めることはない。
「伊織」
「あぁ」
吾妻が水桶に汲んできた水を、腰を落として膝立ちした伊織が柄杓で石塔へ順にかけていく。皆はその後ろに並び立った。全ての石塔にかけ終えた後、柄杓を空になった桶に投げ入れる。カラカランと木と木がぶつかる音が響いた。
「悪かったな。随分待たせて」
自分達の代の、一番古い石塔に向かって伊織が呟いた。その口元には微かに笑みが浮かんでいる。
「文句は受け付けないからねー」
「多少は仕方ないですよ。なにせ、策とはいえ、我々がやることは裏切り行為に他なりませんからね」
「えー」
与一が不平を溢すが、彼の口元にも笑みがある。こんな時までふざけられるのだから、やはり、伊織が立てた策に対する彼らの信頼は厚い。
そんな中、伊織は随分前に翁と話していた時のことを思い出していた。
『翁。我々はとうに覚悟はできております。難攻不落と呼ばれるにふさわしい場を、我々はこの場しか知りません。とはいえ、負け戦をするつもりも毛頭ございません。ですが、必要とあらば、この身と命、この地を護るさらなる礎とするでしょう。この地で孵り、育てられ、空へ羽ばたいた我ら十一名の八咫烏。雛鳥を護る側になるほど成長したのです。……それに、一度空へ羽ばたいたのならば、いつか翼を閉じる日がくるのが道理。ここを護るため、最期の時まで全力を注ぐことに、何をためらうことがありましょう?』
里のため、雛のため。
たとえ裏切者の烙印を押されようとも、それが数多ある選択肢から自分達が選びとった護り方である。後悔など、あろうはずがない。
伊織は立ち上がり、石塔を見下ろした。
「我ら次代の八咫烏」
「「護られる側から護る側へ。たとえ身の滅ぶ時が来ようとも、戦のない世をさらなる次代、そして学び舎の雛達に」」
「どこまで飛んでいこうとも、還える巣は我らが里の一つのみ」
この誓いを述べるのも、これが最後。この誓いと正心があったからこそ、ここまで来れた。それはきっと、石塔の下に眠る、姿の見えない友らも同じことだろう。
――そんな中。
『大丈夫よね?』
それぞれの脳裏に、お菊が真摯な瞳で見上げてくる姿がちらつく。いつも通り皆で食事をとった後、彼女から向けられた顔である。しかし、皆、それを頭から振り払った。
「あぁ、大丈夫さ。こいつらと一緒だからな」
お菊がそういう意味で言ったわけではないことは分かっている。
だが、伊織は皆の方を振り返り、誰に聞かせるわけでもなく、そう小さく呟いた。
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