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第十四章―桜の下でさようなら
い
しおりを挟む夜四つ。
東から満月が昇り、今は南東の空に浮かんでいる。
月はさやけし、桜も美し。そよそよと風にそよぐ桜の花が月の光に照らされ、薄桃色をさらに映えさせる。
黄昏刻から準備を進めていた彼らは、今一度集まっていた。
「じゃあ、手筈通りに。また、河の岸辺で。……散」
伊織が軽く振り下ろした手を合図に、皆が自分の持ち場へと、四方八方に散らばっていく。
開始の合図は、四半刻後。
それまでは見つからないよう、月明かりの中、闇に潜んでおく。
そして、源太の手によって、その開始の合図は派手に打ち上げられた。
「この音はどこからだ!?」
「探索中です!」
大小の差はあれど、八咫烏の里全体に響き渡る音に、八咫烏達は即座に建物の外に出て、状況把握に努め出す。
里の周囲には左近が侵入者用の鳴子などの仕掛けを用意しているため、早々不意をつかれることはない。しかし、今回は完全に後手に回らされた。
「雛達を避難させろ!」
任務に出ず、館に残っていた八咫烏達の中で最年長の代が、麓の里にいる翁の代わりに指示を飛ばす。しかし、彼らも普段の冷静さを保とうとしているが、内心穏やかではいられない。顔にも僅かに緊張の色が見てとれた。
翁の元に第一報を報せに行く者、学び舎に行く者、音がした場所へ行く者と、館から続々と八咫烏達が出ていく。
「哨戒していた奴らが音を聞き漏らしたのか?」
「分からん」
それはないと思いたいが、いかんせん、館に残るのはほとんどがまだ八咫烏になりたての代と、その一つ、二つ上。実力、経験、そのどちらも不足していることは否めない。
やきもきしながら報告を待っていると、先遣として送った者の一人が息を切らして戻ってきた。膝に手をあて、額に滲む汗を拭うこともせず、意思の強そうな双眼でキッと見上げてくる。
「ここから北西に十町ほど。煙硝蔵が爆破されておりました!」
「……十町」
「新しく作った方だ」
すぐに哨戒任務についていない者達を呼び戻し、火消しに行かせる。蔵そのものを鎮火するのは困難を極めるが、ここは山中。周囲の木々に飛び火して山火事になろうものなら、更なる大惨事をもたらす。
「……おい。なんだかおかしいぞ?」
「あぁ」
「何故、そこなんだ?」
新しいという言葉の通り、その煙硝蔵が完成したのは年が明けて間もない頃。
調合されて売られている火薬にも粗悪品が混じり始めたため、館や学び舎の煙硝蔵でそのまま保管するのではなく、選り分けを行うために造られた蔵である。
そこが爆破されたという事実が、彼らに不可解さをもたらした。
賊が侵入して火薬壺を盗んでいくというのは、この戦の世ではままあること。火薬は様々な用途に使えるため、戦の準備の中でも依然貴重なものであり続けているからだ。
そんな火薬を八咫烏の里で一番蓄えているのは、館にある煙硝蔵。侵入が難しくはあるが、学び舎の煙硝蔵へ行くよりも近い。そして、今回爆破された新しい煙硝蔵も学び舎と同様。
それに、爆破などすれば、侵入がすぐに知られてしまう。そうなると、すぐさま八咫烏が周囲を取り囲むのは想像するに容易い。賊の中で、無事に帰る者がほとんどいないというのは周知の事実。そんな下手を打つとは考えにくい。
と、考えをまとめていると、ある考えに思い至った。
「おい、これは陽動だ!」
はっとした顔つきで、隣に立つ友の顔を急いで見る。
「……そういうことか!」
館からその煙硝蔵は北西にあり、学び舎は北東。その間には沢があり、煙硝蔵から学び舎に行こうと思えば、大きく回り道を強いられる。
煙硝蔵を爆破してそちらに注意を引き付ける。そうすることによって追っ手の八咫烏の数だけでなく、爆破によって火薬の量も減らすことができる。その間に、自分達は本来の目的である、学び舎へと向かう。
この策を賊がとっているならば、実に効率的な策だと言えよう。
事実、既に大勢の八咫烏が消火へと向かっていた。
「学び舎へ伝令を、隼人の鷹を飛ばせ!」
「急げ!」
「はいっ!」
指示を受けた者が、大急ぎで館にある小屋へ行き、中を覗く。隼人の子飼いの鷹達がとまり木につかまり、翼を休めている、はずだった。
「……いない?」
呆然として呟き、そんなわけがないと、中に入って隅々まで探した。しかし、やはりどこにもその姿はない。それも、一羽たりとも。
その事実を知らせるべく、慌てて踵を返した。
一方、先に学び舎へと遣わされた、昨年まで部の年であった者達と、その指導役に指名された厳太夫、勘助、庄八郎、倫太郎に主水、右京、新之丞達は、学び舎まであと半刻の距離に来ていた。
「……っ!」
藪から飛び出した茨の棘で頬を裂いてしまい、寸の間、瀧右衛門は速度を緩めてしまう。
「瀧っ! 足を止めるな!」
「分かってるっ!」
隣を走っていた半蔵に叱咤され、再び駆ける足を速めた。
ちらちらと火の手が向こう側の山肌に見える。そちらも気になるが、まずは自分達が割り当てられた役目をこなさなければならない。
こんなに早く戻ることになるとは思っていなかった学び舎を、後輩達を思い、一行は少しも立ち留まることはせず、道を走り続けた。
そして、火消しに向かった者達も、近くの沢や池から水を汲む者、引火するような木が周りにないよう伐採する者に分かれ、なんとか被害を食い止めようとしていた。
「おい、急げ!」
「風向きに気をつけろ! 絶対に巻き込まれるな!」
その甲斐あってか、煙硝蔵の大破は免れないが、火事自体は徐々に下火になっていく。このまま風向きが変わらずにいてくれれば、あと一刻ほどで全ての鎮火作業が完了するだろう。
あらかじめ、ある程度の距離にある木々は伐採しておいたのが功を奏した。そうでなければ、彼らが到着した段階ですでに手遅れになっていたに違いない。
忍びが神や仏を信じるものではないが、今、この時ばかりはそれら人智を越えた存在に感謝するべきかと、手を動かしながらも皆は感じ入った。
その報が館にも入り、残るは学び舎に向かっていると思われる賊の討伐のみ。
「学び舎には伊織達もいる。あいつらなら心配いらんだろう。ちゃんと雛達を守ってくれるさ」
「……あぁ。そうだな」
そう言い、そう返事をするものの、両者の心中ではどこから湧いてくるのか知れない不安が拭いさられず、今なお跋扈している。
そして、伊織達に向けられるその期待は、悪い意味で裏切られることになった。
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