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第十四章―桜の下でさようなら
は
しおりを挟む時は僅かばかり巻き戻り、煙硝蔵が爆破されてから四半刻後。
雛達の避難はあの音が聞こえてからすぐに開始され、例の地下室でそれぞれが身を寄せ合っている。
幸か不幸か、入ったばかりの以の年以外、賊の襲撃には慣れていた。宗右衛門達も、もう取り乱したりなどしない。ただ、左近と隼人の姿がいつまで経っても見えないことだけが気がかりだったが、すでに賊退治に行っているのだろうと自分で自分を納得させた。
そんな中、雛達の誘導を担当持ちの師達に任せ、伊織は学び舎の門前で中に背を向けて立っていた。その目は、眼下に続く山中をじっと見つめている。
そこへ、榊と伝左衛門が建物の中から出てきた。
「雛達は全員避難させた」
「そうですか」
伊織は視線を前に向けたまま振り返らず、言葉だけを返す。その声音で、心ここにあらずであることが二人にはすぐに分かった。
「お前達の代がお前以外見当たらないぞ。どうした」
「すでに俺以外は全員外に出しました。それぞれ役目を与えてあります」
なんでもないことのように淡々と答える伊織。
だが、二人が本当に聞きたいことは、それではない。
「……お菊が寝たまま、揺り動かしても目を覚まさなかった」
「仕方ないから、そのまま抱きかかえて運んだぞ」
「最近、年が変わったばかりで仕事が多かったので、疲れていたのかもしれませんね」
確かに、お菊の仕事はこの時期、他の時期よりも倍以上に増える。彼女は一度気になったら妥協ができない部類の人間なので、自分の限界以上に頑張ってしまうところがあるのだ。
――しかし。
「どんなに疲れていても、揺り動かしても少しも起きる素振りを見せないなんてことはない。薬を盛られたんだ。他人に渡すはずがない与一のだ。だが、あいつじゃない。……お前だろ」
伝左衛門が核心をついた後、寸の間、沈黙が走る。
そして、伊織がふっと笑った。そのまま振り返り、二人と相対する。
「さすがです。もう見破られてしまった」
行いを認める言葉が伊織の口から出た瞬間、榊は僅かに眉を顰める程度に留めたが、伝左衛門は怒りを露にした。握り拳を固め、東大寺の仁王像もかくやというほどの憤怒の表情で、伊織を睨めつける。
この状況になって初めて二人が見た伊織の顔は、どこか穏やかで、腹に一物抱えていそうな者のソレには見えなかった。ただ、人間には上辺だけの顔もあるということを、忍びの世界に身を置く二人は嫌というほど知っている。
榊は今にも伊織に襲いかかりそうになっている伝左衛門を押しとどめた。彼にはどうしても伊織に聞きたいことがあった。
「伊織、お前……」
「お二人とも、すみません。残念ですが、俺の相手は貴方がたではないんです」
伊織は榊の言葉を遮るように言葉を被せ、門の壁を叩いた。すると、そこが開き、中には門の屋根に続く紐が伸びている。それを引っ張ると、屋根の天井板がさらに開き、白煙が飛び出してきた。
その白煙に紛れ、伊織が煙の向こう、学び舎の外へと消え去っていく。
「待て! 伊織っ!」
この仕掛けは二人も知らなかったが、十中八九というより絶対に左近が仕掛けたものである。だとすると、煙の成分が人体に無害なものとは言い切れない。
煙は屋根伝いに門を覆い隠すように充満しているため、二人は塀の方に回り、人馬で榊が塀の上に飛び上がった。
「どこへ行った?」
「俺、雛達を見てきます!」
「あぁ、頼む」
それぞれが多種多様な才を持つ伊織達の代が敵に回るとなると、どれだけ警戒してもし過ぎるということはない。
伝左衛門に行かせた後、残った榊はかつての教え子達の顔を頭に思い浮かべていた。離れているならまだしも、再び共に一年を過ごしたというのに、今回のことをまったく予見できなかったという自分の落ち度に反吐が出る。
「……くそっ」
眼下に見える火の手に、榊は悪態をついた後、頭を働かせた。
あんな派手な行動は、必要に迫られた際、最終的な撤退時に行われるべきもの。そうすれば、敵はそちらに気をとられ、追っ手がかかるにも時を稼ぐことができる。あるいは、陽動。自分は彼らにそう教えた。
火薬を減らすことが目的ならば、彼らならば学び舎にある煙硝蔵を爆破すればいい。雛達もいるのだから、対応としては一箇所ですむ。それなのに、わざわざ別の所を爆破したということは、あれは陽動に他ならない。
そして、いくら裏切り者であっても、彼らは忍び。忍びではなく、戦の最中でないにも関わらず、里人を無差別に殺めることは彼らの性分が許さない。
ということは、彼らの最終目標は、館か学び舎。
だが、館なのであれば、煙硝蔵を爆破するのは得策ではない。煙硝蔵の火消しへ館から大勢出払った隙に、館の煙硝蔵も爆破するという手があるというのは分かる。火薬の大量消失。大名であれば、被害は甚大、大層な痛手だろう。ただ、館にいる八咫烏も愚かではない。館の煙硝蔵にも即座に万全の警備をつけるだろう。
それに、忍びは本来、戦闘を行うのが本分ではない。火薬など保有しておらずとも大して問題はないのだ。必要に迫られるようなことがあれば、都度必要数を購入するか、侵入した先にあるものを使えばいいのだから。
忍びの本分は情報収集。そのために必要なのは、技術と……各地に赴いてなお不足ないだけの頭数。
つまり、彼らの最終目標は――学び舎だ。
さすがは彼らの代を、特に策を立てた左近と伊織の組を六年間見ていただけのことはある。その思考は、彼らが策を立てた時の筋道と大半が同じ。
ただ、どうしても見抜けない、というより理解できないことが一つだけ。
榊が伊織に問おうとして、遮られてしまった問いと同じものである。
――なぜ、お前達が。
こればかりは、いくら榊といえど、答えに辿り着くことはできなかった。
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