戦国乱世は暁知らず~忍びの者は暗躍す~

綾織 茅

文字の大きさ
109 / 117
第十四章―桜の下でさようなら

しおりを挟む


 時は僅かばかり巻き戻り、煙硝蔵が爆破されてから四半刻後。

 雛達の避難はあの音が聞こえてからすぐに開始され、例の地下室でそれぞれが身を寄せ合っている。

 幸か不幸か、入ったばかりの以の年以外、賊の襲撃には慣れていた。宗右衛門達も、もう取り乱したりなどしない。ただ、左近と隼人の姿がいつまで経っても見えないことだけが気がかりだったが、すでに賊退治に行っているのだろうと自分で自分を納得させた。

 そんな中、雛達の誘導を担当持ちの師達に任せ、伊織は学び舎の門前で中に背を向けて立っていた。その目は、眼下に続く山中をじっと見つめている。

 そこへ、榊と伝左衛門が建物の中から出てきた。


「雛達は全員避難させた」
「そうですか」


 伊織は視線を前に向けたまま振り返らず、言葉だけを返す。その声音で、心ここにあらずであることが二人にはすぐに分かった。

 
「お前達の代がお前以外見当たらないぞ。どうした」
「すでに俺以外は全員外に出しました。それぞれ役目を与えてあります」


 なんでもないことのように淡々と答える伊織。

 だが、二人が本当に聞きたいことは、それではない。


「……お菊が寝たまま、揺り動かしても目を覚まさなかった」
「仕方ないから、そのまま抱きかかえて運んだぞ」
「最近、年が変わったばかりで仕事が多かったので、疲れていたのかもしれませんね」


 確かに、お菊の仕事はこの時期、他の時期よりも倍以上に増える。彼女は一度気になったら妥協ができない部類の人間なので、自分の限界以上に頑張ってしまうところがあるのだ。

 ――しかし。


「どんなに疲れていても、揺り動かしても少しも起きる素振りを見せないなんてことはない。薬を盛られたんだ。他人に渡すはずがない与一のだ。だが、あいつじゃない。……お前だろ」

 
 伝左衛門が核心をついた後、寸の間、沈黙が走る。

 そして、伊織がふっと笑った。そのまま振り返り、二人と相対する。


「さすがです。もう見破られてしまった」


 行いを認める言葉が伊織の口から出た瞬間、榊は僅かに眉を顰める程度に留めたが、伝左衛門は怒りをあらわにした。握り拳を固め、東大寺の仁王像もかくやというほどの憤怒の表情で、伊織をめつける。

 この状況になって初めて二人が見た伊織の顔は、どこか穏やかで、腹に一物抱えていそうな者のソレには見えなかった。ただ、人間には上辺だけの顔もあるということを、忍びの世界に身を置く二人は嫌というほど知っている。

 榊は今にも伊織に襲いかかりそうになっている伝左衛門を押しとどめた。彼にはどうしても伊織に聞きたいことがあった。 


「伊織、お前……」
「お二人とも、すみません。残念ですが、俺の相手は貴方がたではないんです」


 伊織は榊の言葉を遮るように言葉を被せ、門の壁を叩いた。すると、そこが開き、中には門の屋根に続く紐が伸びている。それを引っ張ると、屋根の天井板がさらに開き、白煙が飛び出してきた。

 その白煙に紛れ、伊織が煙の向こう、学び舎の外へと消え去っていく。


「待て! 伊織っ!」


 この仕掛けは二人も知らなかったが、十中八九というより絶対に左近が仕掛けたものである。だとすると、煙の成分が人体に無害なものとは言い切れない。

 煙は屋根伝いに門を覆い隠すように充満しているため、二人は塀の方に回り、人馬で榊が塀の上に飛び上がった。


「どこへ行った?」
「俺、雛達を見てきます!」
「あぁ、頼む」


 それぞれが多種多様な才を持つ伊織達の代が敵に回るとなると、どれだけ警戒してもし過ぎるということはない。

 伝左衛門に行かせた後、残った榊はかつての教え子達の顔を頭に思い浮かべていた。離れているならまだしも、再び共に一年を過ごしたというのに、今回のことをまったく予見できなかったという自分の落ち度に反吐へどが出る。


「……くそっ」


 眼下に見える火の手に、榊は悪態をついた後、頭を働かせた。


 あんな派手な行動は、必要に迫られた際、最終的な撤退時に行われるべきもの。そうすれば、敵はそちらに気をとられ、追っ手がかかるにも時を稼ぐことができる。あるいは、陽動。自分は彼らにそう教えた。

 火薬を減らすことが目的ならば、彼らならば学び舎にある煙硝蔵を爆破すればいい。雛達もいるのだから、対応としては一箇所ですむ。それなのに、わざわざ別の所を爆破したということは、あれは陽動に他ならない。

 そして、いくら裏切り者であっても、彼らは忍び。忍びではなく、戦の最中でないにも関わらず、里人を無差別に殺めることは彼らの性分が許さない。

 ということは、彼らの最終目標は、館か学び舎。

 だが、館なのであれば、煙硝蔵を爆破するのは得策ではない。煙硝蔵の火消しへ館から大勢出払った隙に、館の煙硝蔵も爆破するという手があるというのは分かる。火薬の大量消失。大名であれば、被害は甚大、大層な痛手だろう。ただ、館にいる八咫烏も愚かではない。館の煙硝蔵にも即座に万全の警備をつけるだろう。

 それに、忍びは本来、戦闘を行うのが本分ではない。火薬など保有しておらずとも大して問題はないのだ。必要に迫られるようなことがあれば、都度必要数を購入するか、侵入した先にあるものを使えばいいのだから。

 忍びの本分は情報収集。そのために必要なのは、技術と……各地におもいてなお不足ないだけの頭数。

 つまり、彼らの最終目標は――学び舎ここだ。


 さすがは彼らの代を、特に策を立てた左近と伊織の組を六年間見ていただけのことはある。その思考は、彼らが策を立てた時の筋道と大半が同じ。

 ただ、どうしても見抜けない、というより理解できないことが一つだけ。
 榊が伊織に問おうとして、遮られてしまった問いと同じものである。


 ――なぜ、お前達が。


 こればかりは、いくら榊といえど、答えに辿たどり着くことはできなかった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...