戦国乱世は暁知らず~忍びの者は暗躍す~

綾織 茅

文字の大きさ
112 / 117
第十四章―桜の下でさようなら

しおりを挟む


 先を急ぐ庄八郎達にも、疲労の色が見え始めていた。

 ここまで戦闘らしい戦闘はしていないものの、ほぼ立ち止まることなく駆け続けている。それに加え、様々な心理的要因も彼らに普段以上の疲労を感じさせていた。

 それでも駆け続けていると、ガサガサと葉を揺らす音が前方、道の脇から聞こえてきた。ぬっと顔を見せたのは、この山中で見かける中でも一、二番目に年嵩としかさの狼達。もちろん、隼人の子飼いの狼達だ。二匹は隼人が雛の時分に猟師からもらわれ、一番最初に育て始めた狼達でもある。

 彼らがここにいるのだから、主も傍にいるだろう。現に、彼らは庄八郎達の方をじっと見て、その場に留まっている。

 庄八郎達も足を止め、周囲に視線を張り巡らせた。

 
「なんだ、お前達。もう疲れたのか? ぼけっとしてると学び舎の門が落ちるぞ」


 とんっと木の枝を軽快に蹴った人影――隼人が、地面にひらりと舞い降りてきた。腰に片手を当てると、頭上から鷹が一羽舞い降りてきて、隼人の肩に留まる。その鷹の背を撫でてやりながら、にやりと隼人は笑った。

 庄八郎達が苦無を握る手に力をこめていると、またも頭上から声がした。それも、後方から。

 
「背後には気をつけろ。俺はいつもそう言ってなかったか?」


 その声がしてすぐ、火縄銃の弾が庄八郎達が立っている場所のすぐ後ろに打ち込まれた。庄八郎達は背中合わせになり、前方の隼人、後方の火縄銃の打ち方――慎太郎の攻撃に備える。

 しかし、この場で待ち構えていたのは隼人と慎太郎の二人だけではなかった。


「ほらほら。そのままでいると、慣れていない身体には毒が回っちゃうよぉー? しかも、風向きは君達側」
「……っ!」
「三人だけじゃない。僕も忘れてもらっちゃ困るな」


 隼人の後方から、左近と与一も姿を見せた。

 与一は隼人や狼達よりも前に出てきて、持っていた小筒の蓋を親指の先で弾いて開ける。中から何かが出てきた様子は見受けられなかったが、きっと暗闇では見えづらいほどの細かい粒子状の薬なのかもしれない。その上、本人曰く、毒。彼が毒と言うのであれば、相当の効き目であることは疑いようがない。

 一方、左近はその場から動かず、弛んだ糸を両手の指に絡ませている。その糸も月明りに反射して先が続いているのが分かるが、どこまで伸びているのか、様々な方向に続いていた。

 
「先輩っ! 嘘でしょう? いつもみたいに、ふざけて……っ」
「俺達は本気だ。お前達の敵。……ほら、八咫烏の敵にはどう対処をする?」
「……っ!」


 ここまで来る間に、同胞達が何度も言われただろうことに、隼人は冷たく突き放して答えた。そして、空に鷹を放つ。どういう意図があるのか分からないが、鷹は数度旋回した後、学び舎の方へと飛び去って行った。

 さらに、与一によって撒かれた毒のせいか、手足がしびれているような気がし始めた。この中で毒への耐性が最低限でもついているのは、倫太郎と瀧右衛門、そして、庄八郎の三人だけ。与一が他にどんな薬を懐に忍ばせているか分からない以上、対応できる者は限られている。

 そして、伊織達の代で残るは伊織のみ。庄八郎と、学び舎への報告要員としてあと一人、この先に行くことができればいい。単純な引き算だ。残りは全員この場に留まり、彼らをこの場で止める。
 それが頭では分かっているのに、庄八郎も、彼に次ぐ年次の倫太郎も、即座に行動に移せずにいた。


「遅い。迷うな」
「仇なす者は皆、排除すべし。お前らにもそう教えただろうが」


 皮肉にも、慎太郎と隼人の言葉が彼らの背を押す。

 それぞれが隼人達と苦無を交える中、庄八郎と庄八郎の近くにいた後輩の一人がその合間を縫い、この場を駆け抜けた。

 どちらかが命を落とす。それが分かっているから、その後輩は後ろを振り返ろうとする。しかし、振り向きかけたところでやめた。それはどちらにも失礼な行為だと、寸でのところで気づいたからだ。死を予期して行われる行為など、相手の力量を見くびっているのと同じこと。そんなこと、八咫烏になり立ての自分がやっていいはずがない。

 結局、去り行く彼ができたのは、前を行く庄八郎の背を必死で追いかけることだけだった。

 

 死に物狂いとはこういう状況を言うのかもしれない。

 庄八郎達を送り出してもうすぐで四半刻か、半刻か。時間の感覚すら薄れてきた。

 伊織達の代が、情報戦ではなく、実戦を必要とする場に多く出されてきた訳が理解できた。今まで一緒にやってきた鍛錬はなんだったのかと思うほど、巧みに自分達の持ち味を発揮され、倫太郎達は苦戦を強いられている。

 隼人と狼達が場を攪乱かくらんし、与一と左近が罠と慎太郎の射程範囲に誘い込み、慎太郎が的確に弾を打ち込む。見事な連携技だ。さすがはお互いによく理解している面子。息も揃っている。

 しかし、その連携技もふとした瞬間にほころびが僅かに生まれた。狼達二匹が後輩達によって仕留められたのだ。悲し気に目を細め、寸の間見つめていた隼人だったが、それ以降、その二匹の方は見なかった。

 そして、後輩達の体力も限界に近づいてきていた。それを察した左近と与一がわざと・・・隙を見せる。この後、一撃を見舞われた左近と与一がその傷を庇い、後方に退いて次の段階に移る手筈てはずだった。

 ――だが。


「左近っ!」
「どけっ!」
「「……っ」」


 隼人と慎太郎がそれぞれ左近と与一が間に入り、代わりに傷を受けた。しかも、距離が近かったために、その傷も深い。刺した本人達だけでなく、後ろにいた左近と与一にも、彼らの身体からほとばしった鮮血が降りかかった。

 左近と与一は、刺した相手が倫太郎や右京ではないことを確認し、二人の身体を担ぎ上げた。そのまま予定通り後方に後退し、そっと二人の身体を木の幹に寄りかからせる。

 まだ息はあるが、この血の量だ。助からない。それに、端から助かるつもりもない。
 
 二人が間に入ったのは予定外だったが、日頃の彼らの関係性を考えると、それも無理からぬことであったと言えよう。自然と身体が動いたのだ。頭で考えたのではない。咄嗟とっさの行動だった。

 隼人と慎太郎はふっと笑った後、ゆっくりと目を閉じていく。自分達の役目は無事に果たされたと言わんばかりに。


「……待っててね」
「僕達も、すぐに追いかけるから」


 左近と与一も、自分達に任された役目を完遂すべく、その場を離れた。

 二人は道の脇にある大岩の横に立つと、その岩にくくり付けられた紐を指さす。

 
「この紐、どこに繋がっていると思う?」
「どこって……」


 自身も傷だらけになっている倫太郎の顔に、改めて焦りが浮かぶ。

 紐がどこまで伸びているかは分からないが、いずれにしても、八咫烏の里内であることは間違いない。そして、仕掛けたのは、当然、左近自身。どのようなものにしろ、今までに見たことがないのだから、今回のために仕掛けたものである。どんな代物なのか、想像も及ばない。

 右京や瀧右衛門など他の後輩達もそれは同様のようで、今一歩踏み込めずにいた。

 左近はそんな後輩達の様子を見て、にこりと笑う。


「この紐を引けば、仕掛けていた火薬が爆発して、連鎖的に学び舎内の地上にある建物は全て崩壊する」
「えっ!?」
「これが最終的に意味すること、分かるよね?」
「分かるよねって……分かりたくないですよっ! そんなことっ!」


 それはつまり、地下に続く階段も下手をすると崩落する危険があるということだ。そうなると、今頃地下に避難しているだろう雛達は生き埋めになってしまう。いくら地下にも食料などの蓄えがあるとはいえ、それも決してずっとというわけにはいかない。いずれ尽きる日も来る。


「嘘でしょう!?」
「宗右衛門達だっているんですよ!?」
「だから? 僕達は君達の敵なんだから、関係ないよね?」
「……っ!」


 左近が笑みを浮かべたまま口にした言葉は、あんなに大事に育てていた雛達が命を落とすことになっても構わないと言っているようなものである。

 もうこれ以上、左近達の口から何も聞きたくなかった。宗右衛門達のためにも。そして、彼らと過ごした自分達の思い出のためにも。自分達の知る、とんでもなく傍迷惑だが、目指すべき背をいつも示してくれていた彼らだけを覚えていたかった。

 散らばった皆が、苦無を構え、一斉に二人に飛びかかる。

 今にも紐を引きそうだった左近は、結局のところ、その紐に手を伸ばすことすらしなかった。


「……それでいい」
「偉い、偉い」


 二人は、四方八方から迫りくる苦無を全て身に受けた。一切の抵抗なく。

 苦無が身体から抜かれ、彼らが地面にくずおれると同時に、体力的にも精神的にも限界が来ていた後輩達も同じように地面にへたり込んだ。血に塗れた苦無を握りしめ、呆然として。今までのが何だったのかと思うほど呆気ない幕引きにか、自分達が殺めたのだという事実に対する逃避からか、その両方か。おそらく、三つ目の理由からであろう。

 
 倫太郎と右京は互いに視線をやる。結局のところ、自分達は最後の最後まで彼らのてのひらの上で転がされていたわけだ。

 今、思い返してみれば、四人で集団戦を図ってきた時も、鍛錬とは桁違いの本気さが垣間見えていたが、本当に本気ならばこんなに長引いてはいない。四半刻ともたずに自分達は皆殺しにあっているだろう。火縄銃の名手の弾が急所に一発も当たっていない時点で気づくべきだったのだ。


 そして、つい三月前までは雛であった後輩達が、初めて手にかけた相手に、声もなく涙する姿が目に入る。その震える背を見て、とある仮説が倫太郎の脳裏をにわかによぎった。


 ――もしかして、もしかすると。


 倫太郎は目を大きく見開き、自分達が今まで駆けてきた道を勢いよく振り返った。


 ――この仮説が正しければ、自分達は……。


「……っ!」


 一人、その場を離れた倫太郎は、木の幹に拳を強く打ち付けた。体位を変え、背をずるずると幹に沿って滑らせて地面にしゃがみ込む。そして、両手で顔を覆い、彼らを思ってむせび泣いた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...