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夏といえばアレ
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しおりを挟むこわい。つらい。こわい。
最初こそ涙目で頑張ってたけど、その頑張る元気すらも危うい。
「それでな? 言ったんだ。俺が死んでるんじゃない……お前が死んでるんだ、ってな」
ジジッと灯っていたロウソクの火が、フッとまた一つ消された。
私、思うんだよ。
怪談って涼しくなるためにするって言うじゃん? でもさ、こんな百本もロウソクつけて、余計暑くなってるじゃない。しかも、大広間とはいえ、人が集まりすぎて蒸し暑い。それだと本末転倒な気がしてこない? するよねぇ?
「次は誰だぁー?」
「ねぇ、かいとぉー。もぉーやめよーよぉー」
「何言ってんだよ。これから、これから」
こういう時に限って夏生さんは何も言わない。むしろ、ある程度静かになっていいとさえ思ってる節がある。
「だいじょうぶ。こわいとき、みみ、ふさぐ」
「んー」
劉さんのお膝に座り、背中をぴったりと彼の身体にくっつけた。
「そんなに怖いんだったら、チビもなんか話したら? 少なくとも一話分はそれで済むでしょ」
薫くんが出してくれた助け舟は確かに一理ある。
でも、日頃から怖い話を避けている私が知っている怖い話なんて……あ、あった! アレも私にとっては十分怖い話だ。
「わかった。じゃあ、わたし、おはなししましゅ。……あれはついこのあいだのことでした」
そう、ついこの間、実際に起きた出来事なのである。
その日、私はトイレに行きたくなって夜中に目が覚めたのだ。
お風呂あがりに飲んだジュースがいけなかった、と反省しても膀胱は我慢をしてはくれない。
夜のトイレは廊下が暗くて、一人では行けなかったから綾芽を起こして一緒についてきてもらった。
ついでに行ってくるわ、と外で待っているように言われ、大人しく待っていた時のこと。
ボソボソボソ
どこからか、小さな声で何かを言っている声が聞こえてきた。
ここから一番近い部屋は薫くんの部屋だけど、彼はもう夢の中だろう。
彼の朝は早い。仕込みが終わればさっさと寝ていると言っていたし、こんな夜更けに誰かと話すこともない。
現に、障子の向こうに灯りはついていなかった。
私は急に背筋が寒くなってくるのを感じた。
セクハラでもいい。見なければいい。というか、もう裸の付き合いはお風呂で済ませている! と開き直ってトイレの中にいる綾芽の所へ駆け込もうかと思っていた時だった。
大広間の襖の隙間から光が漏れているのを見つけた。
なーんだ。誰かまだ起きてる人がいて、その人達が他の人に配慮して小さな声で話してるんだ。
灯りがついている所があり、そこから人の声がする。
それが分かっただけで、私はホッと一安心できた。
そんな時、おまたせーと綾芽がトイレから出てきた。
そしてそのまま、二人で暗い廊下を通り、部屋に戻って再び眠りについた。
「ねるまえは、すいぶんちゅういでしゅ」
本当、廊下にも電気のスイッチをつけてくれませんかね?
できれば、大人用と子供用の高さ二つで頼んます。
私はろうそくをフッと一つ吹き消した。
夜の闇が怖いって変わり種だけど、これも怖い話には変わりない。対象が皆とは違っただけで。
でも、これで一つ終わった!
ろうそくはまだまだあるけど、終わりには着実に近づいてる。
……ん? 何で皆、表情削げ落ちた能面みたいになってるの?
「おい。怖い怖い言ってたくせに、お前が一番最悪な話してんじゃねーかよ」
「え?」
海斗さんが口元をヒクつかせながら私の頭を掻き撫ぜた。
「……僕、明日の仕込みがあるから……って、危なっ!」
薫くんが立ち上がる時に前のめりになりかけた。傍にいたおじさんが受け止めてくれたおかげで転ぶことはなかったけれど、薫くんはおかんむりだ。
なんだなんだとよく見ると、綾芽が薫くんの服の裾を手で踏んでいた。もちろん、その手をどかす気配はない。
「ちょっと綾芽、邪魔!」
「どこ行くん。仕込みは終わったはずやろ?」
「思い出したものがあるんだよ。だからこの手、さっさとどけて」
「これが終わった後、みんなで手伝えばえぇやん。最後まで参加したってや」
終いには海斗さんが薫くんを羽交い絞めにしていた。
みんな、どうしたってのさ?
「おい、チビ。お前が見たのは何時でどこの大広間だ」
「え? えっと……ここで、いっしゅうかんまえの、たしか、にじす、ぎ……」
私は夏生さんの言葉に答えつつ、夏生さんが指さす方へ眼を向けた。
そこに書かれたものに目を通していくうちに、自然と汗がつぅーっと背中を垂れていくのが分かった。
屋敷の中には大広間が二つ、客間が一つある。
その大広間のうちの一つ、今、私も含めた皆がいるこの大広間には、鴨居にここでのルールが書かれたものが夏生さんによってかけられている。最近では至る所に読み仮名が振られたものに様変わりしてはいるが。
そのルールのうちの一つ。
“緊急時を除き、深夜零時を過ぎてからの大広間の使用を禁ズ”
あの日、私の膀胱が緊急時を迎えていたこと以外、何も緊急なことなどない穏やかな日だった。
なのに、大広間の明かりがついていた。深夜零時を二時間も過ぎた深夜二時に。
頭が理解した瞬間、私の行動は早かった。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」
なんでなんでなんで! どうしてどうしてどうして!
「おじちゃま! それともおじちゃま!?」
「い、いや。違う」
「そうだったら……いいよなぁ……ははっ」
そんな枯れ果てた笑みなんか全然嬉しくない!
おじさん達はお互いの顔色を窺っているが、自分だと名乗りをあげるものは皆無だ。
分かった。分かったよ。
この中にルールを守らなかった人がいて、夏生さんに怒られるのが怖いんでしょ?
今、名乗りを上げたら、私も一緒に謝ってあげるから。出血大サービスで私のおやつもあげるから。
それでもやはり、誰も名乗りでない。むしろ、皆、顔が青ざめてきた。
「……こりゃ、マジもんだな」
海斗さん、その判定、やめてーーーーー!
「もーやだーっ!」
「あっ」
劉さんの手を押しのけて、襖をスパーンと開いた。
するとそこには、夥しいほどの血飛沫がとんだ白衣を着た巳鶴さんが立っていた。
至近距離で立たれると、当然、その血塗れの白衣の方が先に目に入ってくる。
そして、今回はタイミング的にも悪かったけど、持っているものも危うかった。
「ちまみれ……かま……」
フッと意識を飛ばす前に聞こえてきたのは
「ちょっ! チビ!?」
「おい、巳鶴さん! あんたなんでそんな血みどろなんだ!?」
「しかも、鎌て……何してはったん?」
皆の慌てた声だった。
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