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〇〇喧嘩は犬も食わない
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衝撃の事実が判明してから日は経ち、残暑から秋の夜長が世間の時季の挨拶に移り変わる頃。
みなさん、いかがお過ごしでしょう?
私はというと、すごく大人しく日々を過ごしている。
夏生さんなんか、私が変なものを食べたんじゃないかと、巳鶴さんに再三に渡ってしっかり診てくれるように言っているのを見かけた。
……変なものなんか食べないのに、信用ないなぁ。
薫くんのご飯におやつという美味しいものがあるのに、変なものを食べる必要があるもんか。
お母さんも言っていたけど、こっちの世界だったらまだ安心できる。だけど、絶対じゃない。だからこそ、せっかく人が大人しーくしてるって言うのに。
えぇい! 開き直って暴れてやろうかなっ!?
……あぁ、それにしても、今日も今日とて。
「ひーまー」
綾芽達は朝からお仕事で出かけている。薫くんは遠くに買い出し。巳鶴さんはなにやら怪しげな実験。屋敷に残っている人達も最低限だから、皆、何かと雑務を黙々とこなしている。
かれこれ一時間近く続けた庭の草むしりにも段々飽きてきた。
「ひまよー、ひまひまー」
褐色のススキのような雑草に手をかけた時。
……あ。いいこと思いついた!
私の頭の中に、とある行事が浮かんだ。奇しくも、当日まであと僅か。
絶妙なタイミングで思い出せて良かったぁ。
片付けもそこそこに、いそいそと自分の部屋へ舞い戻った。
綾芽にもらった色鉛筆と紙を私専用の箱から取り出し、机の上に置く。
準備、よし! いざ、参ります!
……十五夜、お月見、計画、っと。
へったくそな字ぃやなぁ。これはないな。やり直しやり直し。
この東の決まり事の一つに、何か行事というか催し事をやる時は、原則書類を書いて夏生さんに許可をもらわなければならないというものがある。
実家の神社でやってた観月祭みたいな大がかりなものはできないけど、それっぽいのはやっておきたいところ。
ただ、私や皆を震撼させた例の百物語も夏生さんの許可の上かと思うと、やってくれたな感が半端ない。
まぁ、今回は月を見ながらお団子食べるものだから、ほのぼの行事で終われるだろう。
「うーさぎうさぎ。なにみてはねる。じゅうごーやおーつきさーま、みてはーねーるー」
フンフンと鼻息交じりに十五夜の唄も歌ってみる。
えぇっと、お月見にいるのは何だったっけ?
忘れちゃいけないお月見団子、里芋に、梨、葡萄、後は……あぁ、三方もいるか。
三方っていうのは、よく絵とかでお月見団子をのせている白木の台がついた器のことなんだけど、ここにあるかなぁ? なかったらお皿に和紙をひいてとかでもいいけど、なんか気分的にこれじゃない感は漂うんだよね。
花より団子、月より団子。
……ちゃんとお月様も見るからいいんです。
最後に、月とウサギの絵を描いて。
「かんせーい!」
さぁ、後は夏生さんが帰ってくるのを待つだけだ。
それから二時間後。
門の方から賑やかな声がしてきた。
「つーかーれたー!」
この声は……。
「うるせぇ!」
「いって!」
海斗さんてば、まーた夏生さんに怒られてる。元気が良すぎるのも困ったもんだ。
書き上げた計画書を持って、サササッと玄関へ。
玄関の引き戸が開けられる前に、代わりに私が開けてお出迎え。
「おっかえりー!」
「うおっ!」
お帰りのハグのトップバッターは海斗さんだった。私が腰に手を回すと、海斗さんが屈んで私の脇下から手を入れ、抱き上げてくれた。
ねぇね、計画書。見て見てー。
「ん? なんだなんだ?」
「ふぅん。お月見かぁ」
「そういえば、今年は満月らしいな」
「お月見って満月の時にするんじゃねぇの?」
「中秋の名月っていや、十五夜だろ? その名月も毎年満月じゃないんだと。だから今年は貴重らしい」
「ほー」
うんうん、なかなか興味がおありで結構結構。
海斗さんの周りにいたおじさん達もわらわらと集まってきて、私が持っている紙を覗き込んでくる。
「でもよ、チビ助。お前の場合、月見じゃなくて、団子が食いてぇだけだろ」
「ち、ちがうね」
「目が泳いでんぞ」
演技だよ、演技。これが見抜けないなんて、まだまだダメね。
そのまま夏生さんのお部屋に直行。
沸かしてあったお風呂に順に入って、最後に綾芽が部屋に入ってきた。
「で? 月見だぁ?」
「あい。おつきみ、しましょー」
ホワホワ良い匂いがする綾芽の膝の上にお座り。綾芽も私の肩に顎を乗っけてきた。
「月見っつったって、団子食うだけだろ」
「みんなでおつきさまみる! おだんごたべる! それがたのしー!」
「楽しい、かぁ?」
夏生さん、分かってないなぁ。
季節の行事を皆でやるからこそ楽しいんだよ!
「いーんじゃねーの? とんでもねー事しでかそーってわけでもねーんだし。な?」
「普段は聞き分けの良いえぇ子なんやし。これくらいのワガママ、えぇんとちゃいます?」
そうそう! 私、普段は良い子!
せっかくの海斗さんと綾芽からの援護射撃。無駄にするわけにはいかない。
計画書を両手で持って立ち上がり、夏生さんの横へ立つ。夏生さんが顔をこちらに向けてきたら、もうしめたもの。
「ダメ、でしゅか?」
コテンと首を斜め四十五度で傾げるとなお良し。ここで重要なのはあざと過ぎず、かつ、押しは強めに。
「……好きにしろ」
やった! 許可、いただいちゃったよ!
夏生さんは計画書を受理済みのボックスに投げ入れた。
私はというと、綾芽と海斗さんの方を向いてVサイン。まだ始まってもいないのに、すでに一仕事やりとげた感が半端なかった。
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