ひよっこ神様異世界謳歌記

綾織 茅

文字の大きさ
133 / 314
起こしてはならぬモノ

8

しおりを挟む

◇ ◇ ◇ ◇


 部屋のすみで体育座りを始めたのが小一時間前のこと。

 目の前のたたみの上にはお菓子が入った丸い木箱が置いてある。

 お菓子で懐柔かいじゅうしようったってそうはいかない。オネェさんの時に痛い目見たばっかりだから。
 ……そういえば、あの時のアメちゃんファミリーパック! 返してもらってない!


「いらないの?」
「べー」
「……可愛くない」


 い、痛い痛い痛いぃっ!

 お兄さんが力の加減をまるっと無視してほおをつねってくる。

 皇彼方はどこかへ行っちゃったから部屋には私とお兄さんだけ。必然的にお兄さんを止める人は誰もいない。


「はにゃしぇっ!」


 渾身こんしんの力で手を払った。

 うぅ、痛い。これ、絶対赤くなってるやつ。

 うりゅうりゅと頬を両手で挟んで撫でくりまわした。


「ちからのかげんかんがえて!」
「……これ位で泣くの?」
「な、ないてな、い……ズッ」


 泣いてない。こんなことで泣くもんか。

 私を誰だと思ってる。
 都の治安を守る東の部隊の一員ぞ?

 こんなことで……やっぱり痛いぃ。


「あやめぇー」


 ひたい膝小僧ひざこぞうにつけ、顔を隠した。

 お兄さんが立ち上がる気配がして、その少し後にふすまを開け閉めする音がした。

 もう戻ってこなければいい。

 そしてしばらくすると、泣き疲れてゆっくりと微睡まどろみの時間を迎え、いつの間にか眠りに落ちていた。





 ここはどこだろう?
 山? それに洞窟どうくつみたいなあながある。

 一度も見たことのない景色に辺りをよくよく見渡した。

 近くを人が通ったけれど、小さいからかそれとも姿が見えないようになっているのか、誰も気がつかない。


「鉄之助っ!」


 聞き覚えのある声が穴の中から聞こえてきた。この声は……お兄さんだ。

 穴の入り口に駆け寄って、中をそおっとのぞいてみる。お兄さんが地面に座り、横になっている誰かを抱き抱えている姿があった。


「……何が人のためだ、国のためだ。お前達は結局、自分の都合の良いように生きたいだけじゃないかっ!」
「あっ!」


 お兄さんが懐から取り出した鈍く光る短刀の刃が、お兄さんの胸を突く。


「……奏おね、ちゃ。うそ……つ……」


 お兄さんの体が前に崩れ落ちた。

 分かった。
 これはお兄さんの過去だ。お兄さんが命を落とした時の。

 すると、やはりというか、もう一人と折り重なるようにして地面に横たわっているお兄さんの背後に皇彼方が現れた。


「久しぶりだね、栄太。早速だけど、僕とおいでよ。奏にもう一度会いたいんだろう? まぁ、行かないと言っても連れて行くけどね。……彼は……ふぅん。あの男の小姓こしょうか。でもま、奏がいた頃にはいなかったからね。やっぱり君だけでいいよ」


 そう言って、皇彼方はお兄さんの体をかつぎあげた。


「だめ!」


 穴の入り口から出ようとする皇彼方を通せんぼして通さないようにした。
 絶対、絶対にここを通しちゃいけない。

 でも、皇彼方はなんなくその横をすり抜けていった。

 横を・・、すり抜けていった。

 そして、さらにフッと軽く笑う声が上から聞こえてきた。

 気づいている。
 気づいてるんだ、この男!


「まって!」


 去っていこうとする皇彼方の背にさけんだ。


「ダメだよ。歴史を変えちゃ。君とはまだ初めましてと言ってはいけないんだから」
「おーぼーだっ!」
「どうして?」
「だって、じぶんだってかえようとしてるじゃない!」
「僕が?」
「だってもし、あなたがいまここにいるのなら、そんなこといえるはずないんだから!」


 この時を生きているのであれば、お兄さんの過去で出会った皇彼方からそんなセリフがでてくるはずがない。

 そして、初めましてと言われたあの時、本当はそうでないことをこの人自身は分かっていたとしても、この人は初めましてと言うだろう。

 ということは、少なくとも一度は未来で私と出会い、過去に戻って今ここにいる。

 私自身どうしてこんなことができたのか分からないけれど、きっとこれも神様の力なのかもしれない。

 でも、だったらこの人は何者なんだ。
 奏様の兄というからには、鬼、なんだろう、けど。


「……フフッ。君は賢いのか、それともそれを突き抜けておろかなのか分からないね。でも、ここで君が止めること自体が歴史を変えることになるとは考えない?」
「それは……」
「それに、ただ彼岸ひがんに向かうだけの人間を、奏がいつまでも追うとは限らない。だから、これはいわば人助けなんだよ。彼には感謝されてしかるべきなくらいだ」
「かなでさまがそんなことのぞんでなかったとしても!?」
「君は分かってないね。彼はそれでもあの子に会いたかったんだよ。たとえ、あの子にうらまれようと、ね。まぁ、自己中心的な考えと言われればそれまでなんだけど。人間らしくていいだろう?」
「……それであなたはまんぞく?」
「あぁ、もちろん。結果的に奏が約束を忘れずにいてくれるなら」


 ……この人をこうまで突き動かすその約束。
 この人と奏様が顔を合わせた時の奏様の様子を見る限り、良いものではないことぐらい分かる。

 けど、一度、ちゃんと聞いてみないといけないかもしれない。
 この人が、その約束とやらを周りの人を巻き込んでまで果たすつもりなら。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。 そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。 そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。  「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」 オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く! ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。 いざ……はじまり、はじまり……。 ※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

幼馴染パーティーから追放された冒険者~所持していたユニークスキルは限界突破でした~レベル1から始まる成り上がりストーリー

すもも太郎
ファンタジー
 この世界は個人ごとにレベルの上限が決まっていて、それが本人の資質として死ぬまで変えられません。(伝説の勇者でレベル65)  主人公テイジンは能力を封印されて生まれた。それはレベルキャップ1という特大のハンデだったが、それ故に幼馴染パーティーとの冒険によって莫大な経験値を積み上げる事が出来ていた。(ギャップボーナス最大化状態)  しかし、レベルは1から一切上がらないまま、免許の更新期限が過ぎてギルドを首になり絶望する。  命を投げ出す決意で訪れた死と再生の洞窟でテイジンの封印が解け、ユニークスキル”限界突破”を手にする。その後、自分の力を知らず知らずに発揮していき、周囲を驚かせながらも一人旅をつづけようとするが‥‥ ※1話1500文字くらいで書いております

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

異世界に召喚されたけど、戦えないので牧場経営します~勝手に集まってくる動物達が、みんな普通じゃないんだけど!?~

黒蓬
ファンタジー
白石悠真は、ある日突然異世界へ召喚される。しかし、特別なスキルとして授かったのは「牧場経営」。戦えない彼は、与えられた土地で牧場を経営し、食料面での貢献を望まれる。ところが、彼の牧場には不思議な動物たちが次々と集まってきて――!? 異世界でのんびり牧場ライフ、始まります!

処理中です...