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湯けむり道中は珍道中?
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しおりを挟むそれから約二時間半後。
途中で小休憩を入れながらようやく目的地の温泉街へ到着だ。別の車だった巳鶴さんや薫くん達とも合流した。
「ん? どうして涙目なんですか?」
会いたかったよ、巳鶴さぁーん!
巳鶴さんの後ろに回り込んで、綾芽の方をジトッと睨みつけた。
「……いじめられた……あやめに」
「そんな泣かんでもえぇやん。……悪かった思うてます」
「まったく」
巳鶴さんは溜息をついて、よしよしと私の頭を擦ってくれた。
「どんな意地悪をされたんですか?」
「お、おやどに、でるって……その、ゆーれいが」
「大丈夫です。貴女に危害が加わるような力の強いモノは先にお父上が排除してくださいますよ」
そ、それ、周りは全然大丈夫じゃないやつですよねー!
分かってると思うけど、瑠衣さんとかも来るんだからね!?
……分かってるよね!?
「おい! なにしてやがる! さっさと来い!」
向こうから夏生さんの怒鳴り声が聞こえてきた。
そちらの方を見ると、もう夏生さんは件の宿の入り口に立っている。
その隣に立っている笑顔のお婆さんは……生きてる人、だよね?
ダメだ。綾芽のせいで、そこにいる人みんな生きてるか死んでるか分からなくなってきたぞ、おい。
綾芽さんよぅ、この罪は重いぞ!
「さ、お待ちのようですし、行きましょうか」
「あ、あい」
あ、あんまり行きたくなくなってきたなぁ。
綾芽はすぐに面白がるから、左に巳鶴さん、右に隣を歩いていた劉さんの手をすかさず掴み、そろそろ本当に鬼の角が生えてきそうな夏生さんの元へと重い足を動かした。
「遠いところ、ようお越しくださいました。私はこの保井香楼の大女将でございます」
む。な、なんだか美味しそうなお名前の宿ですね。
この名前をつけた人とぜひ小一時間ほど話をしたいけど、この宿の佇まいからしていかにもな老舗高級旅館。きっとお呼びしたらこの世じゃないとこからお出ましになりそうだからやめておこう。
「ちなみに、中華の回鍋肉が名物というわけではございません」
「ほっ」
私、よだれ出し……てないね。良かった。
……なにさ? みんなしてこっち見るなんて。
「どーしてそんななまえなんでしゅ……なんですか?」
「ふふっ。それはね、この旅館を作った人が、その時この辺りで一番偉かった方からいただいたありがたいお香が名前の由来になったのですって」
「へぇー」
その時に回鍋肉が一般的に知られていたかは分からないけど、もし知られていなかったとしたら、今頃その初代のご主人は頭を抱えていそうだね。
せっかく宿の名も含めて大事にしてきたのに、連想されるのが別の物だなんて。なんかちょっぴり可哀想。
「ささ、お部屋の支度は整っております。中へどうぞ」
「あぁ。待たせて悪かったな」
「いえいえ」
大女将のお婆さんの案内で私達は旅館の中へ足を踏み入れた。
お宿の中は少し前に改修工事をしたばかりらしく、とても綺麗で、調度品の一つ一つにも気を使ってある。
綾芽が出る出るって脅すからてっきりその、趣深い! そう、趣深い佇まいのお宿なのかと思っていたけど、見た目は全然そんなことなかったからちょっとだけ安心した。
気難しいひいおばあちゃんも一目で気に入りそうなお宿だ。
「本日から貸切となりますので、日頃のお疲れを存分にお取りください」
「貸切!? やったな、雅!」
「だからって羽目を外していい理由にはならないよね?」
後ろからついてきている薫くんが私達にきっちり釘を刺してきた。
「なんだよ、薫。せっかく雅のテンションを上げてやろうとしてるってのによー」
「騒ぎまくって、結局後で夏生さん達に怒られることになるんだったら、どっちにしろ一緒でしょ」
「ちぇー」
薫くん、ご心配なく。やらなきゃいけない事がいっぱいあり過ぎて、はしゃぎ過ぎる時間なんてないんだよ。
だから、はしゃいで怒られるのは海斗さんだけだから。
まぁ、私も普通にしててもうるさいって怒られるんだけどね!
……ってことは、存在自体がうるさいってこと? 解せぬ。
「先にお一人男性の方がお見えでしたので、お部屋にお通ししてございますが、お部屋割りなどはお済みでしょうか?」
「だんせい?」
「別に来る男は一人しかいねーだろ。黒木の奴、もう着いたのか」
「え!? うそ!?」
計画が初っ端から崩れるんですけど!?
困る! 大いに困るよ!?
「だから言っただろうが。そんな穴だらけでって。そもそも計画事が計画通りに行くと思う方が大間違いなんだよ」
「だってー」
どうしよう、どうしよう! え、どうすべき!?
「まぁまぁ、少し落ち着きぃ。ようはあれや。当初の予定通りになるまで黒木さんがここにおることを知らんかったらえぇんと違う?」
「それだ!」
さすが綾芽。
いつも夏生さんのお説教をかいくぐる作戦考えてるだけあるね!
とりあえず、瑠衣さんが来るのはおやつの時間くらい。
計画でいくと、宿の中を少し見て回って、私と瑠衣さんは夕食前のお散歩に出る。
その間のバッティングさえなければなんとか計画通りに持っていける!
よし、おじさん達に口止めして来なきゃ!
「あ、こら、滑りやすいので走ると……あぁ、ほら」
巳鶴さんの注意もむなしく、早々にやらかしてしまった。
ご想像通り床に足を取られ、ツルッと滑った。
顔から行くと思いきや、こんなところで無意識に修行の成果が出た。
一瞬体を浮かせ、体勢をクルリと反転させる。
「あ、あぶなかったー」
「今、その子……」
「……おおおかみさん、みた!? いまのわたしのくうちゅーあくろばてぃっく!」
「あら、フフフ。まるで体操選手ね。体が浮いたみたいで凄かったわ」
ふぃー。色んな意味で危ない危ない。
でも、上手く誤魔化せたでしょ!?
……はい、ごめんなさい。反省します。
「どこかくじいてはいませんか?」
「んーん。だいじょうぶ。わたし、じょーぶだから!」
「他のお客様がいないとはいえ、従業員の方はいらっしゃいますし、何より今みたいに危ないですから、走り回ってはいけませんよ?」
「あい」
結局、巳鶴さんに怒られちった。
と、いうわけで、そろりそろりできるだけ早足で。
固まって話しているおじさん達の元へ急いだ。
「お? どうした?」
「みなさん、さくせんへんこーです!」
「ん?」
「やらんのか?」
「やります! ただ、もうくろきさんがきてるんだって。だから、るいおねーちゃまがここにきてから、けいかくどおりのところまで、くろきさんのそんざいをまっさつしてください!」
「おいおい、言い方」
「海斗さんの影響だな」
「おい、そこ、聞こえてんぞ!」
「あ、やべ」
さすが地獄耳な海斗さん。離れた位置でも自分のことを言っているのが聞こえたらしい。すぐに向こうから声が飛んできた。
「なんでもないっすよー」
「馬鹿」
うっかり失言をしてしまったおじさんの脇を隣にいたおじさんが小突いた。悪ぃ悪ぃと頭をかくおじさんはバツが悪そうに半笑いだ。
「とりあえず、瑠衣さんと黒木を会わせなかったらいいんだろ? それなら別に難しいことじゃねーよ。俺達に任せとけ。この日のために俺の秘蔵のヤツを持ってきたんだ。これであいつの時間を潰しゃいい」
「おぉ!」
なんて頼もしい!
で、その秘蔵のヤツとは?
「ダメだ。これは子供には見せらんねぇ」
「だいじょーぶ、わたし、じゅーろくさい」
「ダメだダメだ。お前は事務所NGならぬ、幹部NGが出てるからな」
「えー。けちぃー」
「なんとでも言ってもらおうか」
ぶぅぶぅ。
いいもん。後でこっそり誰かに聞くから。
自信満々に言っておいて失敗したら、後で酷いんだからね!
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