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第1部
06 誘拐事件発生?
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ある日の午後、俺は先輩のお使いで街に出ていた。新しくオープンした薬草の店は海外でしか採れない薬草も扱っているらしく、何種類か買ってくるよう頼まれたのだ。ついでに俺が欲しいものがあれば買う予定だ。
道を歩いていると、強い北風が吹いてきて俺は思わずローブの襟元を寄せた。
「寒っ! もうすぐ冬だな~」
描いてもらった地図を片手に、表通りから路地へ入る。いくつかの角を曲がり、細い道を進んでいった。
最初以来、トラブルは発生していない。ヒロインとの距離を大きく詰めることになる誘拐事件は、主人公が騎士団に入ってすぐの出来事の筈だ。
「そろそろ起こってもいい筈なんだけど……」
何月何日に起こるのか、正確な日付はわからない。けれど本格的な冬に入る前の話ではあった。
「確か、レイが買い物に出た先で裏路地に迷い込んだところを攫われたんだよな……って、あれ?」
地図通りに進んできた筈だが、気付けば俺は薄暗い路地にいた。周囲に人気は無く、薬草店なんてありそうにもない。
「ひょっとして……迷った?」
静まり返った路地に、俺の呟きが妙に大きく響く。
薄暗い人気のない路地に迷い込んだこの状況は、考えるまでも無く誘拐事件が起きる時の様子に酷似していた。
「逃げ……いや、駄目だ」
恐怖で逃げ出したくなる体を必死に抑える。逃げては駄目だ。俺の役目はここでちゃんと誘拐されることなんだから。
腕を抱き込んだまま立ち尽くしていると、背後で扉が開く音がした。続いて、コツコツと石畳を叩く足音が近づいてくる。
ここまで状況が一致していて、誘拐犯じゃないなんてことは無いだろう。
怖い。でもギルの為には我慢しなきゃ。前回は失敗しちゃったんだから、今度こそ成功させないと。でも耐えられるかな。
ぎゅっと目をつぶったまま動けないでいると、足音はついに俺の背後で止まり、ぐっと肩を掴まれた。
「やっぱりレイだ。こんな所でどうしたの?」
聞こえた声に、反射的に後ろを振り返る。そこには騎士団の制服を着たギルが立っていた。
「ぎる……なん……よかっ……」
「レイ!?」
安堵で全身の力が抜けて膝から崩れ落ちそうになった俺を、ギルがしっかりと抱き止めてくれた。
「迷っちゃったの? 怖かったね。もう大丈夫だよ」
温かい手に背中を撫でられて、呼吸が整っていく。頬を擦り付けながらギルの匂いを吸い込むと、体の震えも治まっていった。
「ところでギルはなんでここに――」
「お、レイ坊! ほんとに居たな」
「団長さん!」
ギルの背後から声をかけてきたのは、辺境騎士団の団長さんだった。
「レイ坊の声がするってギルが言うもんだから見に行かせたんだが、こんな所に本当にいるとはなぁ」
団長さんは呆れたように髭をさすった。いい年して迷子になって泣いてしまうなんて、我ながら恥ずかしい。
「でも良かったな。この辺は最近まで盗賊団のアジトがあったんだぜ?」
「えっ、そうなんですか?」
団長さんが言うには、ギルが出てきた建物は盗賊団のアジトだったものらしい。このあたりにはそういった類の建物がいくつかあり、今日はそれらの内部の捜索に来たそうだ。
「ギルが作戦を考えてな、一網打尽にしたんだ。お手柄だよ」
「いえ、指揮をとってくださった団長や協力してくれた団員皆のおかげですよ」
「自慢したっていいのにまったくキザな奴め」
談笑する二人を見ながら、俺は呆然とした。また失敗してしまった。遅すぎたんだ。
「団長! いつまで油売っているのですか? まだこちらは終わっていませんが」
「……ミアさん?」
「そうだよ。この建物は俺の所属する隊の担当だからね」
「そっか……」
それを聞いて少しは気分が上向いた。小説ではアジトの捜索中にも、二人の仲を深めるエピソードがあった筈だ。
これ以上邪魔してはいけない。
俺はギルの腕の中から抜け出すと、ぺこりと頭を下げた。
「心配かけて悪かったな。じゃ、俺はこれで」
「待って、レイはどうしてこんな所に来たの?」
言われて思い出した。おつかいの途中だったと。
握りしめていた地図のしわを伸ばしてギルに見せた。
「新しく出来た薬草店に行きたくて、地図を見てここまで来たんだけど……」
「多分ここが間違ってるよ。クロバー通りって書いてあるけど、クレバー通りの事だと思う。その辺りは新しい店が沢山あるから」
ギルは俺の手から地図を奪うと、逆の手で俺の手を引いた。
「じゃ、行こうか」
「待ってよ! ギルはまだ仕事中だろ? 俺一人で大丈夫だって」
「でもまた迷ったら大変だろう? それにクレバー通りで正しいかは確証が無いし」
「でも駄目だよ!」
前と同じように軽くあしらわれてしまうが、俺は引き下がるわけにはいかなかった。今度こそ、ふたりの邪魔をしないようにしないと……!
「おいおい、いつまでやりあってるつもりだ?」
「団長さん!」
そうだ。団長さんに注意してもらえば、流石のギルも逆らえないだろう。
俺が期待の目を向けると、団長さんは片眉を上げて俺を一瞥してからギルに向き直った。
「団長命令だ。ギル、レイ坊を目的地まで案内してやれ」
「はい、団長!」
一瞬、何を言われたか分からなかった。時間と共にその言葉を理解すると、途端に疑問符が頭の中をぐるぐると回る。
団長さんからも俺が頼りなく見えたのだろうか。もっと俺がしっかりしていたら、ギルはここに残れるはずだったのに――
罪悪感でギルの顔が見れない。俺は震えそうになる体を押さえて、ただ団長さんを眺めていた。
団長さんはギルの答えに大きく頷くと、髭をさすりながらニヤニヤ笑った。
「ずいぶん嬉しそうだなぁ、ギル」
その言葉に思わず隣を見る。ギルは俺の視線に気付くと、俺の大好きな切れ長の目を緩めた。
「ギルは……」
ポツリと漏れ出た言葉は、思ったより大きく響いた。
「ギルは、俺と一緒で嬉しいの?」
「ああ。勿論だよ」
「そっか……」
ぽわぽわと心が温かくなる。
ギルは俺が思っていた以上に、俺の事を好ましく思ってくれているらしい。
もちろんそれは友情としてだが、それでも俺にとっては嬉しかった。
にへ、と口元が緩む。ギルは俺の頬をツンとつついた。
「さ、行こう」
今度は素直に手を引かれ、路地を後にする。
ギルが嬉しいと言ってくれるなら、俺はいつだってギルの隣にいるのに。
でも物語の最後には、そう思ってくれなくなってしまうだろう。いや、もしかしたらそれよりもっと早いかもしれない。
ギルの邪魔はしないから、出来るだけ長くこのままの関係でいられますように。
俺は祈りを込めながら、繋いだ手をぎゅっと握り返した。
道を歩いていると、強い北風が吹いてきて俺は思わずローブの襟元を寄せた。
「寒っ! もうすぐ冬だな~」
描いてもらった地図を片手に、表通りから路地へ入る。いくつかの角を曲がり、細い道を進んでいった。
最初以来、トラブルは発生していない。ヒロインとの距離を大きく詰めることになる誘拐事件は、主人公が騎士団に入ってすぐの出来事の筈だ。
「そろそろ起こってもいい筈なんだけど……」
何月何日に起こるのか、正確な日付はわからない。けれど本格的な冬に入る前の話ではあった。
「確か、レイが買い物に出た先で裏路地に迷い込んだところを攫われたんだよな……って、あれ?」
地図通りに進んできた筈だが、気付けば俺は薄暗い路地にいた。周囲に人気は無く、薬草店なんてありそうにもない。
「ひょっとして……迷った?」
静まり返った路地に、俺の呟きが妙に大きく響く。
薄暗い人気のない路地に迷い込んだこの状況は、考えるまでも無く誘拐事件が起きる時の様子に酷似していた。
「逃げ……いや、駄目だ」
恐怖で逃げ出したくなる体を必死に抑える。逃げては駄目だ。俺の役目はここでちゃんと誘拐されることなんだから。
腕を抱き込んだまま立ち尽くしていると、背後で扉が開く音がした。続いて、コツコツと石畳を叩く足音が近づいてくる。
ここまで状況が一致していて、誘拐犯じゃないなんてことは無いだろう。
怖い。でもギルの為には我慢しなきゃ。前回は失敗しちゃったんだから、今度こそ成功させないと。でも耐えられるかな。
ぎゅっと目をつぶったまま動けないでいると、足音はついに俺の背後で止まり、ぐっと肩を掴まれた。
「やっぱりレイだ。こんな所でどうしたの?」
聞こえた声に、反射的に後ろを振り返る。そこには騎士団の制服を着たギルが立っていた。
「ぎる……なん……よかっ……」
「レイ!?」
安堵で全身の力が抜けて膝から崩れ落ちそうになった俺を、ギルがしっかりと抱き止めてくれた。
「迷っちゃったの? 怖かったね。もう大丈夫だよ」
温かい手に背中を撫でられて、呼吸が整っていく。頬を擦り付けながらギルの匂いを吸い込むと、体の震えも治まっていった。
「ところでギルはなんでここに――」
「お、レイ坊! ほんとに居たな」
「団長さん!」
ギルの背後から声をかけてきたのは、辺境騎士団の団長さんだった。
「レイ坊の声がするってギルが言うもんだから見に行かせたんだが、こんな所に本当にいるとはなぁ」
団長さんは呆れたように髭をさすった。いい年して迷子になって泣いてしまうなんて、我ながら恥ずかしい。
「でも良かったな。この辺は最近まで盗賊団のアジトがあったんだぜ?」
「えっ、そうなんですか?」
団長さんが言うには、ギルが出てきた建物は盗賊団のアジトだったものらしい。このあたりにはそういった類の建物がいくつかあり、今日はそれらの内部の捜索に来たそうだ。
「ギルが作戦を考えてな、一網打尽にしたんだ。お手柄だよ」
「いえ、指揮をとってくださった団長や協力してくれた団員皆のおかげですよ」
「自慢したっていいのにまったくキザな奴め」
談笑する二人を見ながら、俺は呆然とした。また失敗してしまった。遅すぎたんだ。
「団長! いつまで油売っているのですか? まだこちらは終わっていませんが」
「……ミアさん?」
「そうだよ。この建物は俺の所属する隊の担当だからね」
「そっか……」
それを聞いて少しは気分が上向いた。小説ではアジトの捜索中にも、二人の仲を深めるエピソードがあった筈だ。
これ以上邪魔してはいけない。
俺はギルの腕の中から抜け出すと、ぺこりと頭を下げた。
「心配かけて悪かったな。じゃ、俺はこれで」
「待って、レイはどうしてこんな所に来たの?」
言われて思い出した。おつかいの途中だったと。
握りしめていた地図のしわを伸ばしてギルに見せた。
「新しく出来た薬草店に行きたくて、地図を見てここまで来たんだけど……」
「多分ここが間違ってるよ。クロバー通りって書いてあるけど、クレバー通りの事だと思う。その辺りは新しい店が沢山あるから」
ギルは俺の手から地図を奪うと、逆の手で俺の手を引いた。
「じゃ、行こうか」
「待ってよ! ギルはまだ仕事中だろ? 俺一人で大丈夫だって」
「でもまた迷ったら大変だろう? それにクレバー通りで正しいかは確証が無いし」
「でも駄目だよ!」
前と同じように軽くあしらわれてしまうが、俺は引き下がるわけにはいかなかった。今度こそ、ふたりの邪魔をしないようにしないと……!
「おいおい、いつまでやりあってるつもりだ?」
「団長さん!」
そうだ。団長さんに注意してもらえば、流石のギルも逆らえないだろう。
俺が期待の目を向けると、団長さんは片眉を上げて俺を一瞥してからギルに向き直った。
「団長命令だ。ギル、レイ坊を目的地まで案内してやれ」
「はい、団長!」
一瞬、何を言われたか分からなかった。時間と共にその言葉を理解すると、途端に疑問符が頭の中をぐるぐると回る。
団長さんからも俺が頼りなく見えたのだろうか。もっと俺がしっかりしていたら、ギルはここに残れるはずだったのに――
罪悪感でギルの顔が見れない。俺は震えそうになる体を押さえて、ただ団長さんを眺めていた。
団長さんはギルの答えに大きく頷くと、髭をさすりながらニヤニヤ笑った。
「ずいぶん嬉しそうだなぁ、ギル」
その言葉に思わず隣を見る。ギルは俺の視線に気付くと、俺の大好きな切れ長の目を緩めた。
「ギルは……」
ポツリと漏れ出た言葉は、思ったより大きく響いた。
「ギルは、俺と一緒で嬉しいの?」
「ああ。勿論だよ」
「そっか……」
ぽわぽわと心が温かくなる。
ギルは俺が思っていた以上に、俺の事を好ましく思ってくれているらしい。
もちろんそれは友情としてだが、それでも俺にとっては嬉しかった。
にへ、と口元が緩む。ギルは俺の頬をツンとつついた。
「さ、行こう」
今度は素直に手を引かれ、路地を後にする。
ギルが嬉しいと言ってくれるなら、俺はいつだってギルの隣にいるのに。
でも物語の最後には、そう思ってくれなくなってしまうだろう。いや、もしかしたらそれよりもっと早いかもしれない。
ギルの邪魔はしないから、出来るだけ長くこのままの関係でいられますように。
俺は祈りを込めながら、繋いだ手をぎゅっと握り返した。
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