トラブルメーカー系モブに転生したけど主人公が優秀すぎて何も起こらない

香山

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第1部

07 森での出会い

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「おはよう、レイ」

ギルがカーテンを開けると、朝の光が差し込んでくる。眩しくて布団を被ろうとすると、クスクス笑われた。

「起きて。朝食も出来てるよ」

優しく布団を退かされると、ぼんやりとした視界の中にギルの顔が映り込む。ああ。今日もかっこいい。
あやすように抱き起こされて、俺は一つ大きく伸びをした。
暖房の入った部屋は、朝でも温かい。
渡されるままに服を着て、お湯で顔を洗う頃にはすっかり覚醒していた。

「ギル! おはよう!」

リビングでは暖炉がパチパチと小さな音を立てていた。
今日のメニューはふっくらとした白パンと野菜のスープ、ハムの入ったオムレツだ。
騎士団の仕事も落ち着いてきたようで、以前と同様にふたりで朝食を取れるようになった。今日の予定や帰りの時間など、他愛ないことを話すだけで、朝から元気が湧いてくる。ギルの存在は俺にとってエナドリよりも効果覿面なのだ!



「じゃあ、行ってくるね」
「あっ、待って。これ」

昨日の雲の動きからすると、今日は相当冷えそうだ。
俺はタンスから出しておいたマフラーを巻いてやった。

「ありがとう」
「ふふん、どういたしまして」

いってらっしゃいのハグをして手を振る。
俺が出るのは1時間ほど後だ。ギルを見送ると、俺は台所へ向かった。
ギルがご飯を作ってくれると言うこともあり、後片付けは自然と俺の役目になっていた。
とはいえ、調理器具はギルが洗ってくれるから、俺が洗うものは食器くらいだ。
蛇口を捻って桶に貯める。皿洗いに使う水も、最近ではすっかりお湯に変わった。

「寒くなったなぁ」

朝晩の冷え込みは厳しく、もうだいぶ冬らしくなってきた。誘拐事件があった筈のあの日から今日までの間に、小さいトラブルはいくつもあった。しかしそのことごとく、失敗に終わっている。例えば俺がうっかり池に落ちて、それを助けてくれたミアさんの濡れ透け姿にドキドキする――といったトラブルでは、そもそも池に落ちる前にギルに支えられて無事だったため起こらなかった。

「もしかして、今のギルはミアさんの事を恋愛的な意味で気になる訳ではないのかも」

思い返せばふたりはとっくに出会っているのに、ギルがミアさんを好きな素振りは少しも無かった。それに物語の設定上、ミアさんはあくまでサブヒロインだ。結末に大きく関わってくるわけじゃない。
だから、ミアさんサブヒロインとのフラグが立たなくても、

「良い、のか、なぁ……うぅ……」

そう思っていないと罪悪感で押し潰されてしまいそうだ。

「でもナタリーとはまだ出会っていないはずだから、次はちゃんとトラブルを起こさないと……!」

新しい出会いで、ギルも少しは揺らぐかもしれない。俺がちゃんとしていなかったがためにギルの選択肢を減らしてしまうなんてことはあってはならないんだ。
2回目の大きなトラブルは雪が積もっていた時だから、もう少し先だ。
決意も新たに皿を洗い終えて部屋を簡単に整えてから、俺は仕事へ向かった。



今日の仕事は薬草の採取だ。辺境領にしか生えない薬草を採りに、ダンジョン近くの森へ入るのだ。

辺境領はもともと魔物が多く出現する土地だった。それは土壌に含まれる豊富な『魔素』と呼ばれる魔力の元みたいなやつの影響だ。
魔素は薬草の栄養にもなる。だから昔から、辺境領は質が高くここにしか生育しない薬草の宝庫で、それを求めて多くの薬師が集まり命懸けで採取していたそうだ。

今ではギルが川の形を整えてくれたから魔素の流れが滞らなくなり、魔物のほとんどは決まった場所――ダンジョンに出現するようになった。
けれども、土壌に含まれる魔素の量は変わらないため、相変わらず良質な薬草が採れる。
そのおかげで辺境領には多くの優秀な薬師があつまるようになり、魔法薬学は大きく発展した。俺が働いている研究所も、その変化を受けて設立されたものだ。



「おっし、じゃ、俺はこっちで探すから、レイはあっちの方よろしくな!」
「はい、先輩!」

かごを抱えて森の奥の方に進んでいく。少し先には泉があり、俺はいつもその周り担当だ。
あと少しで泉といったところで、いつも静かな森が騒がしいことに気付いた。道を曲がると、泉の周りに人が集まっているのが見える。その中の、見知った顔に声をかけた。

「ナタリー、何かあったの?」

もう1人のヒロインであるナタリーとは、俺が冒険者ギルドに薬を納品に行った際に知り合った。同い年という事で気安く話せると、顔を合わせるたびに話しかけてくれる、明るい子だ。
だが、今までギルがいる時に会ったことはないから、今の時点でギルと知り合っているかは分からない。小説では冬の始め頃に知り合うようになるのだが――

「ああ、レイレイじゃん! この先は立ち入り禁止だよ。魔物が出たんだって」
「魔物? ――!」

そこでようやく思い出した。これは主人公とナタリーの出会いの場面だ!

小説での流れはこうだ。
俺が森に薬草を採りに行った際、泉の周りで魔物に襲われる。触手に囚われて濡れ濡れヌルヌルになっていた俺を、偶然通りかかったナタリーが助けようとしてくれるが、長い触手に阻まれてなかなか攻撃が通らない。
そこに、これまた偶然近くを巡回していたギルが魔物の気配を感じて駆けつけ、ナタリーに加勢するのだ。
無事魔物を討伐した後、互いに同い年でありレイと友人だという事で意気投合する――といった流れだ。

ナタリーが指し示した先には結界が張られ、数人の騎士が戦っている。その中に、見慣れた黒髪を見つけた。
魔物の触手攻撃を軽やかにかわし、その反動を利用し攻撃する。ギルが一度離れると、すかさず他の騎士たちが攻撃を当てていく。ギルはその隙に死角から一気に距離を詰めると、剣を振り抜いて魔物のコアを砕いた。
触手は大きくうねりながら地面へと倒れていく。
やがてコアの破片が完全に光を失う頃には、魔物はピクリとも動かなくなった。
魔物が事切れたのを確認すると、ギルは緊張を緩め、結界を解いた。張り詰めていた空気が一転、柔らかくなる。

「討伐完了!」
「よくやった、ギル!」

先輩騎士たちに囲まれてもみくちゃにされているギルの様子を、俺はドキドキしながら見つめていた。
戦っていた時の凛々しさと今の優しそうな笑顔のギャップがたまらない――じゃなくて!

「ナタリー、ついてきて!」
「えっ? なになに?」

一緒に討伐はできなかったけど、せめて2人を引き合わせないと。それにもう一つ、俺にはやらなきゃいけない事がある。俺はナタリーの手を引いてギルに駆け寄った。

「ギル!」

俺の声に振り向くと、ギルは俺の手元を見て眉を寄せた。慌てて繋いでいた手を離す。モブがヒロインに触れるのは不味かったか。

「レイ、どうしてここに?」
「薬草を採りに来たんだよ。さっきのギル、見てたよ。すっごくかっこよかった!」

 俺の言葉に、ギルは照れたように笑った。もっといっぱい語りたかったが、それは後にしよう。俺はギルを指し示してナタリーに向き直った。

「ナタリー、彼はギル。俺たちと同い年だけど辺境騎士団の騎士なんだ。ギル、彼女はナタリー。同い年の冒険者だよ。俺の友達なんだ」

どうも、と頭を下げ合う2人を見て安堵する。とりあえずは、ふたりは知り合ったんだ。ぎこちない様子だが、知り合ったばかりなら仕方が無いだろう。今後はきっとストーリー通り二人で出掛けたりする仲になるんだろう。そう思うとツキリと胸が痛んだが、俺は気付かないフリをした。

「そうだ、ギル! お願いがあるんだけど」

もう一つのやらなきゃいけない事。それは魔物の粘液の入手だ。この魔物の粘液はいくつかのポーションの原料になるが、価値としてはそれほど高くない。ただ、この魔物自体がやや珍しい為、なかなかギルドに入荷しないのだ。

小説では魔物の被害者である俺は、魔物の素材を入手出来る立場だった。しかし、現実では俺は討伐に一切関わっていない。
魔物を倒した時に得られる素材は、ふつう討伐に関わった人たちで分けられる。
騎士団で倒した魔物の素材は、騎士団で使うものを除いてギルドを介して売られるのだ。
だが、この魔物の粘液は安い割に需要が少ない為、捨てられてしまう可能性もある。
一部でいいから粘液をギルドに卸してもらえないかと頼むと、ギルは快く応じてくれた。



後処理があるというギルと別れ、俺とナタリーは泉を後にした。

「ね、かっこよかったでしょ? ギルは強いしかっこいいし、それにとっても優しいんだ」
「えっ? うん、そうだね」

どうやら無事、ナタリーに好印象を与えられたらしい。
魔物に襲われることは無かったけど、これは成功ってことで良いんじゃないかな?
俺は初めての手応えに小さくガッツポーズした。
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