【完結】何故か突然エリート騎士様が溺愛してくるんだが

香山

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 夜も深まった頃、俺たちは転移で湿原の入口へ飛んだ。都合よく今日は新月だ。消音の魔術をかけて気配を消しながら沼へと近づいた。
 巣がよく見える所まで来た時、巣の近くで影が揺れた。じっと目を凝らすと、その影は伸びるようにどんどん大きくなった。

「あれは……」
「スワンプイーターキングだ! 本当に存在したとは……」

 その光景に思わず我が目を疑った。身の丈3メートルほどの、異常に大きなそれはスワンプイーターの変異種のスワンプイーターキングだった。通常のスワンプイーターと違い獰猛な性格の肉食の魔物だ。歴史書の中では甚大な被害を引き起こす魔物として度々出てくるが近年では出現報告のない正に伝説上の魔物だった。

「討伐予定を早めたほうが良いな」
「戦力も増やした方が良い。第一も協力するよ」

 とりあえず今日のところはこのまま引き下がろう。そう結論付け沼から遠ざかった時、絹を裂くような悲鳴が聞こえた。

「今の声は……」

 辺りを見回すと村の方角に小さな光が見えた。大きな影ががゆらりとそちらを振り返る。

「っ! まずい!」

 フレッドは反射的に飛び出した。俺はフレッドと逆方向からライトの魔術を使い、強い光を放った。

「こっちだ!」

 こうなったら最悪のシナリオ、二人で討伐するしかない。俺がシールドを張った直後に、スワンプイーターキングが突進してきた。

「……以外に素早いな」

 シールド越しにサンダーの魔術を打ち込んだ。魔力の高いキングに、魔術での攻撃はあまり効かない。だが麻痺スタンは効くので足止めくらいにはなる。キングが動けないでいるうちに俺は沼の横から回り込み、フレッドと合流した。

「フレッド! 大丈夫か?」
「こっちは問題ないよ!」
「ご……ごめんなさい……」
「お前は……」

 そこにいた子供はメイネと言ったか、村長の息子だった。フレッドにしがみついてガタガタ震えながら泣いていた。説教は後だ。子供を茂みの奥へ隠し、シールドと不可視をかけた後、急いでフレッドに肉体強化エンチャント速度強化ヘイストのバフをかけた。そろそろ麻痺スタンが解ける頃合いだ。

「打ち合わせ通り、俺が囮になってもう一度麻痺スタンをかける。フレッドは隙を見て突っ込んでくれ!」
「本当は避けたかったけれど……分かったよ」

 転移で飛んで念のためシールドを張り直すと同時に、古い方のシールドが割れてキングが迫ってきた。咄嗟にサンダーを打ち込むと、キングは体を捩りながらも、腕をこちらへ伸ばして来た。

「っと、危なっ!」

 慌ててそこから避難すると、沼から上がってくるスワンプイーターが援護するように襲撃してくる。キングを中心に統率が取れているようだった。
 全ては避けきれない。怪我のいくつかを覚悟し、受け身の姿勢を取ると、次の瞬間逞しい腕に抱き留められていた。

「間に合ってよかった……!」

 その凛々しい顔に、こんな時なのにときめいてしまう。駄目だ、集中集中。
 フレッドは俺を片腕に抱えたまま飛び掛かってくるスワンプイーターを軽くいなして木の上へ飛び上がった。

「ありがとう。木の上ここならキング以外の攻撃は届かないな」
「ジョシュはここでスワンプイーターを引き付けてくれないか? 俺がキングを叩くから」
「了解」

 短く返して支援魔法を重ね掛けしすると、スワンプイーターへと向き合った。念には念を入れキングに麻痺スタンを重ね掛けし、さらにライトの魔術でスワンプイーターをおびき寄せた。

「今だ!」

 俺の合図にフレッドは頷くと、次の瞬間にはキングの真上に飛び上がっていた。 
 フレッドの剣がキングの体を貫くと、大きな断末魔を上げ、体を揺らしながら倒れた。完全に動きが止まると辺りの瘴気は次第に晴れていった。スワンプイーター達は洗脳が解けたかのようにぼんやりと立ち尽くし、その後散り散りに逃げて行こうとした。それを再びライトの魔術で集めながら、俺とフレッドとで倒していった。



「はぁ、はぁ……終わったか?」
「……そのようだね……」

 最後の1匹を倒し切ったのは、ちょうど夜が明けた頃だった。ぐったりと地面に寝転ぶ。もう魔力ポーションも使い果たしてしまったし、しばらく動きたくない。
 フレッドも俺の横に腰を下ろしたが、何かに気付くと慌てた様子で茂みの方へ駆け寄っていった。何事かと思ったが、すぐにハッと気が付いた。

「子供っ!」

 慌ててフレッドの後を追うと、フレッドに抱えられて子供はすやすやと眠っていた。

「ぐっすり眠っているみたいだ」
「ったく、人騒がせな……」

 ぎゅっと閉じた手には小さな花が握られていた。

「月光草の花か」

 月光草は新月の夜にしか花を咲かせない。その代わり、花が咲いている時に刈り取るとひと月の間、その花は枯れずに咲き続けるのだ。花には薬草としての効能もあり、乾燥させて煎じて飲めば解熱薬として使える。そしてその花の形がくるみ布団に包まれた赤子の姿に似ているという事から――

「安産のお守り、だね」
「そうだな」



 フレッドに子供を背負ってもらい、村へと歩いて戻った。湿原には生々しい戦闘の跡が残ったままだが、後の処理は明日以降にする事にした。
 宿へ戻ると、息子を探していた村長夫婦に泣いて喜ばれた。泣きながら抱き合う母子の姿に、よく分からないけれどこちらまで泣きそうになってしまった。
 お礼を受け取るのもそこそこに部屋へ戻るとフレッドが洗浄魔術をかけてくれた。俺は最後に残った魔力を使って、スワンプイーターキングを倒した旨を通信魔術で簡潔に伝えた。

「もう……限界……」
「ああ……少し寝よう。おやすみ、ジョシュ……」

 体力も魔力も使い果たし、俺はベッドへ倒れ込んだ。



「……んっ」

 次に目を覚ますと、窓の外はすっかり暗くなっていた。時計を確認すると深夜だった。半日以上寝ていたのか。伸びをすると身体中がバキバキ鳴った。ある程度回復はしたが、全快にはまだ遠い。
 そういえばこの宿には温泉があって、いつでも入れると言われていた。こんな時間だが、一風呂浴びて身体を解そう。俺はタオルと着替えを手に、温泉へ向かった。


 カラカラと引き戸を開けると、浴室に満ちた湯気が視覚をぼんやりと覆い隠す。硫黄の香りがほのかに漂う立派な岩風呂の真ん中に、湯に浸かる人の後ろ姿が見えた。

「えっ、ジョシュ?」
「っ! フレッド!」

 振り返ったその人は、肩につく髪をタオルで纏めたフレッドだった。

「フレッドも来てたんだな! 偶然だな」
「ああ。目が覚めてしまってね」
「俺もさっき起きたところ」

 俺は何事も無いように装って体と髪を洗った。洗い終わった髪をタオルで纏めて、フレッドから離れた所から湯船へ入った。

「あ~、溶ける……」

 乳白色の湯はさらりとした肌あたりで、少しぬるめの温度が心地よい。全身を湯に沈めていると、フレッドが話しかけてきた。

「大きい湯船って良いものだね。手足が伸ばせてすごくリラックス出来るよ」
「マジ辛かったからな。身体中バキバキ」

 はっきりと見えない距離で良かった。普段通り話せている。愚痴混じりのたわいもない会話をしながら、とりあえず明日、もう一度湿原へ行く事が決まった。

「俺はもう上がるから、ジョシュはゆっくりしていって」

 フレッドは髪のタオルを解くと湯から立ち上がった。水音と共にフレッドが移動する気配を感じる。俺はなるべくそちらを見ないように、乳白色の水面を見つめていた。

「……ふぅ」

 フレッドが浴室から去ると、俺は大きく一息ついた。しっかりと見えなかったとはいえ、普段騎士服に隠れて見えないけれど逞しい筋肉がついているんだな、とか髪を解くと意外と長いんだな、とか今まで知らなかったフレッドの新たな面にドキドキしてしまった。
 色々考えているうちにのぼせそうになって、俺は慌てて湯から上がった。





「よ! ジョシュア!」

 翌朝、食堂でフレッドと朝食を摂っていると、耳慣れたゆるい声が聞こえた。

「ドゥメルグ隊長!? 何故ここに?」
「通信魔術を受け取って急いで来たんだぜ? お前たちは眠りこけてたがな」

 話によると、第三の軍人たち数人が馬を走らせて最速でここまで来たらしい。昨日のうちに湿原へ行って戦闘の後処理もしてくれたそうだ。

「で、これが回収した魔石。すげー質が高いじゃん。こんなもんよく二人で倒したな」

 魔石とは魔物の体内で生成される魔力を含んだ石で、強い魔物ほど大きく、純度の高い魔石を持つという。スワンプイーターキングのそれは大きさこそ拳大であったが、非常に高純度だった。

「ジョシュがうまく足止めしてくれたお陰です。ジョシュのお手柄ですよ」
「いや、フレッドが居なかったら倒せなかったし、フレッドの手柄だろ」
「そのお膳立ては全てジョシュがしてくれたじゃないか。だから俺はただ攻撃するだけで良かったんだし」
「いや、フレッドの的確な攻撃があったからこそ一撃で倒す事が出来たんだ。長引いたらどうなったか――」
「はいはい。二人のお手柄って事で良いじゃない。報告書にはそう書いとくよ」

 言い合う俺たちに隊長は少し呆れたような顔をしたが、一息つくと顔を引き締めた。

「で、ここからは真剣な話。スワンプイーターキングが発生した原因は何だと思う?」
「瘴気……でしょうか。最初に湿原へ行ったときにはかなり濃い瘴気が蔓延していました」
「瘴気? 俺たちが昨日行った時点では全くなかった。静かな湿原だったよ」
「スワンプイーターキングを倒したときに消えたんです。ですから、何らかの関連はあるかと」

 隊長は腕を組んで難しい顔をした。

「瘴気か……厄介なことにならなきゃ良いが……」

 隊長が小さくつぶやいた言葉がやけに耳に残った。
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