婚約破棄された、女はすごくあざとい

ルイ

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 旅立ちの朝。私は公爵家の玄関前で、屋敷を振り返った。

 美しく整えられた庭園、大理石の柱が連なる優雅な門構え——これが私の生まれ育った家。だけど、今日から私はここを離れる。

(……とはいえ、一生帰らないわけではないけれど)

 王都を離れると言っても、目的はあくまで「自分を見つめ直すための旅」。つまり、しばらくの間、貴族社会から距離を置くことで、私の婚約破棄がより「痛ましいもの」として扱われるようにするのが狙いだった。

 ——『あのリリエル様が王都を去られたなんて……』

 貴族たちがそう噂し続ける限り、私は「ただの捨てられた令嬢」ではなく、「王太子に捨てられながらも気高く旅立った美しい令嬢」という立場を確立できる。

(何もせずに屋敷にこもるより、ずっと効果的よね)

 そして、私の評判が高まれば高まるほど——婚約破棄したアレクシス殿下は、自分が何を失ったのかを理解することになる。

(……さあ、最後の仕掛けをしていきましょうか)

「リリエル、本当に行くの?」

 振り向くと、そこには私の母が立っていた。彼女は寂しそうに微笑みながらも、毅然とした姿勢を崩さない。

「ええ、お母様。少しだけ、旅をしてきますわ」

 私は静かに微笑んで見せる。ここで**『泣きながら旅立つ令嬢』**を演じるのは逆効果。あくまで気丈に、だけど儚く。

「無理はしないようにね。……あなたは、もう王太子妃の立場ではないけれど、私たち公爵家の誇りなのだから」

「……ありがとうございます、お母様」

 小さく微笑みながら、私は母の手をそっと握る。すると、周囲にいた侍女たちが感動したように目元を押さえた。

(うんうん、みんな思った通りの反応ね)

「リリエル様……どうかお気をつけて……!」
「必ず戻ってきてくださいね……!」

 屋敷の者たちが次々と私に声をかける。私は少しだけ寂しそうに笑いながら、軽く頷いた。

「ええ、必ず」

 そう言って、私はゆっくりと馬車へと向かう。

 そのとき——

「リリエル様!」

 聞き慣れた声がした。

(……この声は……)

 私はそっと振り向く。そこに立っていたのは——

「……マティアス様?」

 マティアス・クラウゼ侯爵令息。王太子アレクシス殿下の側近であり、私の婚約破棄の場にも居合わせた人物だった。

 金色の髪をきっちりと整え、青い瞳には真剣な光を宿している。彼は息を切らしながら駆け寄ってきた。

「まさか、王都を離れるなんて……本当ですか?」

 彼の声には、明らかな動揺が滲んでいた。

(ふふ、やっぱり来たわね)

 私はほんの少しだけ、悲しげな表情を浮かべてみせる。

「……はい。わたくし、少しの間、自分を見つめ直そうと思いまして」

 すると、マティアス様は困ったように眉を寄せた。

「リリエル様、私は……王太子殿下の側近として、あなたに何もできませんでした」

「そんな……マティアス様は何も悪くありませんわ」

 すかさず彼を庇う。ここで彼を責めるのは逆効果。むしろ「何もできなかったこと」を後悔させた方が、今後の私にとって有益だ。

(ここは……少しだけ、揺さぶりをかけておきましょうか)

 私はそっと目を伏せ、ほんの一瞬だけ、彼の手に触れた。そして——

「……どうか、お元気で」

 静かに微笑みながら、手を離す。

 ——ここで「惜しまれる存在」になっておけば、王太子の周囲の人間関係にも波を立てることができる。

 マティアス様は一瞬、何かを言いたげに口を開いたが、結局言葉にはしなかった。そして、ただ真剣な表情で私を見つめるだけ。

(ふふ、これは……後々、何か面白いことになりそうね)

 私はもう一度だけ微笑み、今度こそ馬車へと乗り込む。

「それでは、出発いたします」

 馬車がゆっくりと動き出す。私は最後に窓の外を眺めながら、王都の景色を目に焼き付けた。

 ここから先、どんな旅が待っているのか。

 でも、大丈夫。

 だって私は——すごくあざといのだから。

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