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バルゼットの街に入った瞬間、王都とはまるで違う活気が私たちを包み込んだ。
道の両脇には露店が並び、果物や布地、細工物などが所狭しと並べられている。商人たちの威勢のいい声が響き渡り、荷車を引く馬の蹄が石畳を打つ音が心地よく聞こえる。
(……なるほど、確かにここは貴族の影響が少ない街ね)
王都のように格式ばった貴族の令嬢はほとんどおらず、街の人々は自由に笑い、交渉し、生き生きと動いていた。
私は深くフードを被りながら、馬車の中からその様子を眺める。
「ここが、バルゼット……思ったより活気がありますね」
私が感想を述べると、レオン様は馬を止め、私を振り返った。
「ここなら、王都のように公爵令嬢として注目されることも少ないでしょう。ですが、身分を隠して過ごすのは危険も伴います」
私は微笑みながら、そっと馬車を降りる。
「ええ、十分に理解していますわ。でも、わたくし……どうしても試してみたいのです」
——「公爵令嬢としてではなく、一人の女性として生きること」をね。
レオン様は少し躊躇うように私を見つめたが、結局、ため息をついて頷いた。
「分かりました。しかし、私は常に傍で護衛を務めます」
「……ふふ、頼もしいですわ」
——さて、それじゃあ、レオン様をもう少し「困らせる」ことにしましょうか。
私はゆっくりと街を歩きながら、人々の様子を観察する。すると、ひときわ賑やかな一角が目に入った。
「……あれは?」
木造の小さな店の前に、人々が集まっている。看板には**《ルーカスの雑貨店》**と書かれていた。
私はふと足を止め、店の中を覗き込む。すると——
「いらっしゃいませ! 何かお探しですか?」
快活な声とともに、店の奥から現れたのは、20代半ばと思われる男性だった。
短く整えられた栗色の髪に、いたずらっぽい笑みを浮かべた彼は、手際よく店の品物を並べながら、客たちに声をかけている。
(ふむ……いい出会いかもしれないわね)
私はそっと微笑み、彼に声をかけた。
「こちらのお店は、随分と賑わっていますのね」
「ええ、うちはこの街でも評判の雑貨店ですから!」
ルーカスと名乗ったその店主は、誇らしげに胸を張る。
「貴族の方々が扱うような高級品はありませんが、実用的で丈夫な品ばかりですよ」
私は店の棚を見渡しながら、何気なく言った。
「わたくし、この街で普通の暮らしをしてみたいのです」
「えっ?」
ルーカスは目を瞬かせた。
「普通の……? ええと、それはつまり?」
「働いてみるのも、悪くないかもしれないと思いまして」
私が微笑みながらそう言うと、レオン様が驚いたように振り向いた。
「リリエル様!?」
ふふ、そんなに驚かなくてもいいのに。
私の提案に、ルーカスはしばらく考え込むように顎に手を当てた後、にやりと笑った。
「面白いですね。じゃあ、試しに一日だけ働いてみますか?」
「まあ……よろしいのですか?」
「もちろん! でも、貴族のお嬢さんが本当に雑貨店の仕事なんてできるのか、試させてもらいますけどね?」
彼は軽く冗談めかして言う。
(……なるほど、彼は「貴族が働くなんてできっこない」と思っているのね)
——なら、見せてあげるべきね。
私がどれほど「あざとく、人の心を掴む」ことに長けているのかを。
私は静かに微笑んだ。
「ええ、楽しみにしていますわ」
***
そして翌日——
「いらっしゃいませ!」
私は明るく微笑みながら、店に入ってきた客に声をかけた。
昨日までは公爵令嬢だった私が、今はエプロンを身に着け、雑貨店の店員として働いている。
店内は想像以上に忙しく、品物の整理や会計、商品の説明などやることが山積みだった。でも——
(……やっぱり、人と話すのって楽しいわね)
私は、客の一人ひとりに丁寧に対応しながら、ふと入り口に立つレオン様を見た。
彼は腕を組みながら、少し困ったような、それでいてどこか感心しているような表情をしていた。
「……本当にやってしまうとは」
「ふふ、レオン様。わたくし、思ったより適応能力が高いのかもしれませんわ」
「……そうですね」
レオン様は小さくため息をつきながらも、どこか安心したように微笑んだ。
(ええ、見ていなさい。私はどこへ行っても、必ず「注目される存在」になってみせるわ)
だって私は——すごくあざといのだから。
道の両脇には露店が並び、果物や布地、細工物などが所狭しと並べられている。商人たちの威勢のいい声が響き渡り、荷車を引く馬の蹄が石畳を打つ音が心地よく聞こえる。
(……なるほど、確かにここは貴族の影響が少ない街ね)
王都のように格式ばった貴族の令嬢はほとんどおらず、街の人々は自由に笑い、交渉し、生き生きと動いていた。
私は深くフードを被りながら、馬車の中からその様子を眺める。
「ここが、バルゼット……思ったより活気がありますね」
私が感想を述べると、レオン様は馬を止め、私を振り返った。
「ここなら、王都のように公爵令嬢として注目されることも少ないでしょう。ですが、身分を隠して過ごすのは危険も伴います」
私は微笑みながら、そっと馬車を降りる。
「ええ、十分に理解していますわ。でも、わたくし……どうしても試してみたいのです」
——「公爵令嬢としてではなく、一人の女性として生きること」をね。
レオン様は少し躊躇うように私を見つめたが、結局、ため息をついて頷いた。
「分かりました。しかし、私は常に傍で護衛を務めます」
「……ふふ、頼もしいですわ」
——さて、それじゃあ、レオン様をもう少し「困らせる」ことにしましょうか。
私はゆっくりと街を歩きながら、人々の様子を観察する。すると、ひときわ賑やかな一角が目に入った。
「……あれは?」
木造の小さな店の前に、人々が集まっている。看板には**《ルーカスの雑貨店》**と書かれていた。
私はふと足を止め、店の中を覗き込む。すると——
「いらっしゃいませ! 何かお探しですか?」
快活な声とともに、店の奥から現れたのは、20代半ばと思われる男性だった。
短く整えられた栗色の髪に、いたずらっぽい笑みを浮かべた彼は、手際よく店の品物を並べながら、客たちに声をかけている。
(ふむ……いい出会いかもしれないわね)
私はそっと微笑み、彼に声をかけた。
「こちらのお店は、随分と賑わっていますのね」
「ええ、うちはこの街でも評判の雑貨店ですから!」
ルーカスと名乗ったその店主は、誇らしげに胸を張る。
「貴族の方々が扱うような高級品はありませんが、実用的で丈夫な品ばかりですよ」
私は店の棚を見渡しながら、何気なく言った。
「わたくし、この街で普通の暮らしをしてみたいのです」
「えっ?」
ルーカスは目を瞬かせた。
「普通の……? ええと、それはつまり?」
「働いてみるのも、悪くないかもしれないと思いまして」
私が微笑みながらそう言うと、レオン様が驚いたように振り向いた。
「リリエル様!?」
ふふ、そんなに驚かなくてもいいのに。
私の提案に、ルーカスはしばらく考え込むように顎に手を当てた後、にやりと笑った。
「面白いですね。じゃあ、試しに一日だけ働いてみますか?」
「まあ……よろしいのですか?」
「もちろん! でも、貴族のお嬢さんが本当に雑貨店の仕事なんてできるのか、試させてもらいますけどね?」
彼は軽く冗談めかして言う。
(……なるほど、彼は「貴族が働くなんてできっこない」と思っているのね)
——なら、見せてあげるべきね。
私がどれほど「あざとく、人の心を掴む」ことに長けているのかを。
私は静かに微笑んだ。
「ええ、楽しみにしていますわ」
***
そして翌日——
「いらっしゃいませ!」
私は明るく微笑みながら、店に入ってきた客に声をかけた。
昨日までは公爵令嬢だった私が、今はエプロンを身に着け、雑貨店の店員として働いている。
店内は想像以上に忙しく、品物の整理や会計、商品の説明などやることが山積みだった。でも——
(……やっぱり、人と話すのって楽しいわね)
私は、客の一人ひとりに丁寧に対応しながら、ふと入り口に立つレオン様を見た。
彼は腕を組みながら、少し困ったような、それでいてどこか感心しているような表情をしていた。
「……本当にやってしまうとは」
「ふふ、レオン様。わたくし、思ったより適応能力が高いのかもしれませんわ」
「……そうですね」
レオン様は小さくため息をつきながらも、どこか安心したように微笑んだ。
(ええ、見ていなさい。私はどこへ行っても、必ず「注目される存在」になってみせるわ)
だって私は——すごくあざといのだから。
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