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「いらっしゃいませ。こちら、新しく入荷した手鏡でございますわ」
私は柔らかく微笑みながら、小さな銀細工の手鏡を客の女性に差し出した。
バルゼットの《ルーカスの雑貨店》での「一日店員」——これは単なる気まぐれではなく、私がこの街に溶け込み、注目を集めるための第一歩だった。
王都を離れたからといって、ひっそりと隠れるつもりはない。むしろ、どこに行っても愛される存在になれば、それは「王太子に捨てられた哀れな令嬢」ではなく、「どこでも輝ける女性」になれるという証明になる。
(そして、王都の人々が私の噂を耳にした時——「リリエルは婚約破棄されても落ちぶれなかった」と思わせることができるわ)
それにしても——
「リリエルちゃん、本当に接客が上手いねぇ!」
店主のルーカスが、私の接客を見ながら驚いたように言う。
「まさか貴族の娘さんが、こんなに商売上手とは思わなかったよ」
「ふふ、わたくし、人とお話しするのが好きなのです」
私はにっこり微笑みながら、もう一人の客に話しかける。
「こちらの香袋、とても良い香りですわ。旅のお供にいかがですか?」
「まぁ、素敵ね。じゃあ、一ついただくわ」
お客様の笑顔を引き出しながら、私は次々と商品を勧めていく。
大事なのは、「ただ売る」のではなく、「買いたくなる気持ち」にさせること。
お客様が迷っていたら、「わたくしも気に入っておりますの」と、さりげなく共感を示す。
少し興味があるようなら、「お似合いですわ」と笑顔を添える。
ちょっとした一言や仕草が、人の心を動かすのよ。
「すごいなぁ、まるでこの店の看板娘みたいだ」
ルーカスが感心したように言うと、私は可愛らしく首を傾げてみせる。
「看板娘、ですか? ふふ、なんだか楽しそうですわね」
「もし本気で働く気があるなら、うちで雇ってもいいんだけど?」
冗談めかして言うルーカスに、私は軽く微笑む。
「魅力的なご提案ですけれど、もう少し考えさせてくださいな」
(さて、ここまでは順調ね)
私がこの街で「話題の存在」になれば、王都の貴族たちが私のことを耳にするのも時間の問題。
そして——
(王太子アレクシス殿下が、それを聞いた時……どう思うのかしら?)
***
一方、店の隅では——
「……なんというか、すごいですね」
腕を組んで様子を見ていたレオン様が、複雑そうな顔をしていた。
「リリエル様は、どこへ行っても目立つのですね」
「ふふ、そんなことありませんわ。ただ、目の前のお仕事を一生懸命やっているだけですもの」
「……そうでしょうか」
レオン様はため息をつきながら、私をじっと見つめる。
(あら、この視線……)
私はそっと、ほんの少しだけ彼に近づいてみる。
「もしかして、わたくしがここで働くのが……気になります?」
彼の瞳が微かに揺れる。
「……いいえ。ただ……」
「ただ?」
「あなたが、どこであっても人を惹きつけるのを見ていると……少し、落ち着かない気持ちになります」
(……あら?)
これは、思ったよりも良い反応ね。
私はそっと微笑みながら、ほんの少しだけ彼の袖を引いた。
「レオン様……もしかして、嫉妬なさっているのですか?」
からかうように言うと、彼は慌てて視線を逸らした。
「……そんなことは」
(ふふ、分かりやすいですわね)
レオン様はすでに、私を「ただ護るべき存在」ではなく「手放したくない存在」として意識し始めている。
だけど、まだ足りない。
私は彼がもっと「独占したい」と思うように仕向けなければならない。
——だって、この旅の終着点を決めるのは、わたくしなのだから。
***
夕方、仕事を終えて宿へ戻る途中——
「リリエル様!」
誰かが私を呼んだ。振り向くと、そこには一人の青年が立っていた。
見覚えのある顔——王都で何度か社交界で顔を合わせたことのある男爵家のご子息、アルベルト様だった。
「まさか、こんなところでお会いするとは……!」
彼は驚いた様子で私を見つめている。
(……ふふ、思ったより早く「貴族の知り合い」と出会ってしまったわね)
私がここで「ただの雑貨店の店員」として過ごしていることを、王都に広めてくれるにはちょうどいい人物。
だけど——
隣に立つレオン様の気配が、僅かに変わったのを感じた。
「リリエル様、あなたはなぜこんなところに? しかも、あの王太子の騎士と一緒に……」
アルベルト様の視線が、私とレオン様を交互に行き来する。
(さて……この状況、どう活用しましょうか?)
私はそっと微笑みながら、ゆっくりと口を開いた。
「ええ、わたくし、少し自由な時間を過ごしているのです」
彼がどんな反応をするのか。そして、隣のレオン様は……?
——これは、ますます面白くなりそうですわね。
だって私は——すごくあざといのだから。
私は柔らかく微笑みながら、小さな銀細工の手鏡を客の女性に差し出した。
バルゼットの《ルーカスの雑貨店》での「一日店員」——これは単なる気まぐれではなく、私がこの街に溶け込み、注目を集めるための第一歩だった。
王都を離れたからといって、ひっそりと隠れるつもりはない。むしろ、どこに行っても愛される存在になれば、それは「王太子に捨てられた哀れな令嬢」ではなく、「どこでも輝ける女性」になれるという証明になる。
(そして、王都の人々が私の噂を耳にした時——「リリエルは婚約破棄されても落ちぶれなかった」と思わせることができるわ)
それにしても——
「リリエルちゃん、本当に接客が上手いねぇ!」
店主のルーカスが、私の接客を見ながら驚いたように言う。
「まさか貴族の娘さんが、こんなに商売上手とは思わなかったよ」
「ふふ、わたくし、人とお話しするのが好きなのです」
私はにっこり微笑みながら、もう一人の客に話しかける。
「こちらの香袋、とても良い香りですわ。旅のお供にいかがですか?」
「まぁ、素敵ね。じゃあ、一ついただくわ」
お客様の笑顔を引き出しながら、私は次々と商品を勧めていく。
大事なのは、「ただ売る」のではなく、「買いたくなる気持ち」にさせること。
お客様が迷っていたら、「わたくしも気に入っておりますの」と、さりげなく共感を示す。
少し興味があるようなら、「お似合いですわ」と笑顔を添える。
ちょっとした一言や仕草が、人の心を動かすのよ。
「すごいなぁ、まるでこの店の看板娘みたいだ」
ルーカスが感心したように言うと、私は可愛らしく首を傾げてみせる。
「看板娘、ですか? ふふ、なんだか楽しそうですわね」
「もし本気で働く気があるなら、うちで雇ってもいいんだけど?」
冗談めかして言うルーカスに、私は軽く微笑む。
「魅力的なご提案ですけれど、もう少し考えさせてくださいな」
(さて、ここまでは順調ね)
私がこの街で「話題の存在」になれば、王都の貴族たちが私のことを耳にするのも時間の問題。
そして——
(王太子アレクシス殿下が、それを聞いた時……どう思うのかしら?)
***
一方、店の隅では——
「……なんというか、すごいですね」
腕を組んで様子を見ていたレオン様が、複雑そうな顔をしていた。
「リリエル様は、どこへ行っても目立つのですね」
「ふふ、そんなことありませんわ。ただ、目の前のお仕事を一生懸命やっているだけですもの」
「……そうでしょうか」
レオン様はため息をつきながら、私をじっと見つめる。
(あら、この視線……)
私はそっと、ほんの少しだけ彼に近づいてみる。
「もしかして、わたくしがここで働くのが……気になります?」
彼の瞳が微かに揺れる。
「……いいえ。ただ……」
「ただ?」
「あなたが、どこであっても人を惹きつけるのを見ていると……少し、落ち着かない気持ちになります」
(……あら?)
これは、思ったよりも良い反応ね。
私はそっと微笑みながら、ほんの少しだけ彼の袖を引いた。
「レオン様……もしかして、嫉妬なさっているのですか?」
からかうように言うと、彼は慌てて視線を逸らした。
「……そんなことは」
(ふふ、分かりやすいですわね)
レオン様はすでに、私を「ただ護るべき存在」ではなく「手放したくない存在」として意識し始めている。
だけど、まだ足りない。
私は彼がもっと「独占したい」と思うように仕向けなければならない。
——だって、この旅の終着点を決めるのは、わたくしなのだから。
***
夕方、仕事を終えて宿へ戻る途中——
「リリエル様!」
誰かが私を呼んだ。振り向くと、そこには一人の青年が立っていた。
見覚えのある顔——王都で何度か社交界で顔を合わせたことのある男爵家のご子息、アルベルト様だった。
「まさか、こんなところでお会いするとは……!」
彼は驚いた様子で私を見つめている。
(……ふふ、思ったより早く「貴族の知り合い」と出会ってしまったわね)
私がここで「ただの雑貨店の店員」として過ごしていることを、王都に広めてくれるにはちょうどいい人物。
だけど——
隣に立つレオン様の気配が、僅かに変わったのを感じた。
「リリエル様、あなたはなぜこんなところに? しかも、あの王太子の騎士と一緒に……」
アルベルト様の視線が、私とレオン様を交互に行き来する。
(さて……この状況、どう活用しましょうか?)
私はそっと微笑みながら、ゆっくりと口を開いた。
「ええ、わたくし、少し自由な時間を過ごしているのです」
彼がどんな反応をするのか。そして、隣のレオン様は……?
——これは、ますます面白くなりそうですわね。
だって私は——すごくあざといのだから。
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