婚約破棄された、女はすごくあざとい

ルイ

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 雑貨店の仕事を終えた頃、外はすっかり夕暮れに染まっていた。

 オレンジ色の光が石畳を照らし、店の前を行き交う人々の影が長く伸びる。

 私は店の棚を整理しながら、店の外に立つレオン様とアルベルト様の間に流れる微妙な空気を感じ取っていた。

(ふふ、やっぱり気になるのね)

 レオン様は相変わらず冷静な表情を崩さず、アルベルト様の問いに慎重に対応している。

 一方のアルベルト様は、まだ納得していない様子で、時折こちらに視線を向けていた。

 (まあ当然よね。貴族である彼にとって、私の行動は「理解しがたいもの」に映るはず)

 王都を離れ、雑貨店で働き、しかも王太子の騎士と二人旅——普通の貴族令嬢なら考えもしないことだもの。

 でも、それでいいの。

 「私が普通の貴族令嬢ではない」という印象を、しっかりと刻みつけるのだから。

***

 夕食後、私は店の前で一息ついていた。

 涼しい夜風が髪をなびかせ、星が瞬く空を見上げる。

「リリエル様」

 静かな声がして振り向くと、レオン様が私をじっと見つめていた。

「そろそろ宿へ戻りましょう」

「……ええ、そうですわね」

 私は微笑みながら、歩き出そうとする——その瞬間。

「待ってください」

 アルベルト様が一歩前に出た。

「リリエル様、あなたは本当にこのままでいいのですか?」

 彼の問いに、私は少しだけ首を傾げる。

「このまま……とは?」

「王都に戻らず、貴族としての立場を捨て、こうして旅を続けることです」

 アルベルト様の声には、困惑と戸惑いが混ざっていた。

「あなたほどの方が、雑貨店で働くなんて……いや、貴族社会に戻る気がないとは思えません」

(ふふ、良いところに気づいたわね)

 私はそっと微笑む。

「わたくしは、まだ自分の未来を決めていないのです」

「ですが……」

「王都に戻れば、また貴族社会の枠の中に収まることになるでしょう。わたくしは、それを望んでいるのかどうか、確かめたくて」

 アルベルト様は納得がいかない様子で唇を噛んだ。

 「ですが、リリエル様……」

 彼が言葉を続けようとした瞬間——

「リリエル様が何を望まれるかは、ご本人がお決めになることです」

 レオン様の低く静かな声が響いた。

 アルベルト様がレオン様を睨むように振り向く。

「君はそれでいいのか? 王太子直属の騎士でありながら、彼女を王都へ戻そうとしないなんて」

「……」

 レオン様は目を伏せ、静かに言った。

「私は、リリエル様をお護りする。それが私の役目です」

「それは騎士として? それとも……」

 アルベルト様の鋭い問いに、レオン様の表情が一瞬揺らぐ。

(……さて、ここでどう答えるのかしら?)

 彼が「騎士として」と言えば、それは「義務」であり、「感情とは無関係」だと示すことになる。

 でも——

「……」

 レオン様は一瞬、私を見た。そして、ゆっくりと言った。

「私は……リリエル様の意思を尊重したい」

 その言葉に、アルベルト様の眉がピクリと動いた。

「それはつまり、君自身の考えということか?」

「……」

 レオン様は何も言わない。でも、その沈黙が答えだった。

(ふふ、もう決まりね)

 私はレオン様の横へと歩み寄り、そっと微笑む。

「アルベルト様、わたくしの選択は、わたくし自身が決めますわ」

 彼は苦々しげに息を吐いた。

「……分かりました。でも、これだけは言わせてください」

 アルベルト様は真剣な目で私を見つめる。

「王都は、あなたを忘れていません。王太子殿下も、きっと……」

 その言葉に、私は静かに瞬きをした。

(……ふぅん、やっぱりアレクシス殿下の耳にも届いているのね)

 私が王都を離れ、レオン様と旅をしているという話。

 そして、それを聞いた彼は、どう思ったのかしら?

「王都に戻る道を閉ざさないでください」

 アルベルト様はそう言い残し、背を向けて歩き去っていく。

 その背中を見送りながら、私は小さく微笑んだ。

***

 その夜、宿の部屋で私はベッドの上で考えていた。

 ——アレクシス殿下は、私のことをどう思っているのか?

 婚約破棄を言い渡したあの時、彼の目には迷いはなかった。

 でも、もし——

 「リリエルは婚約破棄されて落ちぶれるどころか、自由に生きている」

 「しかも、王太子直属の騎士と旅をしている」

 そんな話を聞いたら、彼はどう思うのかしら?

 嫉妬? 後悔? それとも——

 (どちらにしても、きっと面白いことになりそうですわね)

 私はそっと微笑みながら、目を閉じた。

 ——この旅の結末を決めるのは、わたくしなのだから。

 だって私は——すごくあざといのだから。

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