【完結】【R18】結婚相手を間違えました

鷹槻れん

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32.偉央の泣き言と結葉の内緒ごと

たったの二文だけ

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***


 そのハプニングのおかげで、結局出かけることに対して、それ以上は追求されなかったことにホッと胸を撫で下ろした結葉ゆいはだ。

 実は先日純子から、「ゆいちゃん、家事手伝い、本当によくやってくれてるから。ちょこっとだけど」と言って、ほんの少しお金を渡された。

 結葉ゆいはは「住まわせて頂いているご恩もあるので」と固辞しようとしたのだけれど。「もらってくれないなら、金輪際ゆいちゃんにはお手伝い、頼まないんだからっ」と口を尖らされて、仕方なく受け取った感じだ。

 このお金。本当は一円たりとも手をつけるべきではないと思っていたのだけれど、一つだけどうしても〝やりたいこと〟が出来てしまった結葉ゆいはだ。

 そうに言えば、そのための微々たるお金くらい、すぐに用立ててくれることは分かっていたけれど、これだけは彼に頼りたくないとも思ってしまって。

(ごめんなさい、純子さん。働き始めたらちゃんと戻しておきます)

 そう心の中で折り合いを付けて、結葉ゆいはは純子から受け取ったお金を、手渡された時の封筒のままカバンに仕舞った。

(私、お財布も持ってないんだ……)

 そう思いながら。



***



 偉央いおからの書類をそうから手渡されたあの夜。

 結局結葉ゆいはは、自分宛の手紙だけ、どうしても開封することが出来なかった。

(何が……書いてあるの?)

 そう思ったら、怖くて封を切れなくて。

 そうが、あの手紙だけ「結葉ゆいは宛だから」と未開封のままにしてくれていたこともあだになってしまっていた。


 その手紙を、昨夜結葉ゆいはは、意を決してやっと開封して中身を取り出してみたのだけれど――。


 薄い色合いの灰色で罫線だけが引かれた、飾り気のないA4サイズの便箋びんせんに、たった二行。


 ――ごめんね、結葉ゆいは
 ――許されるなら、もう一度だけ、君の手料理が食べたかった。


 それは、手紙と呼ぶには余りにも短い文章だった。

 偉央いおは、その端正たんせいな見た目に似合った、美しい文字を書く男だ。
 そうして、文字の大きさはどちらかというと控えめで、筆圧もそんなに高くない。

 そんななので、広い紙面の中、その二文はとてもはかなげに見えて。
 
 薄手の紙面のところどころが丸く波打っているのに気付いた結葉ゆいはは、思わずそこを指先でなぞった。

 そのことに重きを置いてもう一度よく見てみたら、書かれた文字の最後の句点「。」一文字の端っこが、ほんの少し滲んでぼやけていて。

「涙……?」

 そうとしか思えなかった。

 偉央いおは、結葉ゆいはの前ではいつも凛としていて、涙を見せるような弱い男性ひとではなかったけれど、そのポツポツと紙面に散らばる違和感を目にして、そう確信した結葉ゆいはだ。

 小切手に添付されていた、そうへのメッセージ同様、小さなメモ用紙に書けば事足りるようなその短い文面は、諸々の条件と相まってとても寂しそうに見えて。

 あの広いタワーマンションの一室で、偉央いおが一人ポツンと佇んでいる姿まで目に浮かんできてしまった結葉ゆいはは、ギューッと胸が締め付けられるような痛みを覚える。

偉央いおさん……」

 手紙の中の偉央いおは余りにも弱々しくて、結葉ゆいはのイメージからかけ離れていて。
 結葉ゆいはは彼のことが心配で堪らなくなってしまった。



***



 今朝そうに宣言した通り、結葉ゆいはは街に出ていた。

 多くのショップが開店する十時過ぎを目掛けて外出してみたのだけれど、考えてみればここ数年、一人でこんな風に街に出てフラフラとショッピングを楽しんだことはなかったな、と思い出した結葉ゆいはだ。

(どうしよう。私、いま、すっごく楽しいっ)

 もちろん、休日などは偉央いおと一緒に大型モールに買い物に出たりはしていた。
 だけど、あれはずっと偉央いおに監視されている感じがして気詰まりがして、心からウィンドウショッピングを楽しめていなかったから。

 そう言えばそうに助けてもらってすぐの日、彼と一緒に出かけた市外のモールは、偉央いおとのショッピングと違って大分開放的な気分でアレコレ見て回ることが出来た。
 でも、あの時はまだ気持ちに今ほどゆとりがなかったから。

(一人で自由に動き回れるのって……こんな感じだったっけ)

 独身の頃は普通に出来ていたことだし、何なら一人でうろうろするのは寂しいから、誰かお友達と来ればよかったなぁとか思っていたと言うのに。

 今は誰にも気兼ねせずマイペースにウロウロ出来ることが、ひたすらに幸せだと思ってしまった。

 ただ、独身の頃と違うことがあるとすれば、いまは自由に使えるお金がないと言うこと。

 一応カバンの中に、〝家事の対価〟という名目で純子から渡された三万円が入っているのだけれど、それは、単純に純子からの厚意に過ぎない。
 だから、甘えてはいけないと思っている結葉ゆいはだ。

 ちゃんとお勤めを始めて、山波家やまなみけに家賃なり何なりを収めることが出来るようになれたなら……今日これからひとまずお借りせねばならない封筒の中のお金に関しても、キッチリ満額揃えて純子にお返ししようと心に決めている。

 だから浮き足立ってアレコレ不必要なものを買わないようにセーブしなくちゃ、と結葉ゆいはは心を引き締め直した。


 なるべく支出額が抑えられるようにと、結葉ゆいはが一番最初に目指したのは、商店街の一角に店舗を構えた、少し大きめの規模の百円ショップだった。
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