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3.月が綺麗ですね

キョロキョロせんで通過して?

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 そんなくるみの屈託のない表情を見て、実篤さねあつは後者を選ぼう、と思った。

 くるみは家族を亡くしてそんなに間がない。
 彼女は案外、実篤さねあつのなかに、〝自分によくよぉしてくれる身内的立ち位置〟を求めているのかも知れない。


「いや、何でもないよ。行こっか」

 どこへ?と思いながらもそんなことを言って、実篤さねあつは自分自身の気持ちを切り替えるように目の前のくるみをかしてみた。

 これ以上見つめられたら、不埒ふらちな思いに駆られてくるみのことをギュッと抱きしめてしまいたくなる。

 さすがにそりゃぁマズイじゃろ、と思った実篤さねあつだ。

(よし! 今日の俺はくるみちゃんの父親……もとい兄ちゃんじゃ!)

 一瞬父親代わりを演じようとして、さすがにそれは年の差を痛感させられまくりで悲しかったので兄に訂正して――そう、自分に言い聞かせた。


***


「どうぞ」

 玄関からすぐのふすまを開けて次の間に足を踏み入れた途端、焼きたてパンの香ばしい香りに包まれた。

 今日はくるみ、団子を作ると言っていたからパンを焼いているとは思えない。

 とすると、
(この良いええにおいはくるみちゃんが仕事で毎日パンを焼くけん、家に染みついちょるんじゃろうか)

 そんなことを考えていたら、振り返ったくるみに、「今から通るトコ、恥ずかしいけぇ、あんまりキョロキョロせんで通過してくださいね?」と言われてしまう。

(今から通るトコ?)

 キョトンとする実篤さねあつを伴って、くるみが左手にあるふすまを開けると、そこは台所だった。

 先の前置きは、生活感あふれるキッチンを見ないで欲しいと言うことじゃったんか、と納得した実篤さねあつだ。

「ホンマは座敷を抜けて仏間を通った方が見栄え的にはいいええんですけど……」

 そこでふと視線を落として一瞬だけくるみが表情を曇らせる。


 仏間ということは、当然そこには仏壇があって、ご両親が祀られているんだろう。


 ご両親のこと、くるみからちらりと聞いてはいるけれど、他人にそう言うのを見せるのにはまだ躊躇ためらいがあるのかな、と実篤さねあつは思った。

 それに、もしかしたらご両親の写真を見たら、涙が出てきてしまう、とかあるのかも知れない。


 くるみの言いつけを守って、なるべく周りを見ないようにして通った木下きのした家の台所は、パッと見、実篤さねあつの生家と似たような造りになっていた。

 けれど、さすが商売でパン屋を営んでいるだけのことはある。

 パン生地を捏ねたり成形したりするのに使うんだろうか。

 台所の真ん中に大理石の天板が乗った大きな台が置かれていて、それが実篤さねあつの家にはないものだったからとても新鮮だった。

 キョロキョロしないように言われたから努めて見ないように気を付けはしたけれど、業務用のオーブンや、前がガラス張りになった 生地フリーザーたな付きの冷蔵庫みたいなのなんかもちらりと見えて。

(何ていうちゅーか、見慣れんモンって勝手に目に入ってくるもんなんよなぁ)

 なんて思っていたら、

実篤さねあつさん、さっきからあちこち見よるでしょー?」

 と顔を覗き込まれてしまう。
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