【完結】月夜の約束

鷹槻れん

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Prologue

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 ナスターが死んだ。

 もうずいぶんと長いこと、ブレイズの唯一の話し相手だった黒い犬が――。

 水に弱い「素材」で「創られた」犬だったから雨の日には外に出さないよう気を付けていたはずなのに。

 ナスターはブレイズが相手をしてやれない間、じっとおとなしく待っていられる玉ではなかった。少しでも隙間があればいつでもふらりと出て行ってしまう、困った癖のある奴だった。

 それはまるでナスターを創ったもう一人の性格を現しているようで、正直憎めない部分のひとつでもあったのだ。

 だからナスターが自分勝手な振る舞いをしてもブレイズは本当の意味で腹を立てたことはない。
 ナスターからそういう面を奪ってしまったら、ナスターがナスターではなくなってしまう気がしたから。

 でも、それがいけなかったのかも知れない。

 もう少し厳しく躾けていたならば、こんなことにはならなかったのかも。

 ナスターはただ、ナスターらしく行動しただけなのだ。
 自分が眠っている間にこっそり屋敷を抜け出してしまった愛犬を責めることは出来ない。 

 でも、今回は是非とも生憎あいにく雨が降り出してしまった。

 雨は嫌いだ。
 月も星もない、真っ黒な夜空は本来心地よいはずの闇を、言いようのない拒絶で埋め尽くす。そんな雨の晩は呪われた身で出歩くことはままならなかった。

 だからブレイズは雨が嫌いだった。

 いつも通り日没とともに目覚めたとき、屋敷の中にナスターがいないことはすぐに分かった。

 屋敷の裏口にほんの少しの隙間を見つけ、チッと舌打ちしたけれど、今更どうしようもない。

 晴れた晩ならすぐに探しに行くことも出来ただろう。
 しかし、折り悪しくその夜は、しのつく雨に町全体がすっぽりと包み込まれていたから。

 だからブレイズは外に出ることが出来なかった。

 太陽、聖水、十字架、流水、ニンニク。
 それらが彼の苦手なものだった。
 逆に大好きなのは、生命力あふれる人間の血。
 そう。ブレイズは人間たちが呼ぶところの吸血鬼という存在だった。
 生まれながらにしてそうだったのだから吸血鬼として生きていくすべしか彼は知らない。
 けれど、だからこそ学習したこともある。

 ひとつ。
 太陽光は最も恐れるべきものである。もしもに備え、寝床は地下室にあつらえるべし。

 ひとつ。
 昼間動けないぶん、人間よりが悪いことを知れ。即ち、人間の血は無闇に吸うことなかれ。

 ひとつ。
 昼間のボディガードとして使い魔を大事にすべし。

 ひとつ。
 教会には近付くことなかれ。

 ひとつ。
 雨は流水と同じ。悪天候の晩は外に出ることなかれ。

 ひとつ。
 食して食べられぬこともないが、人間の食料を迂闊に口に入れることなかれ。人間は隠し味にニンニクを使うことがある。

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