【完結】月夜の約束

鷹槻れん

文字の大きさ
2 / 44
Prologue

2

しおりを挟む
 雨が止んだのは結局ナスターを見失ってから三日目の晩のことだった。

 何日も降り続いた雨は、ナスターを元の紙切れに戻すだけでは飽き足らず、ぐずぐずの黒い塊にしてしまった。

 かろうじてナスターが放つ気配をたどって排水溝はいすいこうのグレーチングにひっかかったそれを見つけたブレイズは、いたたまれない気持ちで残骸をかき集めた。

「馬鹿犬。雨に濡れちまったら紙に戻るって何度も言って聞かせたじゃねぇか」

 広い屋敷の敷地の片隅に小さな穴を掘りながら、無意識に悪態が口をつく。

 それは大切なものを失ったことに対する行き場のない怒りの発露。

 そんなこと、認めたくはないブレイズだったが、拒否すればするほどそれが正解なのだと実感する。

 ナスターがいなくなってしまったことで、果たせなくなってしまった約束があることが、実は一番辛かった。

「クソッ!」
 またしばらくの間、一人で暮らさねばならない。しばらく、というよりもしかしたらこの先ずっと、になるかもしれないという不安は考えないようにした。

「俺じゃ、犬は創れねぇしな」
 本当は、犬はおろか猫だってあやしい。

 そこらへんは棚上げしてぼやいてから、どうしようもない虚無感に襲われそうになる。

 東洋のどこぞの国の文化だという、折り紙というやつは、不器用で大雑把なブレイズには向いていなかった。
 何度も何度も折り方を教えようとしたナスターの生みの親も、最後には諦めて沢山の予備を作ることにしたくらいだ。

 そして、このナスターが最後のひとつだった――。

 折り紙の犬に自分が息を吹き込めば、使い魔として新たなナスターが誕生するのだが、ブレイズは命を与えるべき対象のそれを折ることが出来ない。

「あーっ! もう、やってらんねぇ!」
 力任せに掘り散らかした穴に、ボロボロになった黒い紙切れを、無造作に放り込む。

 ぱっと見、投げやりに見えるやり方だが、今までの粗野な態度とは打って変わって動きがスローモーなものになる。
 それは、その襤褸ぼろ切れがブレイズにとって大切なものだったことを容易にうかがわせた。

「今まで有難うな」
 一番言いたかった言葉を最後の最後にぽつりとつぶやくと、思いを断ち切るように無言で穴を埋め戻していく。

 掘り起こしたときのようにスコップではなく、手でひとすくいずつ土をかけていると、その気はないのに色んな思い出が脳裏をよぎっては消えていく。

 考えてみれば、何だかんだでナスター〝達〟とは十年近く一緒に過ごしたことになる。

 それは未来永劫――恐らくは滅ぼされるまで――生き続けなければならない自分の長い時の中で換算すると、瞬きするほどの間ではあった。
 けれど、決してそんな一瞬で片付けられるようなものではないことを、ブレイズ自身が一番良く知っている。

「楽しかったぜ」
 それなりに……。

 満月の、照らされるもの全てに影さえ落とさせる明かりの下で、一人影を持たないブレイズは口の端を笑みの形に引き上げた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

先生

藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。 町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。 ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。 だけど薫は恋愛初心者。 どうすればいいのかわからなくて…… ※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

ソツのない彼氏とスキのない彼女

吉野 那生
恋愛
特別目立つ訳ではない。 どちらかといえば地味だし、バリキャリという風でもない。 だけど…何故か気になってしまう。 気がつくと、彼女の姿を目で追っている。 *** 社内でも知らない者はいないという程、有名な彼。 爽やかな見た目、人懐っこく相手の懐にスルリと入り込む手腕。 そして、華やかな噂。 あまり得意なタイプではない。 どちらかといえば敬遠するタイプなのに…。

貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳 大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。 でも、これはただのお見合いではないらしい。 初出はエブリスタ様にて。 また番外編を追加する予定です。 シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。 表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。

Bravissima!

葉月 まい
恋愛
トラウマに悩む天才ピアニストと 俺様キャラの御曹司 かつ若きコンサートマスター 過去を乗り越え 互いに寄り添い いつしか最高のパートナーとなる 『Bravissima!俺の女神』 ゚・*:.。♡。.:*・゜゚・*:.。♡。.:*・゜ 過去のトラウマから舞台に立つのが怖い芽衣は如月フィルのコンマス、聖の伴奏ピアニストを務めることに。 互いの音に寄り添い、支え合い、いつしか芽衣は過去を乗り超えていく。 ✧♫•・*¨*•.♡。.:登場人物:.。♡.•*¨*・•♫✧ 木村 芽衣(22歳) …音大ピアノ科4年生 如月 聖(27歳) …ヴァイオリニスト・如月フィルコンサートマスター 高瀬 公平(27歳) …如月フィル事務局長

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

フリーランスエンジニアの優しすぎる無償の愛

春咲さゆ
恋愛
26歳OLの木崎茉莉は人生のどん底にいた。上手くいかないことに慣れ、心を凍らせることで自分を守る毎日に絶望した茉莉は、雨の夜に思わず人生の終わりを願ってしまう。そんな茉莉に手を差し伸べたかっこいい彼。茉莉は、なぜか無償の愛のような優しさをくれる不思議な男性に少しずつ救われ、前を向いていく。けれど、疑ってしまうほど親切な彼には、親切であり続ける理由があって……。雨の夜の出会いがもたらした、優しくも切ない物語。

処理中です...