【完結】月夜の約束

家出少女

1

「あー、もう嫌になっちゃう！」
　ふりふりヒラヒラがふんだんに縫い付けられた、中世ヨーロッパのお人形さん風ドレスに身を包んだパティスは、桜色の形良い唇を目一杯尖らせてスカートのすそを持ち上げた。

「動きにくいったらありゃしない！　あの女ひとってばあたしのこと着せ替え人形か何かと勘違いしてるに違いないのよ！」
　身を包んだ、というのは包まれた、に訂正したほうがよさそうだ。

　黙っていれば相当可憐な少女なのに、その整った口からは先ほどから悪口あっこうばかりがつむぎだされている。

　肩口で切りそろえられたちょっと癖のある茶毛は、少し猫毛でふわふわとした印象だ。
　しかし理知的な光に満ちた大きなブラウンの瞳が、やわらかい髪の印象を払拭して余りある。

　年のころは十二、三歳と思われる少女だが、雰囲気だけでプラス五歳は軽く稼げそうな、そんな女の子。

「パパったらどうしてあんな女と結婚なんて言い出したのかしら！」

　パティスは幼いころに母を亡くしている。
　だから今まで父と二人、仲良く支え合いながらつつましく暮らしてきたのだ。

　学者、なんてクソ真面目な仕事をしている父は、パティスが付いていなければきっと一週間だって生きていられないと思っていた。

　研究のこと以外は何にも出来ない、ぼんやりのほほんな父が心配で、自分は年の割にしっかりしてしまったのだ。

　こうなったら一生面倒見てやろうじゃない！

　そう思って頑張っていたのに、一ヶ月ほど前、父は若い女性を連れて帰ってきた。

「パティ、お父さん、彼女と結婚しようと思うんだ」
　何の前触れもなくいきなり告げられた衝撃告白に耳を疑ったのも束の間、
「初めまして、パティスちゃん。私はマリーン。よろしくね。至らないところも沢山あると思うけど、これからは私のこと、本当のママだと思ってしっかり甘えてちょうだいね」
　何をいきなり、という提案までされてしまった。

　初対面でママだと思えるわけないじゃない！　頭、おかしいんじゃない!?

　本当はそう言って即座に突っぱねてやりたかったけれど、大人のレディとしてそれはどうかと思った。だからとりあえず微笑み返しておいたのだ。
　頭の悪そうな女一人ぐらい、追い出す手はいくらでもあると思ったから。
　うんと手をかけて困らせて、こんな娘このいる家にはいられない！
　そう思われればしめたもの。

　パティスは思いつく限りの悪戯をマリーンにしてやったのだ。

　それなのに――。